第132話 真夜中の来訪者

 クリフとの打ち合わせを終えて店に戻った優志は、その日も何事もないいつも通りの日常を過ごして一日を終えた。


「今日も盛況だったな」

「はい!」

「でも少し疲れました。あとでゆっくりお風呂に浸かりたいですね」


 リウィルたちと夕食をともにし、今日一日を振り返る。

 この世界に来てから何度目のことだろう。

 実際はまだ半年も経過していないはずだが、もう何年も同じことをしているような気がしてきた。そう思えるほど、優志にとって今のひと時はとてもリラックスして過ごせる大切なものだと言える。


「そういえば、あれからなんのアクションもありませんね」


 パンを頬張っていた美弦が優志にそう話しかける。

 優志はスープが注がれたコップから手を放して美弦に返す。


「何もないならそれでいいさ。余計なトラブルは御免だからね」


 本音を言えば、魔人化したロブ・エルズベリーのことは気がかりであった。

 優志が気にかけているのはそればかりではない。

 買い取り屋に現れたバブルの魔鉱石を購入していった謎の人物。なんとなく、優志はこの人物のことが気になって仕方がなかった。


「? ユージさん?」

「……っ! あ、な、なんだい、リウィル」

「いえ、何か難しい顔をしていたので」

「それは……またベルギウス様から厄介な頼まれごとをされないかちょっと不安になっただけだ」

「それはたしかに不安になりますね」


 ふふふ、と小さく笑うリウィル。

 もう神官というより回復屋の看板娘がすっかり板についてきた。最近ではリウィル目当てでやって来る客もいるらしい。

 神官という夢を断たれ、リウィルとしては失意の中で始めたこの回復屋の仕事。優志は次に就きたい仕事が決まったら辞めても構わないという契約内容を提示していたが、リウィルが辞める気配は一切ない。その様子から、優志はリウィルがこの仕事を気に入ってくれているのだと思っていた。


「リウィルがいてくれて本当に助かっているよ」

「! な、なんですか、急に」


 優志からすれば、それまでの思考の末に辿り着いた言葉を吐き出したつもりなのだが、リウィルや美弦には唐突にお礼を言いだしたとしか思えない。


 ふたりの反応を見て、優志はようやく自分が突拍子もないことを言ったのだと理解をしたのだが、発言自体は本心であるため訂正はしなかった。


「いつもありがとう、リウィル。それに、美弦ちゃんも」

「なんだか私……おまけ扱いじゃありません?」

「い、いやいや、そんなことないって!」

「冗談ですよ」


 ペロッと舌を出す美弦。

 どうやらこれは彼女のイタズラだったようだ。


 楽しい食事を続けていると、店のドアをノックする音が聞こえてきた。

 

「? 誰だ、こんな時間に」


 一応、店じまいという形をとっているため、本来なら来店を断るのだが、妙な気配を感じた優志はリウィルたちにその場で待つよう指示して入口へと向かう。


「どちら様ですか?」


 優志がたずねると、すぐに返事がきた。


「俺だ。ボロウだ」

「! ボロウ?」


 その男の名を、優志はよく知っている。

 エルズベリー家に仕える者であり、当主のロブ・エルズベリーが信頼を置く男で、当主が諸事情により一時的に離脱しているエルズベリー家のまとめ役をしている。

 優志とはエルズベリー家の別宅で魔人化したロブ・エルズベリーを止めるために共闘をした仲だ。


「どうしたんだ、こんな夜遅くに」


 優志はドアを開けてボロウを招き入れた。

 リウィルと美弦に紹介をしたのだが、その間もボロウはとても大人しかった。ダズにも負けないくらい豪快だったあの雰囲気は微塵も感じられない。なんだかやつれて、生気が乏しいように映った。

 

「それで、何があったんだ?」

「何があったか、か……それとはまったく逆の状況だから、おまえを訪ねてきたんだ」

「え?」


 ボロウの発言の意味が理解できず、優志は首を傾げる。

 何かがあった――その逆ということは、


「何もないからうちに来たって言うのか?」

「ああ……」

 

 ボロウは視線を泳がせていた。

 その様子から、優志はすぐにピンと来てリウィルと美弦を見やる。


「悪いが、ここから先は俺の私室で話そう」

「! わかりました」


 真っ先に優志の思惑を察したのはリウィルであった。きっと、自分たちに聞かれてはまずいのだろう悟って「もう寝ましょうか」と美弦を誘った。

 お互い、腑に落ちないという感じではあったが、優志を信頼しているからこそその場を離れて自室へと戻って行った。


「よくできた嫁さんだな。おまけに若くて美しい。羨ましい限りだ。これなら、トニアお嬢様からのお誘いに即答できないのも頷ける」

「いや、嫁ってわけじゃ……」


 それと、トニアの件については完全にそちら側の勘違いである。その辺もしっかりと訂正しておいた方がいいかもしれない。


「違うのか? おまえの考えを即座に理解してすぐさま行動に出る。並みの信頼関係じゃあんなふうにスムーズには動けないと思うが」

「そ、それは……」


 リウィルとの関係を指摘された優志の顔が熱くなる。

 そんな反応を悟られまいと、優志は「コホン」とわざとらしく咳を挟んで話題を変えた。


「で、ここへ来た詳細な理由を教えてくれ」

「さっき言っただろう? 何もないんだよ、あれから」


 どうやらボロウも優志と同じ状況に置かれているようだった。

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