第114話 騒ぎの原因
「はあ……一体なんだったんだ……」
大騒ぎが一段落ついた時にはすでに夜だった。
ダズたちが取り押さえつつ暴れまくっていた男は疲れ果てたのか、今はすっかり大人しくなっているが、食堂のイスに腰を下ろしてからまったく動かなくなってしまった。その様子を遠目から美弦と召喚獣アルベロスが監視している。
「悪かったな、ユージ」
ソファに背を預けて大きく息を吐いた優志のもとへ、大騒ぎの元凶である男を連れてきたダズが謝りながらやって来た。
「いや、気にしなくていいさ。でも、アドンがあそこまで取り乱すところは初めて見たよ」
実は、優志は大暴れしていた男をよく知っていた。
というのも、彼――アドンもまたダズたちと同じ冒険者であり、この店の常連客でもあったのだ。
「俺もだよ」
「原因はなんですか?」
優志はそこが気になっていた。
アドンは優秀な冒険者だ。
ダズほどキャリアがあるわけではないが、堅実な立ち回りをモットーとすることで常に結果を残し続けてきた。そのため、辛口評価で知られるフォーブの街の町長もアドンの実力を認めているほどである。
そんなアドンが、なぜあんな事態に陥ってしまったのか。
「どうぞ」
「お、すまないな」
リウィルからコーヒー牛乳を受け取ったダズへ、優志が質問する。
「ダンジョンで何があったんだ?」
「それがさっぱりなんだ……俺たちがいつも通りにダンジョンへ仕事に行くと、すでにあいつはそこにいたんだ」
「ふむふむ」
「で、何気なく『よお』と声をかけた途端、大声で泣き叫びながら手ぶらでモンスターに突撃していったんだ」
「へ?」
途中までは特におかしな点はなかったのに、突然わけわからん展開に迷い込んでいった。
「それにしても、武器をひとつも持たずにモンスターへ突っ込むなんて……自殺行為としか思えな――」
そこで、優志は言葉に詰まった。
『殺してくれぇ!』
脳裏にその言葉が甦ったからだ。
「自殺行為、か」
ダズも優志の言葉で思い出したようだった。
「最近、アドンに何か異変はあったか?」
「いや、そんな素振りは微塵もなかった。つい先日も、ダンジョン攻略のための情報交換をしたばかりだが……その時は普段と変わらぬ態度だったな」
「そうか……」
手がかりはなし。
こうなったら、意気消沈しているアドン本人から事情を聞き出さなければならない。このまま放っておいたら、また今回のような騒ぎを起こしてしまうかもしれない――優志はそれを危惧していたい。
その時、
「異変、か」
ふとそんなことを口走ったのはエミリーだった。
「なんだエミリー、何か知っているのか?」
ダズの問いかけに、エミリーは少しだけ間を置いてから再び口を開いた。
「関係性があるかどうかはわからないが、昨日の朝、私にこんなことをたずねてきたことがあった」
「たずねたこと?」
優志もエミリーとクレイグの間で起きたやりとりに興味を持った。
「ああ。なんでも、最近フォーブの街で見かけた女性に一目惚れをしたので声をかけたいのだが、第一声はどんなものがいいだろうかという内容だった」
「「一目惚れ?」」
優志とダズは同じタイミングで驚いた。
色恋沙汰とは無縁で、冒険こそが我が人生と言いきっていたあのアドンが、まさか一目惚れをしていたなんて。
「あんなに美しい女性をこれまで見たことがないとべた褒めしていたぞ」
「これで確定だな。あいつがあんなふうになった原因は、その一目惚れをした女にある」
「こっぴどく振られたってことかな」
可能性があるとすればそれが一番濃厚だ。
――と、優志の脳裏に一人の女の顔が浮かんだ。
グレイスだ。
優志も一目惚れとまではいかないが、「綺麗な女性だ」という好印象は抱いた。
もし、アドンも同じ――いや、むしろそれ以上にグレイスを思っていたのだとしたら。
「ダズ……もしかしたらって仮定の話しなんだけど」
「? なんだ?」
「俺はその一目惚れした女性を知っているかもしれない」
「! 本当か!」
「確証はないけど……俺も見たんだ、とんでもない美人を」
ただ、その女性はイングレール家とつながりのある人間かもしれない。とりあえず、余計なトラブルを避けるため、ガレッタがコールの魔鉱石で知らせてきたイングレール家の娘との結婚話については全面的に伏せておくことにした。
「優志が言うくらいだから相当な美人なんだろうな」
「? なんでそうなるんだ?」
「リウィルに美弦が常にそばにいるおまえなら、女性に対して相当目が肥えていると言えるからな」
たしかにリウィルと美弦は「美人」、「可愛い」という表現が合うだろう。ただ、だからと言ってダズの言ったように女性を見る目が鍛えられているかと言われると強く断言はしづらい優志だった。
そんなふうに食堂前で楽しく話していた一同の前に、
「本当なのか?」
突如、これまでに聞かない男の声がした。
その声の主こそ、
「! アドン?」
騒ぎの張本人であるアドンだった。
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