第103話 少し早く起きた朝は

「……んあ?」


 露天風呂のプランで頭がいっぱいだったはずが、いつの間にか寝落ちをしていた優志は、窓の外から入り込む柔らかな朝日を浴びて目を覚ました。


「いつの間に寝ていたんだ……?」


 口元の涎を二の腕で払いのけて言う。今日は寝られないなぁと思いながらずっと起きてプランを練っていた気がするのに、気がつけば爆睡していたようだ。


 上半身を起こして窓へと視線を移す。

 まだ外は薄暗い。

 それでも、朝市の準備のためか、すでに商人と思われる人々は活動を開始していた。


 荷車に乗せた野菜を並べる女性もいれば、その隣の携帯食を売っている店では店主が仕込みを始めている。


「さすがに活気があるな」


 改めて王都を見てみると、新しい発見に巡り会えた。

 晴れやかな気分で部屋を出た優志であったが、さすがにまだ早朝ということもあって宿に泊まっている者は寝ているようだ。


 少し外でも見て回ろうかと、階段を下りている途中で、


「おや、随分と早起きじゃないか」


 店主のジームに声をかけられた。


「昨日のこともあって今日は自然に目が覚めるまで起こさないでおこうとリウィルと約束したんだが、まさかそのリウィルよりも先に起きてくるとはな」

「いろいろと考えていたせいか、眠りが浅かったようです」

「おいおい、大丈夫か? なんなら二度寝するか?」

「それもなんだかもったいなくて……」

「一理あるな。――そうだ。今、コーヒーを淹れたんだが、君も飲むか?」

「いただきます」


 まだ薄暗さが残る中、優志とジームは誰もいない食堂の一席に腰を下ろした。


「それにしても、昨日は災難だったな」

「ジームさんこそ……ケガがなくて何よりです」

「店もかろうじて無事だったからな」


 超大型魔人とサンドラゴラの死闘で、王都はかなりのダメージを負うこととなった。戦闘があった区域からこの宿屋は離れた位置にあるため、被害を免れることができたのは不幸中の幸いと言えるだろう。


「ただ、あの一件で城側に動きがあったようだ」

「動き……ですか?」

「ああ。なんでも、『彼らは勇者と呼ぶに相応しくない』と召喚した勇者たちの実力に疑問を呈する者たちが現れたようなんだ」

「勇者たちの実力に疑問って……」


 呼び出しておいて何を言うかと怒りかけたが、すぐに優志はある思考に至った。

 勇者召喚を推奨していたのはベルギウスだ。

 そのベルギウスの反対勢力――つまり、他の国王候補者ではないのか。

 瞬間移動のスキルを持つ浩輔も、優志の回復スキルがなかったら命を落としていたかもしれない。魔界へ乗り込んだまではいいが、苦戦続きで徐々に劣勢に追い込まれているのではないか――それを逆に好機と捉える勢力がいて、ベルギウスの失脚を画策している可能性もあるのではないか。


「ベルギウス様の失脚か……」


 その言葉を投げかけたところ、ジームは何か悩んでいるような素振りを見せる。

 とにもかくにも、真相を確かめるにはその疑いをかけた者たちの素性を知る以外にないと思った優志は、ストレートにたずねてみた。


「その疑っている者たちというのはどういった勢力なんですか?」

「勇者たちへ疑問を投げかけているのは――元老院の連中だ」


 元老院。

 その言葉には聞き覚えがあった。

中学生の頃、社会科の歴史マニアな教師が嬉々として語っていたことを今でも鮮明に覚えている。

念のため、ジームから元老院の立ち位置についてたずねたが、どうやら「特別に力を持った王への助言機関」という認識らしい。

特別な力を持った貴族――それをこの世界では「御三家」と呼び、それぞれの当主が元老院に名を連ねているという。


「で、その元老院はベルギウス様に何か恨みでもあるんですか?」

「皆目見当もつかないな」


 そのような内部事情を宿屋の主人であるジームが知るわけなかった。


「ただ、ベルギウス様は御三家のひとつであるオルドレッド家の当主と懇意な間柄にある。それに、神官長のガレッタ様や騎士団副団長のゼイロ様もベルギウス様側の人間と言っていいだろう」


 それは優志も付き合いの中で理解をしていた。

 ガレッタとゼイロは明らかにベルギウス派の人間だ。


「これだけの面子が脇を固めている中で、元老院が目の敵にするというのはあまり考えられないな」

「では、元老院たちはただ純粋に猛くんや浩輔くんたちを勇者に相応しくないと主張しているんですか?」

「今のところはそう捉えている。――まあ、裏事情なんてここまで降りてはこないだろうから真相は不明のままだがな」


 ははは、と笑うジーム。

 一方、優志の心境は複雑であった。


 優志の心を惑わせているのはあの喋る魔人の存在。

 ベルギウスがあの魔人バルザを解き放った理由が、もし勇者召喚の失敗に対する責任追及から逃れるための切り札的な存在としているなら――


「……危ういかもしれない」

「え? なんだって?」

「い、いえ、こちらの話しです」


 誤魔化した後、優志は言葉も一緒に飲み込むようコーヒーを口に含んだ。

 鼻を貫き通る豊かな香りと独特の苦みが、優志に冷静さを取り戻させていた。


「あのベルギウス様に限ってそんな安易な手を取るとは思えない」


 ベルギウスはもっと思慮深い男だ。

 それがどれだけリスクのあることか、重々承知している。

 ゆえに、魔人バルザの解放にはもっと他の意味が込められているはず。


 優志が考えを巡らせていると、


「おはようございま――って、優志さんもう起きていたんですか!?」


 部屋から出てきたリウィルが、食堂で優志を見つけるや大絶叫。

 そこで、窓の外が明るくなっていることに優志は気づいた。


「……ともかく、しばらくは様子見か」


 喋る魔人バルザ。

 そして元老院。


 新たな存在が出現しようとも、優志のこの世界での役割は変わらない。


 ひとりでも多くの人を癒す。


 優志はそのために、今日も異世界を生きる。

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