第85話 木こりの親子

「え? だ、ダンジョンですか?」


 父親ジョゼフの顔から血の気が失せる。


「そんな……うちはしがない木こりの家系で、戦闘なんか無縁なのに」

「ま、まだそうと決まったわけじゃないですよ!」


 巨体をわなわなと震わせるジョゼフの顔色は今にも死にそうなほど悪化。見てくれとは違って案外と心配性な面があるようだ。


「でも、たしかにあの子の――ザックの性格を考えたらそういう行動に出ることも十分に考えられる……」


 ジョゼフは頭を抱える。

 仕事を得ることに関心を取られ過ぎて、息子の暴走を止めることができなかったことに対してひどく後悔していた。


「ゆ、ユージさん……」


 息子を心配するあまり心臓発作でも起こしかねないほど弱っていくジョゼフに対し、いたたまれなくなったリウィルが「なんとかしてやれないか」と視線で訴えかけてくる。


「……よし」


 優志は結論を出した。


「もう一度、ダンジョンへ行ってくるよ。もうちょっと深めに、ね」

「え? それって……」

「ダンジョンへ潜る」


 そうするしかない、というのが優志の出した答えだった。


「当然だけど、助っ人は呼ぶよ」

「ダズさんたちは終日ダンジョンへ潜るそうですが……」

「うっ」


 そういえばそうだった、と優志の顔が曇る。


「となると、他の冒険者に依頼しなくちゃな」

「あ、あの……」


 話を進めていると、ジョゼフが挙手。


「どうかしましたか?」


 リウィルがたずねると、ジョゼフは深呼吸を挟んでから、


「わ、私もダンジョンへ向かいます」


 そう告げた。


「え? で、でも、戦闘とは無縁だって」

「たしかにこれまでモンスターと戦った経験はありません」


 モンスターと戦う自分の姿を想像したのだろうか、ジョゼフの口調は震えてどこか頼りなさがある。だが、そんな様子とは裏腹に、優志はジョゼフならモンスターといい勝負ができるのではないかと分析していた。

 その最大の理由は、


「こいつを使えば……」


 ジョゼフは背中に背負っていた物を外す。

 ズドン、と重量感ある音を立てて床に落とされた――巨大な斧。


 木こりを生業とする彼にとって、それは欠かすことのできない大切な商売道具。

 しかし、木こりを廃業した今となっては武器として扱う以外に用途がない。


 それを、ジョゼフも薄々と感じ取っているようだ。


 そして今――息子を救うため、その決意を固めた。


「た、戦います。あの子を救うため」

「……わかりました。なら、凄腕を雇いましょう」


 ――とは言うものの、今の時間帯は多くの冒険者がすでにダンジョン内へ潜っている。これからダンジョンへ向かう者は少数だ。


「うーん……あ」


 悩む優志の視界の先――ちょうど店の真ん前を談笑しながら歩いているのは、先ほどダンジョン周辺で少年を捜索中に出会った若手の冒険者パーティーだった。


「彼らに協力を要請してみるか」


 店の常連でもある彼らの腕前は承知済み。

 強力なモンスターを相手にして魔鉱石を手に入れようというわけじゃない。少年の行方を捜すだけなのでそれほど危険性を伴わないだろう。

 

「なあ、ちょっといいかな」


 優志は窓を開けて帰宅途中の冒険者たちへ話しかけた。



  ◇◇◇



「私の息子のために本当に申し訳ない」

「いえいえ、お気になさらず」


 若き冒険者パーティーのリーダーであるトラビスはダンジョン捜索を快諾。メンバーを選出し、そこに優志とジョゼフを足した合計5人の面子で潜ることとなった。


 トラビスたちが準備を進めている間も、優志とジョゼフはダンジョン周辺に集まる冒険者たちへ聞き込みをした。


 残念ながら有力な情報を得るには至らなかったが、あるベテラン冒険者が、


「そういやダンジョンの中で小さな人影を見たな。ありゃモンスターのものじゃないと思ったが……まさかそんな子どもがいるとは思わなくて気のせいだとやり過ごしちまったが」


 確証はないが、可能性は示された。


「やはりあの子はダンジョンに……」

「でも、それはお父さんを思っての行動ですよ」

「ええ……私には過ぎた息子です」


 余程息子のザックが大事なのだろう。

 ザックの話をしている時は生き生きとして見える。

 と、


「うん?」


 並んで歩いているうちに、優志はジョゼフの背負っている斧にある物を発見する。

 それは紋章であった。

 その紋章を、つい最近どこかで見たことがある気がする。


「どこだったかな……」

「え?」

「あ、いや、こっちの話しだ」


 とりあえず誤魔化して、トラビスたちのパーティーが準備しているテントへと戻った。



 ジョゼフとザック。



 この親子――只者ではなさそうだ。

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