第149話 その頃、王都では
「ぐっ、うぅ……」
自らの呻き声で、ベルギウスは目を覚ました。
「僕は一体……」
上体を起こして辺りを見回してみる。
ここはいつも仕事をしている執務室だ。そこにあるなぜだかベッドへ横になっている――そこは仕事の関係で寝泊まりをすることもあるとしてベルギウスが自ら設置を依頼したベッドであった。
「ここは……城内か」
記憶に靄がかかっているような状態で、なぜ自分がここにいるのか、なぜベッドで寝ているのか、ハッキリと思い出せない。
その時、部屋のドアがノックされる。
ベルギウスは「どうぞ」と入室を許可した。
入ってきたのは神官長のガレッタであった。
「御気分はいかがですか、ベルギウス様」
「ガレッタか……」
「本当によかった……」
目を覚ましたベルギウスの様子を見て、ガレッタは安堵のため息を漏らした。だが、ベルギウス自身は記憶が曖昧であり、ガレッタの態度についても理解が追いつかない。ぼやけている記憶の補完をしようと、ガレッタに質問をする。
「ガレッタ、一体何が起きたんだ? なぜ僕はここに?」
「! 覚えていらっしゃらないんですか?」
「ああ……」
力なく項垂れるベルギウス。それは、いつも飄々としている彼からは想像できない暗い雰囲気であった。
ガレッタはベルギウスからの要求に応えるよう、今日の彼の行動を一から説明していく。
「あなたは朝からケリムの塔へ行き、魔鉱石と魔人に関する研究をしていました」
「魔鉱石……魔人……っ!」
魔人と口にした途端、ベルギウスの顔色が変わった。
「ガレッタ! 塔はどうなった!」
「塔は崩壊しました。兵士たちの話では、魔人が――エルズベリー家の当主が突如暴れだして収拾がつかなくなったとのことです」
「そうだ……バルザは! バルザはどうしたんだ!」
バルザというのは、ベルギウスが次代の戦力として期待を寄せていた魔人だ。バルザは人間と友好的な関係を築いており、戦勝パレードの際に魔獣から王都を守った実績もある。
「バルザについては現在行方不明となっています」
「行方不明……まさか、魔界へ向かったのか?」
「魔界へ?」
「ああ、魔界へ――そ、そうだ! 魔界への増援部隊は!?」
「今朝方出立しました」
増援部隊が魔界へ旅立ったことを耳にしたベルギウスは頭を抱えた。
「ど、どうかしましたか?」
「いや……もしかしたら、バルザとエルズベリーは魔界へ向かったかもしれない」
「え? な、なぜそうだと?」
今度はガレッタが慌てた様子で聞き返す。
「……エルズベリー家当主が魔人化したことについて、その原因を突きとめようと研究を進めていたのだが、突如暴れだして手が付けられなくなった」
それは、ガレッタが兵士から受けた報告と一致している。
だが、ここからはベルギウス自身が間近で目撃した詳細な様子だ。
「暴れだした魔人を押さえるよう僕はバルザに命じた。バルザはそれに従い、魔人と激しい戦いを繰り広げたが……途中から二人は何やら会話をしながら戦っているようだった」
「会話を?」
「内容は聞き取れなかったが……様子から察するに、エルズベリーの方が頻繁にバルザへと話しかけていたようだ」
「何かを提案している……でしょうか?」
「僕もその線が濃いと思っている。僕はバルザに一旦こちらへ戻ってくるよう指示を出そうとしたが、それを読んだのか、エルズベリーの方が派手に周囲を破壊し、外へと飛び出していったのだ」
「まさか、バルザはそれについていった?」
「恐らく」
それからしばらく、ベルギウスとガレッタは言葉を発せられなかった。
考えられる限り最悪のシナリオは、二人の魔人が魔界へと向かい、そこで優志たち討伐隊と対峙すること。
「まずいですな……向こうにいる兵たちはバルザが裏切ったかもしれないという事情をまったく知らないときている」
「…………」
青ざめているガレッタを横目に、ベルギウスはベッドから静かに起き上がった。
「べ、ベルギウス様?」
「ガレッタ……頼みがある」
神妙な面持ちで、ベルギウスはガレッタへと語りかける。
「僕は魔界へ行く」
「! べ、ベルギウス様!」
次期国王候補とされるベルギウスが魔界へ行くことに、ガレッタは断固反対の意思を示そうと詰め寄る。だが、ベルギウスの目は真剣そのものだった。
「頼む、ガレッタ。行かせてくれ」
「べ、ベルギウス様……」
「僕はこれから国王陛下に直訴してくる。君には三時間以内に、残された戦力を可能な限りかき集めてきてもらいたい」
「…………」
両肩をガシッと力強く掴まれたガレッタはベルギウスの決意を汲み取った。
「……分かりました。城や王都に残されたありったけの戦力を割くようにします」
「助かるよ」
「ここまでやる以上はもうこれで決着としましょう」
「ああ……魔王を倒してくる」
こうして、最後の増援部隊投入が決定する。
決戦の地――魔界にさらなる戦いの嵐が吹き荒れようとしていた。
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