第165話 執念
「! その剣は――」
魔王シンの顔が驚愕に歪む。
ないはずのものが優志の手にしかと握られていたのだから無理もない。しかもそれは――漲るパワーを遮断する、切り札とも言っていい聖水剣。
だが、その聖水剣には先ほど見たものと異なる特徴があった。
赤い。
鮮烈な赤に染まる聖水剣――その正体は容易に想像できた。
「! じ、自分の血液を!?」
「そうだ――くらえ!」
優志は魔王シンの黒い翼を赤い聖水剣で斬る。
「ぐおおっ!?」
魔王シンから苦しそうな声が漏れる。さらに、翼がひとつになったことで体のバランスを大きく崩し、ゆっくりと降下していく。
「それじゃあ――意味がない!」
「よ、よせっ! 君も一緒に落ちるぞ!」
剣を構え、残ったもうひとつの翼も斬ろうとする優志だが、魔王シンの言う通り、それを斬ってしまえば、魔王諸共地面へと叩きつけられる。魔人の力を得ているシンは、大ダメージこそ避けられないが生きてはいるだろう。――しかし、優れたスキルを有しているとはいえ、耐久面では並みの人間である優志は確実に死ぬ。
「自分の命を引き換えに私へ大ダメージを与え、勇者たちにとどめを刺してもらおうという魂胆か」
魔王シンは驚愕する。
命を懸けて敵を倒す――それは、いわばマンガやアニメの王道的展開。だが、実際に同じような立場になったとして、果たしてどれだけの人間が同じ行動を取れるだろうか。
人は易々と命を懸けるなんてマネはしない。
死への恐怖が先行して、とてもじゃないがそのような決断は下せない。
だが、宮原優志はしてみせた。
「見事だったよ、宮原くん! 正直ここまでやるとは思っていなかった!」
それでも、魔王シンの態度には余裕があった。
「最後に教えてくれ。何が君をそこまで突き動かす?」
「それはこっちのセリフだ。なんであんたは地球に復讐なんてマネを?」
「愚問だ。決まっている――これは、今まで私を虐げてきた連中へその力を見せつける絶好の機会だからだ!」
並々ならぬ執念のこもった瞳で魔王は答えた。
「危うく計画は頓挫するところだったが……残念だったな。しかし、死をもって私を倒そうというその気概は称賛に値する!」
「死をもって?」
魔王シンの言葉に、優志は「ふっ」と小さな笑みを浮かべる。
「俺は最初から死ぬ気なんて毛頭ない――下を見てみろ」
「!」
言われて、魔王シンは気づく。
いつの間にか、自分たちの足元に広がっているのは荒れた大地ではなく、大きな湖へと変わっていた。
優志の狙いはこれだったのだ。
「湖? ふん! だが、この高さから落ちれば同じこと!」
例え下が水であっても、高度から落ちればその衝撃はコンクリートにも匹敵する。優志もそれはかつてテレビ番組の中で行われた実験映像を見て覚えていた。
しかし、優志にとっては下に広がるのが「水」という点が非常に大きかった。
――そう。
かつて、エルズベリー家当主が初めて魔人と化した時、ボロウと共闘してその動きを封じた出来事を優志は思い出していたのだ。
「ま、まさか!?」
優志の態度から、魔王シンも狙いに勘付いたようだった。
「あんたの魔人としての執念か、俺のスキルによる能力か――どっちが上なのか、ハッキリさせておこうぜ!」
そう告げて、優志は大きく剣を振った。
切断される最後の翼。
必死に優志を振り払おうとする魔王シンだが、優志も食らいついて放さない。容赦なく浴びせられる拳打に耐え、そのまま魔王シンと共に湖へと落下する。
激しい水しぶきをあげる湖面。
その衝撃は凄まじいもので、優志は一瞬意識を失った――が、薄れていく意識が完全に途絶えるよりも前に、最後の力を振り絞ってスキルを発動させる。
《癒しの極意》
この異世界生活を支え続けてくれた優志のスキル。
人を助け、癒し、元気にさせるスキル。
これまでの異世界での思い出が脳裏を過る。
ロザリアはこれからもおいしい牛乳を届けてくれるだろう。
絵の勉強のために旅立ったライアンは元気にやっているか。
ベルギウスにはこれまで何度も世話になった。
そして――リウィル。
「!?」
優志の意識が覚醒する。
このままでは終われない。
リウィルを置いたまま死ぬわけにはいかない。
必ず帰ると約束したから。
「ぶはっ!?」
湖面へと顔を出した優志は辺りを見回しながら岸へと向かって泳ぐ。回復水の効果はすでに湖全体へと浸透しており、優志の体は完全回復を果たしていた。
それだけではない。
「これは……」
目の前で起きている現象が信じられなくて、優志は思わず目をこする。
回復水で満たされた湖を起点とし、徐々に広がっていく癒しの波動。
草が生え、花が咲き、空気が澄んでいくのが分かる。
荒れ果てた大地に新たな命が芽吹いていく。
優志の回復スキルは人体を越えて魔界全体を癒していった。
「宮原さん!」
名前を叫ばれて、優志は振り返る。
すると、岸には六人の勇者たちが揃っていた。
武内や三上が湖へ入り、優志の体を支えて岸へと引っ張っていく。少し情けないとも思ったが、ここは彼らの好意に甘えることにした。
「大丈夫ですか!?」
「ああ、問題ないよ」
「やりましたね! 見事に魔王シンを打ち倒しましたよ!」
「ホント、うちらよりも勇者してるよ」
「はは、言えてるな」
「本当に凄かったですよ、優志さん!」
美弦たちから立て続けに手放しの称賛を受け、優志は年甲斐もなく照れ臭くなった。
だが、すぐに魔王の現状が気になって勇者たちに問う。
「そうだ! 魔王シンはどうなった!」
「まだ……姿が見えません。もしかしたら、湖底に沈んでいったのかも」
橘がどこか悲しげな表情で言う――が、同時に優志は実感した。
「終わったんだ……すべて」
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