CD

月の宮

第1話

家のCDプレイヤーが壊れたので、母と二人で、電気店に新しいCDプレイヤーを買いに行くことになった。高校生にもなって、母親と一緒に買い物に行くなんて、馬鹿げている。買い物くらい一人で行けばいいのに、と思ったけれど、休日に何もしない、というのも、味気ないので、母の誘いを受けることにした。

私の母は、アナログ人だ。今の時代に切符を買って電車に乗るなんて、時代遅れだ。電子マネーを買えばいいのに。


「さ、行きましょう」母が切符を買い終わったようなので、ついて行く。化粧もせず、質素な服とストレートヘア。貧乏くさい人だ。私は、こんな女にはなりたくない。

母と電車のつり革に並んで、私は、流れていく景色を見ていた。通学する時に見る景色と全く変わらない景色が流れる。家にいても、学校にいても、毎日同じことばかりだ。つまらない。何か刺激的なことが起きてほしいと、思う。けれど、結局同じような日々が過ぎていくだけだ。つまらない人生。アーメン。


駅について、降りようとした時、ずかずかと乗ってきた男が母と衝突して、舌打ちをした。母とぶつかった時、あの男、すごく嫌な顔をした。私の嫌いな人種だ。それで、母はその男に謝るものだから、もう見ていられない。そんな男に謝る必要はないんですよ、お母さん。情けない人だ。本当に。

母は、肩を落として、私の前を歩いて行った。


電気店は、騒がしくて、眩しい。最新のLEDを使っているのだろう。テレビの音声や、店内にかかっている曲や、店員や客の声。

「CDプレイヤーは、どこにあるのかしら……」

「さあ? 店員に聞けばいいんじゃない?」

「そうね、聞きましょう」

「お母さん、CDプレイヤーなんて買わなくても、今の時代、インターネットでいくらでも聞けるわ。わざわざ買うことないんじゃない?」

「現代っ子はすごいのねえ。私なんて、インターネット使えないわ」

CDプレイヤーなんて、いつまで使うのだろう。曲は、インターネットで聞けるし、CDプレイヤーよりずっと小さいタブレットに保存できる。情報として残るのだから、かさばらなくて素敵だ。それなのに、CDや、CDプレイヤーを好んで使う人がいて、作る人がいる。訳がわからない。

CDプレイヤーの売り場まで、店員に案内してもらって、辿り着いた。

白いヤツ、黒いヤツ、横に長いヤツ、小さいヤツ、たくさんの種類のプレイヤーが並んでいた。どれも、大した違いはないのに、色や形にこだわるのは、何故? 聴ければ十分なのに。

「どれか欲しいものある?」

「お母さんが決めたらいいじゃない。お母さんの買い物でしょう?」

「そう? 私はどれでもいいけど……」

私も同じだ。私達は、選択することすらしない。相手に任せている。選択することすら怠けてしまったら、終わりじゃないのか。これでは、何も始まらない。

「じゃあ、これにすれば?」私は、白くて安いCDプレイヤーを選んだ。これを買って、帰った。


母は、買ったCDプレイヤーを早速開けて、中身を取り出した。そして、CDを一枚持ってきた。ケースから見える歌詞カードは、綺麗なものではなかった。昔のCDだろう。

「このCD、昔からずっと聴いてるの。年を取ってから聞いてみると、印象も変わるのよね」そう言って、歌詞カードを取って、CDをかけ始めた。

イヤホンで聴くのとは、違う感覚。CDの女性の透き通る声が、私の身体の中に流れてくる。

私は、これからの毎日が少しずつ良くなっていくように思えた。

明日からまた、学校だ。明日は、帰りにCDショップにでも寄っていこう。CDショップなんて、それこそ時代遅れな気がするけれど。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

CD 月の宮 @V-Jack

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る