月曜日(5)

 ユミカの話は夢の中とは思えないほど現実的な内容だった。休みの日は家で何をしているのか。好きな女子はいないのか。そのようなことをあれこれと尋ねられた。夢の中だからと思って正直に答えると、彼女は僕を馬鹿にしたりすることはなく、かえって羨ましそうに聞いていた。

 やがてユミカは自分のことを話し始めた。

「私ね、写真を撮るのが好きなんだ」

 写真家やそれを嗜む人が身の回りにいなかったせいか、僕はユミカの趣味を意外に思った。もちろん、彼女が今話していることは僕の夢における出来事であって、現実世界でユミカがどんな趣味嗜好を持っているかは全く関係ない。すごいなあ、と大げさに驚いて見せると、ユミカは拗ねたふりをして、それから笑った。

「今日、帰りに踏切のところで会ったでしょ? あのとき、野良猫の写真を撮ろうとしてたの」

 パンツが見えたときのことだ。その点について僕からは触れなかった。

「結局逃げられちゃって、一枚も撮れなかったんだけどね。君にはパンツ見られるし、散々だったわ」

「ご、ごめん」

 ユミカはまた意地悪な顔をしたが、咎めるつもりはなさそうだ。一方の僕は恐縮し、彼女と目を合わせられなかった。自分の夢の中の出来事なのだから、気にせず堂々としていれば良いのに、何故か現実的に反応してしまう。きっと、本物のユミカが目の前にいるように感じられるからだろう。

「本当は、大学で写真の勉強をして、プロになって、写真を撮りながら世界中を旅するのが夢なんだけど……」

「素敵だと思うけど、何か問題があるの?」

 言いよどむユミカに尋ねると、彼女の表情は曇った。

「うん、親がね。うちは両親がかなり厳しいんだけど、大学に行くなら文学部か何かを出て、卒業したらすぐに結婚しなさい、とか言うわけよ」

「結婚? そんな、大学出てすぐって言っても、相手がいなきゃできないし……」

「いるんだな、これが」

 呆れたようにユミカが言った。僕は意味が分からず、その先の言葉を待った。彼女はアップルティーを一口飲んでから続ける。

「何だか知らないけど、許嫁ってのがいるんだって。親が勝手に決めちゃってるのよ。私、その人と会ったこともないのに」

 そういえば、ユミカの家はお金持ちで、彼女はお嬢様なのだと、学校で誰かが話しているのを聞いたことがあった。もちろん、現実のユミカに許嫁がいるのかは分からないが、そんな風習が今でも存在しているのだろうか。それとも、上流階級においては当たり前のことなのだろうか。

 しょげているユミカにかける言葉も思いつかないまま、オレンジジュースを飲み干してしまった。どうしたものかとストローを弄っていると、ユミカは急に顔を上げて、笑顔を作ろうとした。

「ごめんね、つまんない話して」

 彼女の健気な表情に、僕は胸を痛めた。何とかしてあげたいのに言葉が出てこない。

「いや、いいんだ。遠慮しないで。何て言ったらいいのか分からなくて……ちょっと、飲み物取ってくるよ。ユミカはまだいい?」

 うん、と頷いたユミカは涙をこらえているように見えた。

 やけにリアルな夢を見るものだ。あたかもユミカが目の前にいて、気の毒な境遇を打ち明けられているようで、身につまされる思いがする。こんなとき、何と言えば良いのだろう。普段から他人と話をしない僕は、少し考えたくらいでは気の利いた台詞を用意することができなかった。ゲームなら選択肢から選ぶだけで良いのに。

 結局、オレンジジュースを注いで席に戻るまで、ユミカを元気づけられそうな言葉は思いつかなかった。

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