第76話 勇者との遭遇
黒い髪と瞳。
目の前に現れた少年はやはりどこからどう見ても、
「君は……日本人か?」
「そうですよ」
優志の動揺を尻目に、少年はあっけらかんと答えた。
優志以外の日本人――それは、今、自分の店で働いている美弦も同様。つまり、
「じゃあ……勇者召喚の?」
「はい。魔王を討伐するため勇者召喚された者です」
少年は微笑む。
その笑顔から葉自信と余裕がにじみ出ていた。
どうやら、彼もまた美弦の召喚術に匹敵する凄いスキルを得ているようだ。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。僕は真田猛と言います。年齢は17歳――元いた世界では高校2年生でした」
「あ、俺は宮原優志だ。35歳で元サラリーマンだ。今はここから離れた街で回復屋をやっている」
優志と猛は自己紹介を終えるとどちらともなく握手を交わした。
「宮原さんのお噂は僕たちの耳にも届いています。こうしてお会いできて光栄です」
「いくらなんでも大袈裟だよ」
年下の少年からとはいえ、真正面からそう言われて嫌な気はしない。優志は思わず照れ笑いを浮かべた。
「それにしても、回復屋ってあまり聞かないお店ですけど……回復アイテムを扱っているお店ですか?」
「ああいや、俺のスキルを活かした店――て言えばいいのかな」
「スキル? 宮原さんは回復系のスキルなんですか?」
「そうなんだよ。だから戦闘はからっきしで」
「でも、回復スキルを使える人だって大切な存在ですよ。――そうだ。たしか宮原さんのお店には高砂さんがいるんですよね?」
「美弦ちゃんかい? ああ、一緒に働いているよ」
その話を聞くと、猛はホッとした表情を浮かべた。
「彼女は戦うことに対してかなりナイーブになっていたみたいでしたから……そちらの仕事の方がきっと彼女には向いていると思います」
「俺もそう思うよ。現に、あの子の召喚術で呼び出した召喚獣は、今やうちにとって客を呼ぶゆるキャラみたいなものだからな」
ははは、と笑うする優志。
猛もつられて小さく笑った。
すると、
「おや、タケル殿、こんなところにおられましたか」
やって来たのはゼイロ副騎士団長だった。
「あ、ゼイロさん」
「そろそろ補給物資の準備が整います。城門へお向かいください」
「了解しました」
猛とは父親くらいに年齢の離れたゼイロが物腰低く丁寧に接している。その様子からも、この猛という少年がとんでもない実力を秘めていることがうかがえた。
「では、僕はこれで失礼します――宮原さん」
別れ際にもう一度ニコリと微笑んだ猛。
「……ああ。魔王討伐、頑張ってくれ」
「お任せください」
最後に、猛は拳でガッツポーズを決めて立ち去って行った。
「……何も起きなければいいけど」
魔王討伐。
とてもじゃないが、すんなり行くとは思えないこのビックイベント。
「たしか召喚したのは7人だって言っていたな。ということは……」
美弦を除き、残りは5人。
そこへ、大陸最大勢力を誇るこの国の騎士団が全面協力をする。
優志には魔王の正体もこの国の騎士団の実力もわからないため、単純に強さを比較することはできないが、あの猛という少年の余裕たっぷりな振る舞いから察するに、騎士団は相当な力を持っていること、そして、自分たちのスキルに絶対の自信があるのだろう。
「まあ、そういった英雄譚は若者たちが紡いでくれればいいさ」
自分はあくまでもリウィルたちと一緒に店を盛り上げていくことに徹しよう。
改めてそう誓い、一旦フォーブの街へ戻るため馬車が用意されている場所へ向かい歩き出すのだった。
◇◇◇
結局、店に戻ってあれやこれや準備をしている間にすっかり辺りは真っ暗となってしまっていた。
コールの魔鉱石でガレッタにジャグジー風呂の進捗状況をたずねてみると、優志が戻ったあとも作業は着々と進み、順調なのだという。
『しかしジャグジーか……私も体験してみたいものだ』
顔こそ見えないが、声の調子からして「そっちにあるなら入りに行きたい!」という願望が見え隠れしている。
そんなガレッタに、優志は残念なお知らせをしなくてはならない。
「すいません、ガレッタさん。うちの店にはジャグジー風呂ないんですよ」
『……いや、いいんだ。別にジャグジー風呂にどうしても入りたいというわけではないのだしな』
どうしても入りたそうなガックリボイスだった。
『話は変わるが、サナダ・タケルと会ったそうだな』
「ええ」
『率直に聞くが――どうだ?』
「どうだ……と言うと?」
優志にはガレッタがたずねたいと思っている内容がサッパリ掴めないでいた。
『私は仕事柄、すべての召喚者たちと顔を合わせ、言葉を交わしている。彼らが魔王討伐に出向く時まで、な。そちらにいるタカサゴ・ミツルも含め、大体の人間性は掴めたと自負しているのだが――あの少年だけはどうもよくわからんのだ』
「猛くんが?」
素直ないい子だと思っていたが、どうもガレッタの目にはそう映らなかったようだ。
『掴みどころがないというか……顔は笑っているのだが、心のうちはまるで違うことを考えているような……』
「まさか……」
『いや、いいんだ。彼のことは同じ世界で生まれ育った君の方がきっと理解できているのだろう。私のはきっと思い過ごしだ。今の内容はすべて忘れてくれ』
ガレッタは自信がないようだった。
優志としても、たしかに同じ世界の出身だが世代が全然違うため、あまりこちらの言葉を鵜呑みにするのもと思ったが、これ以上ガレッタの心労を増やすわけにはいかないし、何よりやはりあの猛という少年が悪いことを考えているとは思えなかった。
とりあえず、コールによる通信はこれに終了。
「さて……俺はもうひと頑張りするかな」
ジャグジーに加わる新たな風呂。
その構想を確実にするべく、優志は腕まくりをして紙とペンを用意した。
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