策略の始動
池田邸にて恒興は自分の部屋で客を待っていた。
客というのも変かもしれないが、今日信長から出向される部下を待っているのである。
恒興が静かに待っていると突然部屋の障子がスパーンと擬音をつけて開かれる。
少し薄暗かった部屋に朝日が差込み恒興は少し目を細め眩しさを避ける。
突然障子を開いた無礼者は朝日をバックに両手を頭の後ろに回し、腰を突き出して仰け反る様なポーズでこう言った。
「マァァァァイ!ソウルメイトよ!・・・この僕の力が必要かい?」
(うぜぇ、果てしなくうぜぇニャ。あと何のポーズだ、それ)
だがこの男こそ恒興が信長に願って出向してもらった者。
その名を金森五郎八長近という。
美濃国多治見の出身で中濃東濃地域に顔が利く者である。
前にお茶を振る舞った時に何かの感銘を受けたらしく、それ以来長近は恒興のことをソウルメイトと呼んでくる。
「よ、よく来てくれたニャー」
「皆まで言わなくても分かっているさ、だって僕らはソウルメイトだからね。お茶会のお誘いだね」
「ちっとも分かってねぇぇぇーギャ!!あとポーズ決めてないで座れ!」
「違うのかい。それは残念だよ、ソウルメイト」
手を横にして頭を振る「やれやれ」という様なジェスチャーをしながら恒興の前にある座布団に座る。
座る時の所作は大変整っていて彼が本来教養人であることが伺える。
あのポーズとジェスチャーでほぼ台無しだが。
「いいからそのソウルメイトは止めろ。各所から苦情がくるニャ」
「ふぅ、仕方がないね。では『心の友』でどうだい」
「いや、あの、ニャーはお前の上司になるんだから殿と呼んで欲しいのだが」
「OK 、公式の場では弁えるとしよう」
それは公式の場以外では弁えないと宣言していることになる。
恒興は微妙な顔をするがこのままでは話が全く進まないので今回は良しとすることにした。
「それでニャーが進める中濃東濃調略を手伝ってもらうわけだけど」
「大役だね、僕も『心の友』のため頑張るよ。それで誰から声を掛けるんだい?」
「可児の久々利城主・久々利頼興、多治見の根本城主・若尾元昌、あと加茂の堂洞城主・岸信周」
久々利城主・久々利三河守頼興。
先祖は美濃守護土岐家の支流で可児に久々利城を築いた時から久々利姓を称する様になった。
頼興は初め斎藤道三の猶子(相続権の無い養子)斎藤大納言正義に仕える。
だが正義が勢力を拡大するとそれを危ぶんだ道三から殺害を依頼され、宴席に呼び出して暗殺する。
その後道三と息子の義龍が争う『長良川の戦い』が始まると、義龍有利と見てマッハで寝返る。
・・・この男の性格を一言で言うと「強い方に付く」である。
根本城主・若尾甚正元昌。
元々は多治見家の家臣で城代だったのだが、主君であった猿啄城主・多治見修理が討ち死にした後、多治見家取り潰しとともに独立。
以降は龍興に従っている人物である。
堂洞城主・岸勘解由信周。
剛勇名高く義理堅い性格であり、『長良川の戦い』が始まる前から義龍派だった人物である。
関城長井家と共に中濃の要となっている豪族である。
「前の二人についてはいいと思うよ。でも岸勘解由は無理だと思う、彼は忠義者な上に頑固者だ」
久々利頼興は性格上、織田家が斎藤家よりも強者である事を納得させれば可能性がある。
若尾元昌にしても主家であった多治見家の取り潰しは納得のいくものではないだろう。
そういう感じで二者は龍興に対する忠誠は低いと見られる。
だが岸勘解由は武と忠を尊び、先代・義龍からの信任も厚かった。
そのため長近でも説得の糸口が見つからない人物であった。
「構わんニャー、どうせ今の段階で寝返る奴はいない」
「可笑しな事を言うね、心の友よ。なら何故、今調略をするんだい」
長近は怪訝な顔をする、説得できないとわかっているのに調略と言われても意味がないと思ったからだ。
彼は恒興が意図しているものを測りかねていた。
「・・・選択肢を与えるためだニャ。長近もそこら辺を考えた話をしてきて欲しいニャー。『織田家は貴方を高く評価してますよ』的に」
「成る程、わかったよ。説き伏せなくていいなら、精々リップサービスしてくるよ」
「頻度は1週間に1回くらい、ニャーも直ぐに仕掛けるから相手の変化は見るようにしてくれ」
長近は自分の役目を様子見なのだと理解した。
恒興は時が来るまで相手と親密になっておけと言っているのだろう。
ならば自分のやるべきことは対象に会うのと、対象の情報をできる限り集めることだと認識した。
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清州城の大広間に織田家家臣が一堂に集められ、信長の言葉を待っていた。
「全員集まったようだな。耳の早い奴はもう知っているかもしれないが、甲信の大名武田家が滅亡した」
この一言に広間がざわめく。
かなりの家臣がこの事を知らなかったようだが無理もない。
何しろこの情報自体津島でも3日前にようやく伝わった話なのだ。
最新情報では甲斐で反乱が起きたというくらいか。
「恒興、皆に説明しろ」
「はっ、まず一ヶ月程前に信州川中島にて武田軍と上杉軍が激突。結果、武田軍は敗北。当主武田信玄は重傷で程なく甲斐で亡くなったとのこと。上杉景虎の勢いは止まらず深志城、高遠城は落城。信濃の豪族は残らず寝返りしました。そして諏訪上原城攻略中に武田家は降伏したとのこと。ただ甲斐は治まらず反乱が起きているそうですニャー」
恒興が話す報告に大広間は騒然となる。
あの精強無比で知られる武田家がたった1ヶ月で滅びたのだから当然と言える。
「説明ご苦労さんだねぇ、恒興」
「それで殿は何故ワシらを集めたので?」
「将来的に美濃を制圧したら領地が接することになる。だから今の内に上杉対策を決めようと思ってな」
信長が全員を集めたのは上杉家とどう接するかを決めるため意見を欲したからだ。
信長としても上杉家がこんなに早く拡大するとは思っておらず、外交は全く出来ていない状態だった。
なので家中の意思統一も兼ねて意見を聞こうと思っていた。
「戦うか仲良くするか。まあ上杉家が美濃に来るかどうかだとアタシは思うね」
「普通に来るんじゃないか?美濃の肥沃さは有名だぞ」
「そうなると通るのは木曽路。大軍は通れませんよ」
「しかしな、あの上杉景虎はいつも少数の兵で勝つというぞ」
色々と意見は出るものの、やはり情報不足感が否めない。
来るのか来ないのか、仲良く出来るのか出来ないのかすら分からない。
そこで信長は林佐渡の意見を重点的に聞いてみることにした。
彼女は織田家の外交も担当しているので他の者より上杉に詳しいはずと思ったからだ。
「佐渡、桶狭間の時のように考察はやらねぇのか?」
「まあ外れましたがな」
「うるせー出羽、誰が抜け駆けまで予想出来るんだよ」
林佐渡にとって桶狭間での考察は結構自信があったので、佐久間出羽に茶化されて少し不機嫌になる。
「でも考察と言われてもな。あの上杉景虎は解らんことだらけでな」
「例えば?」
「まずあの女、奪い取った領地を統治する気無いだろ」
この言葉には全員頭に?マークが出たように首を傾げる。
統治しないのに何故戦うのかという話なのだ。
つまり前提条件が既におかしく、林佐渡の妄想だと言われても仕方がない考察だ。
だがそれを気にしていないように林佐渡は話を続けていく。
「戦い方見てればわかるさ。完全に刈り働き焼き働きの類いだ」
刈り働きというのは敵領地の稲穂を刈り取って、兵糧や税収にダメージを与える戦い方。
焼き働きというのは敵領地の田畑や町を焼いて兵糧や税収、経済にダメージを与える戦い方。
どちらもやり過ぎると現地人のヘイトを買うので占領するならやらない方がいい。
それに統治する場所を焼き払って、どう統治するのかという話だ。
復興から始めないといけないのでは損というしかない。
占領しない、敵を弱らせたいという時は行われることがある。
「あの女が北信濃に何をした?上野国に何をした?火の海にしただろうが。北信濃は伝聞だけど上野国は確実だ。何しろ直の被害者がウチで働いているんだから」
直の被害者とは大谷休伯である。
彼の造った堤防も防風林も上杉軍によって破壊された。
それは彼のいた館林城が敵と見なされたからである。
景虎は敵の城等の所有物に対して全く容赦しない。
とにかくやりすぎなところがある、後の統治を全く意識していないのだ。
武蔵松山城などがいい例で結局城壁の修復が間に合わず、北条軍が来て捨てるしかなかった。
このように景虎は後のことを全く考えないで攻撃していると林佐渡は分析していた。
「だからよく解らん。統治する気が無いのに戦争する理由がさ」
「ケンカ売られたから、とりあえずぶっ殺しに行ってるとか?」
利家がボソリと呟く。
喧嘩売られたからぶっ殺して逃げたことのある男の含蓄ある一言だった。
「てめえと一緒にすんなや、利家!!黙ってろ!シバくぞ!!」
「スンマセンっした、佐渡殿!」
(ニャんでだろう、又左が正解を言っている気がしてならないのはニャーだけかな)
「多分だけど、外的要因がない限りは来ないと思う。流石にこれくらいしか分からんわ」
「佐渡でもこの程度しかわからんとは。上杉景虎、恐るべし」
「恐るべし、じゃねーよ出羽。要はキチガイの類だってことさ、考えるだけ無駄だ。で、殿はどうすんの?」
「なるほどな、よくわかったぜ。なら一つ手を打ってみるか」
全員がわからないと唸る中、信長は方針を決めたようだった。
打った手によって上杉景虎がどう反応するかで対応を決めるということで今回は解散となった。
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話し合いが終わり広間から退席した後、恒興は帰ろうとしている男に追いつき声をかけた。
実は恒興はこの男と会うために清州城に来たといってもいい、もちろん上杉対策の会議も大事だが。
「滝川殿、ちとご相談があるのですが」
「ん?池田殿、何か用か?・・・それなら一室借りて話すとしようか」
その男の名は滝川彦右衛門一益。
年齢は恒興の一回り上で現在32歳の部将である。
一介の傭兵から部将まで出世した正に叩き上げの人物で『退くも滝川、進むも滝川』と謳われるほどの武将である。
この異名は先鋒から殿まで何でも任せられるという意味である。
その一益と清州城の一室を借りて恒興は話を持ちかける。
「滝川殿の出身は伊勢国でしたニャ?」
「ん、まあ伊勢っていうか。物心着いたら伊勢にいたっていうか。それがどうしたんだ?」
滝川一益の出身地は甲賀とも伊勢とも言われている。
どうやら仕官を目指して父親が旅をしていたらしく、一益自身も伊勢を転々とした後傭兵として織田家来たらしい。
その暮らしは決して楽なものではなく、当初彼は刀が買えなかったので鉞(まさかり)担いで戦場に来ていたらしい。
そんなド貧乏から手柄を立てて出世を繰り返し部将の地位まで登ってきた苦労人だが、それだけに他所者に対するやっかみも酷かった。
「実は滝川殿に紹介して欲しい人物がいますのニャ」
「誰を?知り合いならいいんだが」
「九鬼家をご存じではないですかニャ」
「九鬼?・・・ああ、志摩水軍の一つだな。知ってるよ、俺の娘婿が出入りしてたし」
志摩水軍は志摩国を本拠とする水軍衆である。
13の水軍が派閥を形成しており、その中でも九鬼家は一番大きい勢力で志摩水軍の代表者だった。
志摩国はほぼ全域が入り組んだリアス式海岸で水軍の港に最適であったため水軍衆の国となっていた。
統治に関しては伊勢国の属国となるので伊勢国司で霧山城主・北畠権中納言具教が近年手を伸ばし傘下に組み入れた。
「まさか九鬼家を取り込んで志摩水軍を収めようってことか!?・・・悪いことは言わねえ、やめといたほうがいいぞ」
「それは九鬼家が既に潰れていることですニャ、知っておりますよ」
「なら話は早い、九鬼家に力なんて欠片も残っていない。船の1艘も残っちゃいないんだ」
志摩水軍を傘下に収めようとする北畠家の計画は、九鬼家当主・九鬼浄隆の激しい抵抗に合い頓挫しかける。
だが志摩水軍13派閥の内7つが北畠家に付いて九鬼家を攻撃、残り5つの派閥は中立となり九鬼家は孤立。
本拠地の波切砦を落とされ当主・九鬼浄隆は討ち死にし、九鬼家は滅亡した。
「ですが九鬼家当主の弟と息子は生き延びている。居所は知ってますニャ、津島の商人の情報網に引っかかってますから。後は紹介が欲しいのです」
「そこまで解っててもか。いいだろう、協力はしよう。ただ・・・その・・・」
「・・・見返りが欲しい・・・ですニャ?もちろん用意してますとも」
一益は協力を約束するが少し悩むような仕草をする。
恒興は一益が何を言いたいのかわかっていた、ただ自分からは言い出しにくいのであろう。
当然恒興もソレについてはちゃんと考えてきていた、一益をタダ働きさせるわけにはいかないのだから。
「滝川殿、貴殿を伊勢調略の総責任者として信長様に推薦しますニャ。上手く行けば城主も夢じゃないですよ」
「マジか!!ありがたい!実は立候補したかったんだが、他所者が出しゃばると陰口叩かれるし。でも池田殿の推薦なら大手を振っていけるよ」
「それで足りなきゃ林佐渡殿も巻き込みますニャ」
「助かる。後で婿の一盛を池田家に出仕させよう、九鬼家に出入りしてたし優秀な奴だから使ってやってくれ」
(滝川殿も陸の者、海に生きる者の考え方までは理解出来なかったか。それはそうとして優秀な家臣一人GETだニャー)
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清州城に行った翌日、恒興は大谷休伯を伴に津島にある加藤図書助の屋敷に来た。
今後の伊勢攻略に津島会合衆の理解と援護を求めるためである。
「フフフ・・・ハーッハッハッハ!何という悪辣な策略だ!素晴らしい!素晴らしく悪い顔をされるようになりましたな、池田殿。それでこそこの図書助が見込んだ甲斐があったというもの」
恒興が作戦の内容を話し終えると、それまで大人しく聞いていた図書助が突然破顔して喜ぶ。
「一応褒められてるのかニャ?まあご満足いただけたようで何より」
「フフフ、お付き合いしましょうとも。こんなに愉快なことはそうそうありませんからな」
「悪辣な手段であることはニャーも自覚しております。ですが・・・」
恒興が計画しているのは軍勢を繰り出して合戦をすることではない。
謀略や奸計に類するものである。
「構わんでしょう、戦をやるより被害はずっと少ないでしょうな。津島会合衆への連絡はお任せくだされ。何、反対する者などいないでしょう」
だが加藤図書助は被害や被害額の観点から恒興の策略を支持していた。
たとえ武士らしく正々堂々とした戦いでも町や田畑が焼かれれば大損である。
図書助は被害が最も少なく織田家が伊勢を制圧すれば津島会合衆も伊勢に素早く進出出来ると期待していた。
「減収になると思いますが大丈夫ですかニャ?」
「一時的な減収を受け入れられないで未来の大増収が判らんようでは商人としては3流ですな。そんな奴が生き残っていけるほど戦国の商人は甘くないですぞ」
この口振りから察するに商人内でも淘汰競争があるようだ。
商人には商人の戦いがあるのだろう、加藤図書助の怖さを恒興は垣間見た気がした。
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加藤図書助の屋敷を後にして、恒興と休伯は池田庄に帰ろうとする。
津島の出口に近い通りに人だかりが出来ており、恒興は何事だろうと覗いてみる。
「よっ、はっ、おおっと!さぁ、小吉ものって参りました!」
若者の掛け声に合わせて小さな猿が何回も宙返りを繰り返す。
「猿回しですな。珍しいのですか?」
「いや、そういうことじゃニャいけど。・・・あの男、他国の人間だギャ」
「まあ、芸人ならそういうこともあるでしょうが、何か気になるので」
芸を売り歩く者は人の多い場所を求めて移動するので、他国の人間であることは珍しくない。
ただ芸人は集団で旅をするものだ。
町はともかく道では野盗や追い剥ぎが出るため、集団でないと危ないのだ。
然るに猿回しの男は一人と一匹の様だ。
「アイツ、無許可でやってるニャ。ほれ、あそこの角の数人が猿回しを睨んでるニャー」
「ああ、本当ですな。しかし山賊みたいな成りですなぁ」
休伯が角にいる数人の男たちをそう評する。
確かにボサボサの頭で服の上から毛皮を羽織ったマタギのような格好を町中でされてはそう見えても仕方ない。
実は彼等は津島の商人に雇われている荒事専門の用心棒なのだ。
おそらく津島の商人の誰かから言われてきたに違いない。
となれば猿回しの男は彼等に連れていかれ、良くて放逐、悪ければボコボコにされる。
刃傷沙汰まではいかないと信じたいが。
(ニャーには関係の無い話ではあるが)
「どうします?」
「ふぅ、わかっていて見捨てるのも気分悪いニャ。助けてやるか」
そう言うと恒興は観客を掻き分けて、猿回しの男の前に来る。
猿回しの男は年の頃は15、6で恒興とあまり変わらない。
人懐っこい笑顔で商売人としてはやっていけそうな印象だ。
「やぁ、お侍さん。猿芸が好きなのかい?たっぷり観てってくれよ」
自分の目の前にいる恒興に気付いて声を掛ける男。
ただ恒興が神妙そうな顔をしているのは気になった様だが。
「そんな暢気なこと言っとる場合か?」
「うん?それってどういう・・・」
言葉を言い終わる前に猿芸人も気付いたようだ。
観客は蜘蛛の子を散らすように立ち去っている。
代わりに猿芸人の周りに強面の山賊風の男たちが取り囲んでいることを。
「よう、兄ちゃん。誰に断ってココで商売してんだ?ちーっと俺らに付いてきてもらおか?」
「まままま、待って、待ってくれ!」
「すぐ済むからよ?」
まあ、こんな山賊風の輩に力づくで連れて行きます感を出されれば誰でもあわてる。
恒興は取り敢えず手遅れにならないうちに話をつけることにした。
「ちょっと待ってほしいニャー」
「あぁ!?今取り込み中だ・・・っ・・・」
「お、お奉行様!?」
全員が恒興のことを知っていたみたいで、先程までの強面は崩れ驚いていた。
さすがに津島奉行の名は伊達ではないようだ。
「お奉行様のお知り合いとは露知らず」
「ニャーも会ったばかりだけどな。でも聞きたいことがあるので譲ってほしい。ここでの猿回しはやめさせるので勘弁してもらいたいニャ」
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山賊風警備員達は恒興が預かるのならと引いていった。
恒興と休伯は津島にある団子屋に入って、猿芸人の話を聞くことにした。
彼の出身が何処かは判らないが他国の話は貴重である。
「ニャーは津島奉行の池田勝三郎恒興だニャー。こっちは家臣の大谷休伯」
「よろしくお願いします」
(池田恒興!!あの織田信長の義弟の!!とんでもない大物と知り合っちまった!)
「俺は、あ、いや、私は土屋十兵衛長安っす。し、出身は甲斐の国っす」
「ん?では土屋殿は士分なのですか?甲斐ということはもしかして武田家に仕えてたのですか?」
名前とは普通武士と貴族しか持っていない。
商人や農民などは通称の様な名称しか持たない。
なので農民が名乗る時は「○○村の権兵衛です」とか言う、商人は店の屋号を付けて「○○屋の仁衛門です」という風になる。
武士や貴族になると苗字は一族や一家を表し、その人がどの系譜に属するかがわかる。
つまり源平藤橘の何れが源流かということだ。
・・・ただこの時代になると詐称も多いし、才能の有るものは士分に取り立てられるのであまり当てにならなくなっている。
先ほど会っていた加藤図書助順盛は商人だが信秀の那古野城奪取にいち早く協力したので士分に取り立てられている。
なのでこの土屋となのる男は苗字と名前を持っているので、猿回し芸人から武家に仕え取り立てられたのだと判断した。
でなければ武士が猿回しの芸を出来るわけないのだ。
「あ、はい。でも本業は猿回しじゃなくて猿楽師なんすけどね」
「猿楽師と猿回しでは全然違うじゃねーギャ」
「だって猿楽は神事や祭りとかのイベントがないと稼げないし」
猿楽というのは能の前身で唐代の散楽が基礎になったとされるもの。
主に神事や冠婚葬祭で催され、信長も愛好したという。
猿回しとの関連性は多分無い。
何故多分かというと散楽はありとあらゆる芸事の元とされているからだ。
なので何処までが散楽と関係しているかが分かりづらい。
「それに本業といっても中途半端で、本来は土屋昌続様に仕えて仕事してたっす」
「ほお、どんな仕事をしてたんだニャ」
「主に徴税業務全般かな。あとは訴訟事務とか農村からの依頼を受けたり」
成る程と恒興は思う、この男は加藤政盛と同じタイプなのだと。
どこまで出来るかは雇ってみないと分からないが、丁度欲しかった人材なのでここで口説かない手はない。
というか一人でも多く確保しないと政盛が過労死する。
「そういえば甲斐は上杉家に制圧されたと聞きましたが、どんな様子なんでしょうか」
「いや、もう滅茶苦茶っすよ。いきなり裏切り者の穴山が領主になって」
長安の話ではその穴山信君が領主として仕切りだした直後、豪族や農民の反乱が勃発。
元々甲斐は侵攻される前に武田家が降伏しているため、武器や兵士が温存されていたのが不味かった。
あっという間に甲斐全土に反乱が広がり、武田家再興の動きまで出て収拾が着かなくなったところで上杉景虎が襲来。
反乱を瞬く間に叩き潰した。
「俺も戦ったんすけど歯が立たなくて。それで甲斐に居られなくなって流れ着いたのが此処って訳っす」
「そうか。まあ、これも何かの縁だし、士分として働いていたならニャーに仕えてみないか?」
「え、ホントっすか!?でも俺みたいな余所者でもいいんすか?」
「ニャーはそんなもん気にせん」
恒興には既に家臣の出身地に拘ろうという気持ちは無くなっていた。
理由の一つとして譜代の家臣がいなくなっているのが大きい、どうも家督相続の時に騒動があって出奔したようだ。
なので家臣自体が新参者ばかりで大きな顔をする様な重臣は存在せず、他所者でも比較的入りやすい環境になっている。
そして今の尾張は何処も人手不足で地元武士をスカウトしてくるのが困難になっているのが最も大きい。
「かく言う私も上野国の出身ですから。殿は本当に気にしない人だから安心するといいよ」
「ありがとうございます。俺、頑張るっす」
「おう、期待してるニャー」
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北近江国浅井家。
その家臣の堀家家老・樋口三郎左衛門直房はある客を迎えていた。
その者は仕える家や国境を越えて先代の頃から親しくしている家の当主だった。
名を竹中半兵衛重治という。
彼が治める関ヶ原と鎌刃城を拠点として坂田郡を広く治める堀家は、ほぼ隣同士という位置関係である。
「それで、こちらに来られた目的をお聞きしようか。竹中半兵衛殿」
「実は私の策に協力して欲しいと思いまして参上しました」
竹中半兵衛は丁寧な口調で直房に語りだした。
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