第63話 青年ライアンの目的

「う、うぅ……」

「お? 起きたか」

「こ、ここは?」

 

 優志が夕食を終えて部屋に戻ると、ちょうど金髪の青年が目を覚ました。


「気分はどうだ?」

「え? ――わあっ!!!」


 青年は飛び起きて頭を抱えた。体が震え、歯がカチカチと音を鳴らしている。ダンジョンでの体験は相当なトラウマとして刻み込まれたようだ。

 かつてダンジョンに潜ったことのある優志にはその気持ちが痛いほどわかる。

 ダズやエミリーという頼もしい仲間がいたからこそ乗り越えられた。

 もし、優志がこの青年のようにろくな装備も持たず単独であのダンジョンに潜っていたとしたら――想像しただけで寒気がする。


 ひどく取り乱す青年に、優志は優しく声をかけた。


「落ち着け。ここはもうダンジョンじゃない。――ほら、これを飲め」


 優志は食後に飲もうと持ってきていた瓶入りのコーヒー牛乳を青年に手渡す。


「…………」


 まだ事態を把握できていないのか、青年は大きく見開いた目で優志をジッと見つめる。それからコップに注がれたコーヒー牛乳を飲み干したが、勢いよく飲み過ぎてむせかえってしまった。

 しかし、それがきっかけとなって青年は冷静さを取り戻す。


「僕は……助かったんですか?」


 ようやくひねり出した声に応えるよう優志は頷く。

 それを見た青年は大きく息を吐いて項垂れた。


「大丈夫か?」

「え、ええ、あなたが助けてくれたんですか?」

「いや、君をダンジョンから引っ張り出してきたのは友人の冒険者だ。ここは俺が経営する店だよ」

「そうでしたか」

「君、名前は?」

「ライアンです」

「ライアンか。俺は優志だ。宮原優志。よろしく」

「よろしく……」


 青年はその言葉を最後に再び沈黙。

 優志はそんな重苦しい空気を払拭しようと、どうしてもたずねたかった質問を青年に真っ向からぶつけてみた。


「君はなぜひとりで危険なダンジョンに?」

「それは……」


 青年ライアンは何か言いにくそうにしながらも、意を決したようにゆっくりと語り出す。


「金です」

「え?」

「生活が苦しくて……魔鉱石なら高値で売れるし、そこまで深く潜らなければ軽装でも大丈夫かなって」

「素人考えだな」


 優志とライアンの会話に割って入る女性の声。

 様子を見に来たエミリーだった。


「熟練の冒険者でもあってもダンジョンへ潜るとあったらどれだけ浅かろうと入念な準備と情報収集は怠らない。単身であるなら尚更だ」

「……反省しています」


 ライアンはエミリーからのお説教へ真摯に耳を傾けていた。

 その態度から、優志はある仮説を立てていた。


「なあ、ライアン……金が欲しいっていうのは半分くらい嘘じゃないか?」

「!」

「そうだなぁ……たしかに金は欲しいけど、それは生活費のためだけじゃないって感じがするんだが――どうかな?」

「……その通りです」


 白旗を上げたライアンは、優志とエミリーに自身のこれまでを語った。


「僕は冒険者を目指していたわけではなく……元々は画家志望なんです」

「画家?」


 この世界にも画家――つまり絵描きを生業とする者がいるというのは驚きだった。

 しかし、ほんのわずかな期間であったが、王都にある城で過ごしていた際、壁には高価そうな絵画が飾られていたことを優志は思い出した。


「絵画か……俺は完全に専門外だな」


 健康マニアの優志には無縁のジャンルだった。


「私もだ」


 武闘派のエミリーも同じく。


「そ、そうですか……」


 優志とエミリーのふたりが芸術関連への興味関心が皆無であることを知ったライアンは落ち込んだ様子だった。そのせいもあってか、せっかく滑らかになりつつあった舌が再び声を発することへ抵抗をし始めたようで、またも無言になってしまった。


 こうなると頼りになるのはリウィルか美弦のふたり。

 とりあえず、リウィルに声をかけてみたが、


「絵ですか? うーん……どうでしょう?」


 まったく脈無し。

 で、美弦はというと、


「絵ですか!?」


 リウィルと同じセリフのはずなのにまったく異なった意味で聞こえるほどテンションが爆上げとなっていた。


「きょ、興味あるのか?」

「私、中高共に美術部だったんですよ! 描くのも見るのも大好きです!」


 鼻息荒く語る美弦。

 出会ってからこれほどまでにテンションの高い美弦を見るのは初めてだった。

 

 ――と言ったわけで、絵画の知識があるという美弦に、ライアンが描いた風景画を見てもらった。その評価は、


「素敵な絵ですね!」


 非常に良好な反応だった。

 美弦は気の利くいい子だが、同時に嘘をつくのが下手だ。もし、ライアンの絵が下手であったら、褒めていたとしてもそれが社交辞令だと一発で見抜けるほど露骨に焦った様子が浮き彫りとなるだろう。


 だが、今の美弦にそんな様子は見て取れない。


「なんていうか、独特の色彩ですね。こちらの世界の絵の具が関係しているのでしょうか……この緑色はどうやって作り出したんですか?」


 なんだか専門の鑑定士みたいなことを言い出した。


「そ、その色は自信作なんだ」

「そうなんですか? どおりで綺麗な澄んだ色をしていると」


 キャッキャッキャ。


 芸術家同士の語らいは続く。

 美弦としても、同じ趣味の仲間が見つかって嬉しいのだろう。


「とりあえず、警戒心はだいぶ解かれたみたいですね」

「そうだな」


 優志とリウィルはひと安心。

 緊張がほぐれたところで、


「さて、それじゃあそろそろ単独でダンジョンに突っ込んだ理由を聞かせてもらおうかな」

「あ――」


 すっかり気をよくしていたライアンは一瞬だけ躊躇ったが、美弦からの「本当のことを話してください。あなたの力になりたいんです」という切実な願いを受け、その真相を改めて語り出す。


「僕は絵描きになりたくてずっと旅をしながら絵を描いていました。……ですが、無名の僕では絵は売れず、生活は困窮していく一方でした」

「それで冒険者を?」

「はい……魔鉱石を売ったお金で画材を購入しようとしたのですが……」


 深く潜らなくても魔鉱石は取れるという噂を耳にし、実践をしてみたが、実際はかなり奥まで潜らなければ金になりそうな魔鉱石は入手困難。それを追い求めているうちに、ダイヤモンドウルフの群れと遭遇したらしい。


「今回は運が良かった。たまたま私たちが近くにいたからな」

「まったくもってその通りです」


 あの時、近くをダズたちが通らなければ彼は今頃あの世に行っていたかもしれないのだ。


「優志さん、なんとかなりませんか?」

「うーむ……」


 美弦のお願いに、優志は唸る。

 恐らく、美弦がお願いをしなくてもライアンの助けになろうと何かしらの手は打つのだろうが、今回ばかりはさすがにパッとは思いつかない。


「絵か……」


 優志は考えながら窓へ目をやる。

 窓の向こう側にはダンジョンのある高い鉱山がそびえていた。


「……あの鉱山って」


 ダンジョンのある鉱山を見ていたら、優志にある閃きが舞い降りた。



 青年ライアンの名を轟かせる絶好の機会を生み出す閃きが。

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