第102話 王都での夜

「べ、ベルギウス様?」


 まるで歴戦の勇士を称えるように、ベルギウスは魔人の活躍を褒めた。


「気分はどうだい?」

「先ほど、そこの男にも問われたが……よくわからないな」


 まるで友人のように会話を展開する喋る魔人とベルギウス。そんな両者の関係性を、優志と浩輔はキョトンとした顔で眺めていた。

 事態を把握しきれないふたりに気づいたベルギウスが、ようやく説明を始めた。


「ユージくんは彼をよく覚えているだろう?」

「覚えているも何も……」

「ああ、名前は一応バルザと名付けたよ。魔人だとこんがらがってしまうからね」


 命を奪われかけた相手なのだから忘れるわけがない。

 しかし、たった今、その魔人によって命を助けられた。

 優志の心中は複雑だった。

 だが、今はそれよりも、


「ど、どうしてベルギウス様が!?」

「それを今から説明する――とは言っても、こちらとしてもあまり詳細は把握できていないんだけどねぇ」

「へ?」


 相変わらず飄々とした態度のベルギウスだが、その内容は看過できるものではなかった。


「詳細がわからないって……そんな状態で表に出して大丈夫なんですか?」

「総合的に判断した結果、『たぶん大丈夫だろう』となったので表に出したのさ」

「…………」


 まったくもって説得力のない話だった。


 しかし、あのしたたかなベルギウスがなんの根拠もなく危険な魔人を外へ出すことはないだろう。きっと、この場では話せない――それこそ、国家機密レベルか。これまで、王国騎士団に協力をしてきた優志にさえ話せない内容なのだから、相当なものだと推測できる。


 優志はそれを察してそれ以上は追及しなかった。

 

 ベルギウスは立場のある人間だ。

 日々、優志の想像を遥かに越えるプレッシャーを感じているだろう。


 話すわけにはいかない。

 だが、ベルギウスとしても大きな恩のある優志に隠し続けるというのは心苦しいところがあるのだろう。


「これもまた君のスキルが起こした奇跡と言えるだろうね」

「え?」

「じゃあ、また会おう……ユージくん。――あ、コースケくんは僕と一緒に来てくれ」


 ベルギウスはすべてを語らず、それだけを言い残して立ち去った。その後を追うようにゆっくりと歩き出す浩輔は、


「優志さん……あなたに会えてよかったです。魔王との戦いが終わったら、是非一度お店に寄らせてください」

「ああ……でも、それだとなんだか死亡フラグが立ちそうな言い方だな」

「言っていて自分でもそう思いましたよ」


 ふたりは笑い合い、店での再会を約束して別れた。

 その後、優志は多くの騎士たちに護衛をされながら王都へと帰還。すでに空は橙色に染まっていて人の数もだいぶ減っていた。


「祭りも終わりか……」


 どこかもの悲しさを感じさせる王都を歩きながら城へと向かう。

 城門が視界に入った頃になると、


「ユージさん!!」

「優志さん!!」


 リウィルと美弦が優志の姿を発見するや全力ダッシュ。

 息を切らせながら無事を確認すると、「よかったぁ」とふたり揃って安堵のため息を漏らしたのだった。


「心配をかけて悪かったね」

「本当ですよ!」

「いきなりいなくなるんだから驚きましたよ!」


 消えたのは浩輔のスキルが発動したためで、優志に非はないのだが、涙を浮かべながら迫り来るふたりにそのようなマジレスは届かないだろうとひたすら謝る優志だった。




 その後、サンドラゴラを回収し終えると、辺りはすっかり暗くなってしまったので、再び王都へ戻り宿屋で一泊することにした。

 もちろん、泊まる宿屋は、



「おお! 久しぶりじゃないか!」


 

 そう。

 以前、大変世話になったジームの宿屋だった。


「御無沙汰しています、ジームさん」

「いやいや、噂は聞いているよ! リウィルも元気そうで何よりだ!」

「その節はお世話になりました」


 ジームとの再会を喜び合う優志たち。

 その日は仕事終わりのジームとこれまでの経緯を話しながら一緒に食事をし、とても楽しい時間を過ごした後に就寝。


「ふぅ……」


 部屋に入った優志にドッと疲労が波のように襲って来た。

 ベッドにゴロンと横たえて、天井をジッと眺める。

 そんなことをしながら思い返すのは、


「俺のスキルが魔人を正常化させたのか?」


 ベルギウスの言葉がずっと引っかかっていた。

 あえてすべてを語らなかった背景にどのような思惑が隠れているかはわからない。だからといって、ベルギウスが自分たちを裏切るような隠し事をしているとも思えない。


 脳裏に浮かぶのは浩輔の存在。


 満身創痍の状態で空の亀裂――魔界から落ちてきた浩輔。

 今頃は城でその詳細を報告しているのだろう。


 だが、あそこまで傷ついた状態になっていたとなると、楽勝と思われていた魔王討伐が実は難航しているのではないかと勘繰りたくなる。

 こちら側の想定を遥かに越える戦力が魔王軍にあるとしたら。

 そして、その戦力の中枢を担っていると思われる魔人たちに、自分の回復スキルが有効なのだとしたら。


「俺も……戦場へ行く日が来るのか?」


 もし、改めて討伐軍を編制し直すとなったら、その際には優志の名前が出てくるかもしれない。

 そうなったとしたら、


「俺はどうするべきか……」


 きっと、リウィルや美弦は大反対するだろう。

 自分としても、そんな危険な場所へいくのはまっぴらごめんだ。

 

「まあ……そうなったらそうなった時に考えればいいさ」


 優志はこれ以上の思考を放棄して瞼を閉じる。

 そんな物騒な話を頭の中で繰り返したところでなんの生産性もない。

 だったら、新しい風呂――異世界の檜をふんだんに使った露天風呂計画を進行させよう。


「とりあえず、クリフに相談しないとな」


 フォーブの街の職人で、今や優志の相棒とも呼べるクリフへ、優志は最大最高の風呂――この世界における集大成とも言える露天風呂造りを依頼するつもりだ。


「どんな露天風呂にしようかな」


 遠足を翌日に控えた小学生のごとく、昂る心は優志をなかなか寝させてくれなかった。

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