第148話 入れ違い
いよいよ魔王との決着をつけるため、最後の増援部隊が本隊と合流するため駐屯地をあとにした。
最初の奇襲によって魔獣討伐が不安視されていたが、体勢を立て直し、気持ちを切り替えた騎士たちはあのパニックが嘘だったかのように落ち着いて道中の戦闘をこなしていった。
新しく強力な装備を身に付けたボロウたちも躍動した。
強力な魔獣が相手だろうと怯むことなく、向かってくる者はなんであろうと斬り捨てて前進していく。
「思ったよりも進軍のスピードが速い。これならば予定時刻よりも早く到着することができそうだな」
「ええ、そうですね」
優志とゼイロは順調に事が進んでいることに手応えを感じていた。
ゼイロは複数の騎士を引き連れて優志たちのフォローへと回っていた。これからの戦いには優志の回復スキルが必須となる。本隊にいる兵たちも疲弊しきっているだろうから、まず合流したら全兵士を回復させ、士気を高める――それが優志の使命だ。
「…………」
「大丈夫か?」
「! は、はい、平気です」
強がってはいるが、優志の疲労も半端ではなかった。
これまで、店の商売として回復スキルを駆使してきた優志にとって、戦場で直に兵士と触れ合い、回復スキルを使用するという経験はない。それでも大して変わらないだろうと思っていたのだが、戦場という場所がここまで緊張感があり、また、精神をすり減らすものだとは想定外だった。
これはここが魔界であるという場所的な要因を働いていた。
おまけに、優志たちは魔界へ到着して間もなく敵の襲撃を受けている。
どこも安全ではない――心で注意していても、それが現実となった瞬間は信じられないでいた。
死と隣り合わせの魔界。
そして、前例がないほどのスキル連発。
周りの兵たちに匹敵する勢いで、優志も疲弊していたのだ。
それを、ゼイロは見抜いていた。
「あれだけの短時間にスキルを使いまくったのだ。少し休むか?」
「い、いえ、問題ありません。このまま進軍しましょう」
それはゼイロの本音でもあった。
早いところ本隊と合流はしたいが、肝心の優志が不調とあっては合流する意味も半減してしまう。だからこそ、その身を案じたのだが、優志はこのまま進むことを選択した。
それに、今の高い士気を維持しておきたいという面もあった。
魔獣たちを着実に倒していく兵士たちには今、自信が芽吹きつつある。「魔界で魔獣を相手にしても戦える!」という事実が、本来以上の力を発揮させ、この奇跡のような順調ぶりを可能としていたのだ。
それが、休憩のため足を止めてしまうと、連動して勢いも止まってしまうかもしれないという危惧があった。
優志の体調と隊の士気――その両方を秤にかけ、最良の決断を下さなければならないのがゼイロの立場だ。今回は優志自身からの訴えもあってこのまま進軍することを選んだが、目まぐるしく状況が変わることを想定し、周囲への配慮を怠らないよう気を引き締める。
「……分かった。しかし無理はするな」
「承知していますよ」
優志を気遣いつつ、増援部隊は前進する。
しばらく行くと、ゼイロが叫んだ。
「あの小高い丘を越えれば本隊との合流地点だ!」
「「「「「うおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
明確に目的地の姿を捉えたことで、さらに隊の士気は高まった。
襲い来る魔獣を蹴散らしつつ、丘を越えた先頭部隊――だが、彼らからの報告にゼイロたちは耳を疑った。
「ゼイロ様!」
「どうした! 本隊はいたのか!」
「それが……いません! 本隊の姿はどこにもありません!」
「なんだと!?」
あり得ない。
ゼイロは馬を走らせ、先頭部隊のいる丘の頂上へと向かった。そこから眼下に広がる平原を眺めて絶句する。
「ば、バカな……」
本隊には全世界から集まった十万を越える兵士たちがいる。ちょっとやそっとのことでは壊滅するなどあり得ないのだが、合流地点である草原には人っ子一人いなかった。
「なぜだ……なぜ本隊がいないんだ!」
未だに信じられないゼイロは双眼鏡で詳しく周囲の様子を探ってみる。だが、どこを探しても誰もいない。
「……誰もいない?」
それが、ゼイロの中で疑問を生んだ。
仮に、本隊が激しい魔獣との戦闘によって壊滅したというのなら、兵の死体が転がっていないというのは不自然だ。それどころから血で汚れた形跡もなければ、地面に馬や人が踏み荒らした跡がない。
こうした現場の状況から、ゼイロはある仮説を立てる。
「もしかして……最初からここに来ていないのか?」
合流地点に誤りがあったのか。
それとも、向こうが合流地点を間違えているのか。
いずれにせよ、まともな連絡手段がないまま、増援部隊は魔界で孤立してしまったことになる。
「ぜ、ゼイロ様……」
傍らに立つ兵士が不安げな表情でゼイロを見つめる。
今の兵力ではいずれ限界が来る。だからといってむやみやたらに突っ込むわけにもいかない状況だ。本隊だって、ゼイロたちからの補給物資や優志の回復スキルをあてにしているはずだから。
「……探すぞ」
「え?」
「本隊を探して合流する。それしか道はない」
ゼイロは踵を返し、事情を説明するため兵たちのもとへと向かう。
その足取りは重かった。
◇◇◇
増援部隊が合流地点で絶望していた頃、本隊もまた似たような状況であった。
彼らが合流地点として集まっているのは増援部隊のいた平原から北へ三十キロほど進んだ場所にある川のほとり。ここに増援部隊が到着する手筈となっているが、すでに予定時間を大幅に過ぎていた。
「増援部隊は何をやっているんだ!」
この状況に、騎士団長のアデムは苛立ちを隠せないでいた。
すでに兵たちの体力は限界に近い。
一刻も早く、回復させなければならないのに、肝心の増援部隊がやって来ないのだ。
「何か、あったのかな」
状況を遠巻きに見ていた勇者の一人、三上が隣に座る真田に尋ねる。
「今の状況から察するに、恐らく増援部隊が到着していないっぽいね」
「おいおい、じゃあ増援部隊は全滅したってことか?」
話に割って入ったのは同じく勇者召喚された少年の橘省吾であった。
「武内たちが迎えに行っているんだから、それはないと思うけど」
「もしかしたら、入れ違いがあったのかもしれないね」
「「入れ違い?」」
真田の言葉に、三上と橘が首を傾げる。
「合流予定地点が互いに違う場所を指定していたとか。武内くんたちはこの場所を知らないだろうから、増援部隊と合流後に迷子となっているのかも」
「! だとしたらまずいぞ!」
「お、俺! アデム騎士団長に話してくるよ!」
三上は驚愕し、橘はアデムへと報告に走る。
「…………」
その様子を見た真田は俯き、静かに笑みを浮かべていた。
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