第113話 結婚話

「え? け、結婚? イングレールの娘さんと?」 


 情報が追いつかない優志をさらに置き去りにしていくかのように、ガレッタはさらに話しを続けた。


『狙いは間違いなく、君を身内へと引き入れるためのものだろう』

「俺のスキルを?」

『君の優れたスキルはこれからも間違いなく重宝される――元老院の中でその力を手にするということは、エルズベリー家とオルドレッド家よりも発言力は確実に強くなる』

「それってようは……」


 政略結婚――ということになる。


 恐らく、イングレール家当主の娘は優志のことをなんとも思ってはいないだろう。何しろ顔を合わせたどころか名前さえ知らないのだから。


『イングレール家の現当主であるリチャード・イングレール殿はかなりの野心家だ。発言力を高めるために君にめつけたという噂が流れている』

「でも、噂なんですよね?」

『ああ。真意は定かではないが……火のないところに煙は立たない。何か、イングレール家で君に関わる事態が発生した可能性は高いと見ている』


 それについては優志も同感だった。と、


『……できることなら、君にはイングレール家の娘よりもリウィルと結ばれてくれた方が私としても安心できていいのだがな……』

「? なんです?」


 突然声のボリュームが下がるガレッタ。何を言っているのか聞き取れずにたずねた優志であったが、ガレッタは『こちらの話だ』と遮断した後で、


『ここ最近、君に接触してきた者はいないか?』

「俺に接触ですか?」


 逆にそうたずねられて、真っ先に浮かんだのはグレイスだった。

 もしや彼女がイングレール家の娘なのか。

 だとしたら、娘側も乗り気なのかもしれない――そう思えるリアクションの数々だった。あくまでも、グレイスが娘だったらということが前提だが。


「もしかしてその娘の名前はグレ――」

『おっとすまない、呼ばれてしまったみたいだ』

「え?」


 そう言った直後、ガレッタの背後から何やら声が聞こえる。どうやら、部下の誰かがガレッタを探しているようだ。


『悪いが、これから出張で二、三日ほど近隣諸国へ行ってくる。話の続きは帰って来てからにしよう』

「あの」

『では、また』


 そこで、通信は途絶えてしまった。

 あの慌てた様子から、遠征直前の忙しい合間を縫って連絡をくれたようだ。


「イングレール家、か……」


 そして――結婚。

 この世界に来てからは働くことが楽しくて、毎日仕事のことばかり考えていた。しかし、ここ最近は少し余裕が出てきて、いろんなことを考えられるようになってきた。その考えの中には、これからの自分の生き方も含まれている。


 自分はここで結婚し、子どもを作って暮らしていくのか。


 元の世界に帰るより、こちらの世界でこのまま死ぬまで過ごすのも大いにアリだと思うようになっていたのだ。

 複雑な心境を抱いたまま部屋から出ると、すでに休憩は終わっていてリウィルと美弦が常連客たちと何やら談笑をしていた。


 その光景を、優志はジッと見つめている。

 すると、


「? どうかしましたか?」


 不思議に思ったリウィルが声をかけてきた。


「あ、いや……なんでもないよ」


 結婚という単語がガレッタの口から飛び出した時、真っ先に浮かんだのはリウィルの顔だった。

 ああいう子が嫁に来てくれたらなぁ――というのが願望。

 多少ドジなところはあるが、真っ直ぐで努力家のリウィルがいてくれたら毎日が楽しいだろうなと思う。


「……まあ、俺とリウィルじゃ釣り合わないだろうけど」


 ともかく、自分に接触を図ろうとしているのは御三家のイングレール家であることはわかった。もしかしたら、あのグレイスという女性も、当主の娘ではないかもしれないが、イングレール家の関係者であるかもしれない。

 ガレッタの話しではイングレール家の当主はかなりの野心家であるとのことなので、もしかしたら強引な手を打ってくる可能性もある。

 それを肝に銘じ、これから接触してくる人物には細心の注意を払ってその言動をチェックしなければと気を引き締めた――その後、

 

 バァン!

 

 もの凄い音を立てて店のドアが乱暴に開け放たれた。


「な、なんだ?」


 一斉に注目が集まる中、店に入って来たのは、


「荒っぽくしてすまなかった! だが緊急事態につき許してもらいたい!」


 エミリーだった。


「え、エミリーさん? どうしたんですか?」


 近くにいた美弦が駆け寄って事情をたずねる。すると、


「大人しくしろって!」


 後ろからダズと仲間の男二人が何やら抱えて店へと入って来た。よく見ると、ダズたちは見たことのない男を取り押さえているようだった。


「どうしたっていうんだよ、ダズ」


 異常事態に気づいた優志も店の入り口へとやって来た。


「おう、ユージ! 悪いがこいつにおまえのスキルを使用してやってくれねぇか!」


 ダズは必死になって優志にスキルの使用を求めるが、肝心の優志はどうしたらいいものかと立ち尽くしていた。というのも、


「放せぇ!!!」


 ダズたちが取り押さえている男は暴れているものの、体のどこにも異常は見られない、健康体であったからだ。

 しかし、


「俺を殺せぇ! 頼むから殺してくれぇ!」


 男の尋常ならざる気配に、優志は思わず後退した。

 自分を殺せと叫ぶこの男――果たしてその目的とはなんなのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る