水曜日(1)
朝のホームルームでユミカが休みである旨が伝えられた。詳しい説明はなかった。
僕は足が地に着かないまま授業をやり過ごし、学校が終わると真っ直ぐ家に帰った。今更ながら連絡先を聞いておけば良かったと後悔した。また夢の中で会えるだろうか。馬鹿なマネをしていなければ良いのだが。そんな風に、朝からずっとユミカの事ばかり考えている。本当なら今すぐにでも眠って彼女の無事を確かめたかったが、もうすぐ夕食の時間なので、途中で起こされて邪魔をされたくはない。仕方なく、やりたくもないゲームをして時間を潰した。
夕食も風呂も手短に済ませ、早めに布団に入った。全く眠くはなかったが、逢いたいという気持ちが彼女の元に導いてくれると信じて。
「豪介」
後ろから声をかけられ、振り返るとユミカが立っていた。辺りを見回すと、そこは林の側の田舎道というべき場所で、向かって左手には川幅の狭い小川が流れている。見覚えのない風景だ。
風が吹いて、ユミカの髪を揺らした。彼女は思ったより元気そうで、僕はいくらか安心した。
「学校に来なかったから心配したんだ」
それを聞いてユミカは笑顔になった。
「ありがとう。あの後、ずっとここにいたの」
「ずっとここに?」
僕が驚くと、そう、と頷いてから、ユミカは歩き始めた。どこへ向かうつもりなのかは分からないが、ひとまずついていく。
「ここから出たくない、って思ってたら、そのまま目が覚めなかったの。豪介を呼んでも出てこなかったから、起きたんだろうなって思って。その後は一人でぶらぶらしたり、写真を撮ったり、寝ころんだりしてたんだ。この世界では疲れることもないし、まあ、自由にね」
歩きながら、ユミカは淡々と語った。僕は目を覚ましたのに、僕の夢の中にユミカが存在し続けたということなのだろうか。混乱してきた。もっとも、ユミカはそのことについて深くは気にしていないのだろう。休み時間に友達と話すような調子で続ける。
「お父さんやお母さんの声が聞こえたような気がしたけど、面倒だから無視しちゃった」
「じゃあ、現実世界のユミカは、今どうなってるの?」
「寝てるんじゃないかな。気持ちよさそうに。でも、揺さぶっても叩いても目を覚まさないと分かったら、普通は救急車を呼ぶでしょうね」
目の前の本人はケロッとしていたが、僕はまだ不安をぬぐいきれずにいた。現実世界のユミカの肉体は危機に瀕しているかもしれないのだ。ただ、少なくとも彼女の意識はここに存在していた。これが本来の意味での「夢」でない限りは。
座ろうかと促されて、小道の側に設置されたレトロ調のベンチに腰掛けた。一息ついてから説得を試みる。
「こんなこと言うのは何だけど、一度戻った方がいいんじゃないの? ここにいても状況は変わらないし、親御さんも心配するだろうから」
間髪おかずに「いやだ」と返ってきた。そのまま、苛立った様子でユミカは続ける。
「目覚めたら親に顔を合わさなきゃならない。また下らないことをくどくどと言われる。学校にも行かなきゃいけない。とにかく、やることが沢山ある。面倒なことが沢山。でも、今はそういうものから距離を置いて、一人で色々考えたり、何も考えないでぼーっと過ごしたいの。そういう時間が必要なの。それとも、私がここに留まり続けると、豪介の迷惑になる?」
「迷惑じゃないけど……」
「だったらしばらくここにいさせてよ。正直、うんざりしてるんだから。私のためだとか言いながら、結局は自分たちの世間体しか考えてないのよ、あの人達は。下らない、本当に下らない!」
肩を上下させ、呼吸を乱しながら、ユミカは不満をぶちまけた。朗らかでさっぱりした性格だと思っていたが、激情に身を任せた姿に僕は圧倒されてしまった。
我に返ったのか、ユミカは「ごめん」と謝って、ベンチの背もたれに寄りかかり、そしてうなだれた。しばらくの間、居心地の悪い沈黙が続いた。
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