第84話 捜索

 少年のあとを追ってダンジョン付近までやって来た優志であったが、肝心の少年の姿はどこにも見えず。


「あれ? 回復屋の旦那じゃないっすか」


 途中、ダンジョンで一仕事を終え、魔鉱石の入った袋を背負った若い冒険者パーティーと遭遇する。


「大量じゃないか」

「レア度はたかくないんですけどね」

「うちの場合は質より量ですから」


 若者らしいハツラツとした笑顔で戦利品を掲げる冒険者たち。

 

「どころで、旦那はなんでまたこんなところに?」

「またダンジョンへ潜るんですか?」

「いや、俺に冒険者稼業は向いていないよ。――それより、ここに10歳くらいの男の子が来なかったか?」

「男の子? ――みんな見たか?」


 リーダー格の青年がたずねるが、他の4人は揃って首を横に振る。


「そうか……ありがとう。もう少し他を当たってみるよ」


 若者パーティーと別れた優志はさらにダンジョンへと近づいていく。以前、ダズたちと一緒に魔人討伐に乗り出した時同様、ダンジョン周辺には魔鉱石の採掘を生業とする冒険者たちのテントで溢れかえっていた。


「しばらく来ないうちにテントの数が増えたな」


 少年を探しながらダンジョン入口周辺をうろつく優志は、以前訪れた時よりも大きく変化した様子に驚いていた。


 たしかに、冒険者たちの数は魔人討伐以降増えている。 

 それを実感させられるテントの数だ。


 屈強な冒険者たちの間をかき分けるようにして進みながら、優志は少年の姿を探したが、ここにも見当たらない。

 10歳の少年がこんなところにいたら目立ってしょうがないだろうから、きっと目撃者はいるだろうと情報を求めたが、

 


「知らねぇな」

「悪いが見てねぇよ」

「ここらにガキが来てもおもしれぇもんなんてねぇしなぁ」


 何も得られず終了。


「……仕方がない。一旦仕切り直すか」


 これ以上、店を空けておくわけにもいかない。

 ただでさえ人手は少ないのだから。


 優志は少年の捜索を諦めて店へと戻った。



 ◇◇◇



「すまない、遅くな――ぬおっ!?」


 慌てながら店に入った優志の視線に飛び込んできたのは――2m近い大柄な男だった。

 丸太のように太い腕に威圧感を醸し出すスキンヘッド。

 夜道でバッタリ出会ったら文句なく死を覚悟する出で立ちだ。


「あ、あの、うちに何か御用ですか?」


 来店間もないらしく、リウィルが接客をしていたが、その笑顔は酷く引きつっていた。無理もない。大の男の優志でさえ、思わず怯んでしまうほどなのだから。


「リウィル」

「! ゆ、ユージさん!」


 涙目のリウィルが優志に気づいてその名を叫ぶ。

 それに、目の前の大男も反応して振り返る。


「あなたが……回復屋のユージさんですか?」

「あ、はい」


 思いのほか丁寧な物言いで、大男は優志にズイッと迫る。その迫力に思わずちょっと後ずさる優志であったが、


「あなたのお噂は我が村にも届いております」

「う、噂?」

「高い回復スキルで多くの人々を窮地から救い出すまさに救世主のような存在であると聞き及んでいます」

「…………」


 だいぶ話が盛られている気もするが、回復スキルで人々を助けているという点に関しては何も間違ってはいない。

 とりあえず、大袈裟な表現だけは訂正し、しかしその回復スキルで人々の傷を癒しているというところは本当だと真実を告げる。


「それでも、あなたが人々を救っているという事実には変わりありません」

 

 大男――名をジョゼフというらしいが、そのジョゼフの態度はどこか不自然な感じがした。


 妙な優志ヨイショ。

 なんだか嫌な予感がしてきた。


「是非! 私にもその回復スキルを施していただきたいのです!」

「わ、わかりました。とりあえず受付を――」

「…………」


 優志が受付カウンターを指さした瞬間、大男の表情が死んだ。


「……まさか」

「はい。――実は無一文でして……」


 なるほど、と優志は納得した。

 優志をおだてて利用料をまけてもらおうとしたらしい。

 だが、商売とはそんな甘いものではない。

 それに、ここでそれを許可してしまうと次から次へと無一文を名乗る客が現れるかもしれない。そうなると、こちらにとっては大きな痛手だ。

 それを避けるためにも、優志は毅然とした態度で大男に言う。


「すまないが、さすがにタダで利用するというのは……」

「は、はい! それが虫の良い話だというのは重々承知しています。なので――」


 男はひと呼吸おいてから、



「私をこの店で雇っていただきたいのです!」



 本題を告げた。


「や、雇う?」


 どうやら、それがこの大男の目的らしい。


「私は元々木こりをやっていたのですが、ここ数年はまったく稼ぎにならず……それでやむなく木こりを廃業して新しい仕事に就こうと」

「それがここってわけか」

「はい……」

 

 男の口調は徐々に涙声へと変化していく。


「私があまりにも不甲斐ないせいで一人息子にまで心配をかける始末……今朝も『俺がなんとかしてやるから心配しなくていい!』と言って街の宿を飛び出していったんです」

「え?」


 宿を飛び出したジョゼフの息子。

 もしかしたら、


「その子はひょっとして、10歳くらいですか?」

「ええ。今年で10歳になります」


 どうやら予感は的中したようだ。

 それに、『俺がなんとかしてやる』というセリフがなんだか引っかかる。


「! まさか……」


 優志の脳裏をある予感が過り、その額からはじっとりと焦りの汗が浮かび上がった。


「ダンジョンへ――潜ったのか?」

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