第166話 魔界の終わり

※本編終了まで残りあと2話!



「おっと」

「! 大丈夫ですか!?」

「ああ、平気だよ。ちょっとふらついただけだ」


 戦いを終えた優志は回復水の効果で傷こそ癒えているが、感覚的なところはまだ戻っていないようで足元がおぼつかない。

 それを、上谷と三上が支えて、戦いのあった湖を静かに眺めていた。

 と、そこで優志は思い出す。


「そ、そういえば、真田くんは?」

「彼なら……魔王が湖に落ちたと同時に飛び込んでいって……」


 魔王共々、まだ浮上してこない。

 その身を心配していると、突如轟音が響き渡り、大きな水柱が。そこから現れたのは魔王シンを背負った真田であった。

 

「…………」


 真田はぐったりしている魔王シンをそっと地面へと下ろす。

 その顔色は人間らしい肌色をしていた――もう魔人ではなく、ただの館川新太郎に戻っていたのだ。

 優志たちは真田へと近づくが、それに気づいた真田が叫んだ。


「あり得ない! 魔人化を打ち消すスキルなんて!」


 普通の人間を魔人化させる魔鉱石。

 だが、優志のスキルによって、これまで多くの魔人に変えられた人々が元の人間の姿に戻った。言ってみれば、優志は真田や魔王シンにとって天敵とも言うべき存在だった。


「諦めるんだ、真田くん。君たちがこの先どれだけ暗躍しようとも、俺のスキルで何度だって阻止してみせる」

「……だったら……だったらこれまでの彼の努力はなんだったんですか!」

「彼が自分の消したい過去を清算するために、この世界や地球に住む人たちを危機に晒すわけにはいかない――俺にも、この世界で守りたい人がいるんだ」


 真田や魔王シンが己の野望を果たすために人々を魔人化させるというなら、優志はそれを阻止するために戦う姿勢を見せる。

 例え何百回繰り返すことになろうとも。

 

「…………」


 真田は俯き、再び魔王シン――館川を背負った。


「どこへ行く気だ?」


 橘が声をかける。

 だが、真田は振り向きさえせず、そのまま歩きだした。


「ゆ、優志さん」


 美弦が心配そうに優志の顔をのぞき込む。

 魔人によって世界に混乱を招いた彼らをここから野放しにしておくのは問題がある――と思っていた優志であるが、その背中を見ていると構えていた赤い聖水剣を消した。

 

「きっと大丈夫だ……もう彼らは騒ぎを起こしたりはしない」

「俺もそう思います」


勇者のひとりである三上が真っ先に同意した。


「前に聞いた話だと、真田は小さい頃に両親を亡くし、叔父叔母に育てられた……とか、いろいろと悲しい過去を持っています。たぶん、あの館川っていう人も同じように暗い過去があるんだと思います」

「ああ、それは戦っている最中に言っていた」

「で、でも、だからって復讐は……」

「よくはねぇよなぁ」

「あいつらの復讐にうちらの親や友だちが巻き込まれるのは許せないし」

「その通りだ。彼らがやろうとしていたことは無差別殺人に等しい。彼らの復讐の対象以外の人間にも、危険が及ぶからな」


 優志と六人の勇者たちは顔を見合わせる。

 そして、湖へ視線を移した。


 優志の回復スキルによって生まれ変わった魔界。

 空は青々とし、草木が一面に広がるそこは、もはや魔界というより天界と呼ぶに相応しい光景であった。

禍々しい外観の魔王城も植物に囲まれている。

 その方角から、多くの兵士たちによる地鳴りのような勝ち鬨が聞こえてきた。


「あっ!」


 全員が勝利を確信したその瞬間、美弦が声をあげる。


「ど、どうかしたのかい、美弦ちゃん」

「えっと……魔王城にある元の世界へ戻れるあの鑑って――」

「「「「「「あっ!」」」」」」」


 全員、すっかりと忘れていた。


「俺たち……元の世界へ戻れるのか?」

「まあ、いろいろと調べてみないことにはなんとも言えないが」

「あ~あ、そうなるとこの世界ともお別れか~」

「なんだよ、安積は戻る気満々なのか?」

「……親とか心配じゃない?」

「……俺も心配だ」


 橘が安積の意見に賛同する。武内、上谷、三上、そして美弦も両親や友だちのことが気になっているようだった。

 彼らは優志とは違い、この世界から戻れないことを了承して転移してきた。相当な覚悟のもとにここへやってきたのだろう。

それでも、長らく家から離れているうちにだんだんと元の世界が恋しく思うようになってきた――そこはまだ十代半ばの少年少女らしい反応といえる。


 優志の場合は、真田と同じくすでに両親も他界しているし、今さらブラックな会社勤めに戻る気はない。せっかくこの世界で店を開いたのだから、ずっとここで暮らしていこうと考えていた。


 ただ、彼らは違う。

 まだ若い彼らのためにも、優志は元の世界へ戻れる方法を探る手助けをしようと思った。

 それと、もうひとつ。


「……リウィルに会いたいなぁ」


 ボソッとした呟き――だが、六人の勇者たちの耳にはしかと届いていた。

 途端に、全員の顔がニヤつく。

 


 それから、魔王城にいる兵士たちと合流するまでの間、優志はひたすらリウィルとのことをイジリ倒されるのだった。

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