第77話 多忙

 翌日。


 午前中はロザリアから牛乳を買い取ったり、ダズたちの冒険で使うアイテムの整理を手伝ったりするなど店で働き、昼食を取ってから王都へと向かった優志。

 城を訪れた優志は早速風呂場造りに勤しむ職人たちのもとへと急ぐ。

 昨夜、遅くまで練った新プランを披露するためだ。


「おはよう。調子はどうだ?」

「あ、大将!」


 優志の到着を知った職人たちは作業の手を止めて優志のもとへとやって来る。

 恐らく、優志が抱えているものが目に入ったからだろう。


「ほら、差し入れのコーヒー牛乳だ」

「「「「「おおおおおおっ!!!」」」」」


 大興奮の職人たち。

 彼らは全員優志の店の常連でもあるため、すでにロザリア印の牛乳を使用したこの味の虜となっていた。


「進捗状況は?」


 乾杯をする職人たちの中で、もっとも冷静に振る舞う男――今回の職人たちの中で最年少であり、優志ともっとも年齢の近いクリフへとたずねた。


「概ね予定通りに進んどるよ」


 白髪交じりの髭を撫でながら、クリフは優志に告げた。


「しかし、昨日の話ではジャグジーに加えて新たな風呂を用意するとか。……だが、俺にはどうしても理解できない点がある」

「? どこだい?」

「一体どの場所に風呂を造ろうって言うんだ?」


 クリフの疑問はもっともだった。

 当初の構想通り、旧ダンスホールの約7割を湯船として改装する予定なので、もうほとんどスペースが残っていなかった。なので、優志の新たな風呂造りという構想がいまひとつ理解できていなかったのだ。


 優志としても、そうツッコミが入ることは事前に想定しており、


「今回の風呂なんだが……浴槽は必要ないんだ」


 淀みなく返答する。


「浴槽がいらないだって?」


 優志のだいぶ端折った説明により、クリフは余計に混乱状態となった。――が、これも優志の思惑通り。


「新しい風呂は――上に造るんだ」

「上?」


 優志は天井を指さしながら言う。

 その指先をジッと見つめるクリフだが、当然、そんな行動をしたところで優志の発言の真意を読み取ることはできず、腕を組んで唸り出してしまった。


「空に浮かぶ風呂――とか?」

「まさか」

「うーん……いや、さっぱり見当がつかん」

「ははは、イタズラが過ぎたね。悪かったよ」


 優志は反省の色が全く見えない笑みを浮かべ、クリフに真の狙いを告げた。


「! まさか、そのような風呂が!?」

「俺のいた世界じゃ一般的だったよ。ただ、先ほど言った通り、設置場所に条件があるからどこに行っても必ずあるというほどじゃなかったけど」

「なるほど……だが、今の話しの通りに風呂を造るのであれば、天井の高いこの旧ダンスホールはうってつけと言えるな」

「だろ? ――頼めるか?」


 優志からの提案を受けたクリフは手で口元をおさえた。

 その行為が何を意味しているのか、付き合いの長い優志にはよくわかる。


 ワクワクしている。


 職人たちの中でも特に探究心が強いクリフは、職人たちの中で誰よりも先に優志の店に興味を示した男だった。

 浴場、サウナ、コーヒー牛乳、足湯――そういった、異世界の文化を広めていく優志の手腕をクリフは以前から高く評価し、国王直々の依頼という今回の風呂造りも、他の職人たちが報酬や名誉に心を躍らせる仲、優志の次なるアイディアに関心を持ったから手を貸したという変わり者だ。


 だが、もっとも職人らしい職人とも言えた。


「任せてくれ!」

「よし。じゃあ、今日の作業は少し早めに切り上げて、作戦会議だ」

「おう!」

 

 とりあえず、今後の方針については優志がもっとも話しやすいクリフにだけ告げ、それからは引き続き風呂造りに励んだ。


 日が傾き、世界がオレンジ色に染まる頃、優志は職人たちを一旦作業から離して昼間にクリフへ教えた新プランを披露した。

 職人たちの反応はさまざまであったが、明確に反対意見を述べる者はいなかった。

もちろん、職人と呼ばれるこだわりの強い者たちが集まっているだけあって、本当に心配な場合は例え実績があろうとモノ申す。そんな彼らが何も言わないということは――その場にいる誰もが優志の腕を認めている証拠だ。

 

「つまり、この風呂に滝を造ろうってことか?」

「イメージとしてはそれで合っているな」

「しかし、そうなると湯の循環はどうする?」

「懸念材料はそこだな。流しっぱなしにしていたらいつか湯が尽きる。そうした場合の対処法はあるのか?」

「その点は大丈夫だ。すでに対策は練ってある。――風呂と言ったけど、こいつはどちらかというとマッサージって感じなんだ」

「なんと! そのような効果が!」


 職人たちと議論を交わしているうちに、辺りはすっかり暗くなっていた。




 優志が店に戻ると、すぐさまリウィルが駆け寄って来た。

 美弦はすでに就寝し、ライアンは絵の完成に精を出している。


「お疲れじゃないですか?」

「ああ……ちょっと疲れたかな」


 渡されたコップに注がれたコーヒー牛乳を飲み干して、深くため息をついた。


 午前の店。

 午後の城。

 

 どちらも懸命にこなす優志の体には疲労が蓄積していく。

 皮肉にも、他人への健康に配慮するあまり、自身の健康は疎かになっているという状態に陥っていた。 


「あの……余計な口出しになってしまうのですが」

「うん?」

「みんなのために頑張るのもいいですけど……ユージさん自身の健康にも気を遣ってくださいね」


 それは、偽らざるリウィルの心からの心配であった。


「ああ……ありがとう、リウィル」


 店と城を往復し、疲れ果てた優志に、リウィルの心遣いは深く心に染み入った。

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