第131話 職人クリフと露天風呂計画
御三家が絡んだ優志の争奪戦。
フォーブの街を舞台に大騒動にまで発展したの事件から三日が経った。
しかし、あれから特にこれといった事件が起きることはなく、不気味なほど静かに日々は過ぎていった。
「ありがとうございました~」
リウィルが客に挨拶をし、それと入れ替わるようにして新しい客がやって来る。
足湯も繁盛しており、卓球では白熱の戦いが繰り広げられていた。
「……妙だな」
「? 何か言ったか?」
「あ、いや、別に」
ここ数日の生活を振り返って放ったひと言に反応をしたのはフォーブの街の職人であるクリフだった。
事件から四日経った日の朝。
優志は露天風呂計画を進めるため、クリフの店を訪ねていた。
以前から計画していた露天風呂の製作を進めるために来たわけだが、どうにもここ最近の日常的生活に違和感を覚えて思わず口走ってしまったのだ。
「改めて図面を見ると……壮大な計画だな。資材や人員もかなり導入しないと完成までどれだけかかることやら」
頭をポリポリとかきながら、「まいったな」という表情を浮かべるクリフ。
それもそのはずで、優志からの情報をもとに作成した図面は書いた本人も驚く内容の者であった。
そもそも、きちんとした「風呂」を造るノウハウがないこの世界で、優志の店にある風呂が見事に完成したのもほぼ奇跡に近いものなのだ。
そこで得た情報と技術は、国王のジャグジー風呂にもいかんなく発揮されたが、露天風呂となるとまだ話は違ってくる。
フォーブでも指折りの職人であるクリフの腕をもってしても、この露天風呂造りに関してはかなり困難であるという評価を下したようだ。
「人材については募集をかけることで集まるとは思うが、問題は資材だな」
露天風呂でおもに使用する資材は「檜」――だが、それは元騎士団の人間で現在は木こりのジョゼフが住む村から調達する予定だ。その辺りはすでに優志が抜かりなくジョゼフと交渉済みである。
「となると、あとは工法だな」
人材と資材については目途が立った。
しかし、次は工法だ。
「アシユとは規模が遥かに違うからなぁ……排水機構もこれまでとは違うものにしなくちゃいけなくなりそうだ」
「一からの出発ってことか……」
覚悟はしていたが、道のりはやはり険しく長いようだ。
「まあ、納期があるわけじゃないし、のんびりとやればいいさ」
手をパンと軽く合わせて優志は笑う。
たしかに道のりは険しいかもしれない。だが、課題は1つずつ確実に消化している。この調子で進めていけば、いずれは完成に辿り着く。以前働いていた会社のように、厳しく納期に追われる必要もないので、回復屋を営みながらのんびりやっていけるだけの時間の余裕があるというのも大きかった。
随分と長い間図面に向かい合っていたということもあってか、優志の肩はすっかり固まっていた。
「やれやれ、俺も仕事の前に風呂へ入ろうかな」
冗談交じりにそう言っていると、クリフがコーヒーを持ってきてくれた。
「昨日はとんでもないトラブルに巻き込まれたようだな」
「ホントだよ。御三家のエルズベリー家に拉致されていたんだからな」
「話だとイングレール家も絡んでいたらしいが?」
「まあな」
休憩がてら、昨日の出来事を冗談交じりで語る。
もちろん、エルズベリーの当主が魔人化したという話は伏せておいた。
――と、ここで優志にある閃きが浮かぶ。
エルズベリー家の令嬢であるトニア・エルズベリー。
彼女は国王の風呂造りの際、その作業光景を見て優志に惚れたとボロウは言っていた。
だが、実際は優志に関心があったわけではない。
恐らく、他の誰かなのだろう。
その時、ふとあの現場にクリフもいたなと思ったのだ。
クリフは優志の右腕としてすべての作業に同行し、同じくらい汗を流していた。
もしかしたら、トニア・エルズベリーの想い人とは、
「……なあ、クリフ」
「ん?」
「国王陛下の風呂造り……覚えているか?」
「もちろんだ。あれは俺の職人生活における最高の仕事だったからな」
遠くを眺め、再校の仕事を振り返るクリフ。
すると、
「……そういえば」
「どうした?」
「いや、おまえがエルズベリー家の話をしたので思い出したんだ。あの風呂場を造っている時に、なんだか妙に視線を感じることがあったんだ。それで、辺りを見回してみるとエルズベリー家のトニアお嬢様がこちらを見つめていることに気づいた」
「…………」
優志の表情が固まる。
その変化に気づかないクリフはさらに続けた。
「きっと、風呂を造る工程が珍しかったんだろうな。それはもうアツい眼差しで俺たちの働きぶりを見つめていたよ。そうそう、あの頃は魔人討伐の件で御三家が城へやってくる機会を多かったこともあってか、ほとんど毎日見に来ていたぞ」
「…………」
「しかしまあ本当に綺麗な子だったな。俺があと十歳若ければなぁ……て、どうしたんだ、ユージ? 変な顔をして」
「……なんでもないよ」
なんとなく、トニア・エルズベリーの想い人がわかった気がする優志であった。
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