第62話 増築計画と謎の青年
新たな風呂の構想を思いついた優志は来店していたフォーブの職人たちへ声をかけた。
「こういった風呂を考えているんだけど、専門家としての意見を聞かせてほしい」
優志が簡単に書き表した新しい風呂の姿。
それを目にした職人たちの反応は揃って、
「これだけでいいのか?」
これだった。
その反応は正解と言っていい。
何せ、ここまで彼らが手がけた工事に比べたら、今回のプランはかなり規模的に小さなもので、その用途も皆目見当がつかないときている。
図面を眺めていた職人のひとりが切り出す。
「なあ、ユージの旦那。こんだけ狭いと体を湯に浸けるのは難しいと思うんだが」
「この風呂に関しては全身を湯に浸ける必要がないんだ」
「何?」
職人たちは顔を見合わせる。
これまでに優志が提唱してきた入浴方法といえば、裸になって全身を湯に浸けるというものであった。しかし、今回の風呂はその定義を真っ向から否定するものだ。
「ならどうやって湯に入るんだ?」
「全身ではなく、体の一部でいいんだ。それなら、装備を取り外したりする手間は最小限に抑えられる。アイテム枠を節約するために回復水の風呂に入りたくても、装備の関係上、裸になるのは面倒だって人向け――それが次の風呂のコンセプトだ」
優志の説明を受けた職人たちは再び顔を見合わせる。そして、
「まあ、あんたはこれまでもとんでもない発案をしてはそれを大成功に導いてきているわけだから、今回もきっと勝算があるのだろう」
店を繁盛させている優志の先見の明を信じ、指示された通りの増築計画を開始するための準備を始めた。
「そういえば、大将」
と、思いきや、ひとりの職人が足を止めて優志を呼ぶ。
「なんだい?」
「前々から気になっていたんですがね。この店って名前はなんていうんですかい?」
「名前?」
そういえば、まだ決めていなかった。
店の名前――これはリウィルたちにも相談した方がよさそうだ。
「まだ決めていないんだ。営業しておいてなんだけど。まあ、そのうち決まったら教えるからさ」
「わかりやした」
優志は男を見送ると、手近なソファに身を預ける。
「店名か……考えもしなかったな」
こちらも早々に決めておいた方がいいだろうと結論を出した直後、
「今度は一体どんなお風呂を造るんですか?」
興味津々とばかりに仕事が一段落ついたリウィルがたずねてきた。
「完成してからのお楽しみってことにしておくよ」
「え~? 教えてくださいよ~」
リウィルの優志に対する態度――最初の頃のような硬さはすっかり抜け落ちていた。それだけ、両者の間で信頼関係が結ばれている証拠だ。
仕事の合間のリラックスした休憩時間。
――が、それを引き裂くように、
「大変だ!」
店のドアを勢いよく蹴り開けたのはダズだった。
その後ろにはエミリーをはじめとするパーティーの面々がいる。今日は朝から晩までダンジョンへ潜っているはずだが。
「血相変えてどうしたんだよ、ダズ」
「すぐにこいつを見てくれやってくれ」
ダズが言うと、後ろにいたパーティーの男たちが前に出る。
ふたりの男に肩を借りる形でようやく立っているその青年――見覚えのない金髪の優男であった。
面識のない相手だったが、その様子に優志は愕然とする。
「す、凄い怪我じゃないか!」
金髪の青年――年齢は20代前半ほど。
長身痩躯に白い肌。
およそ暴力とは無縁の生活を送って来たと思われるその男は、額から血を流し、全身の至るところに青あざを作っていた。首はぐったりと垂れており、呼吸も弱々しい。
「ユージ! 風呂は空いているか!?」
「今なら客は少ない! すぐに浸からせるんだ!」
「おうよ!」
優志からの許可を得たダズたちは男を肩に担いだまま風呂場へと入り、緊急事態ということもあって服も脱がさず青年を浴槽へ放り投げた。
本来ならばマナー違反なのだが、人命が関わっている以上、細かなことを注意している暇はない。
懸命な救助活動(?)の結果、金髪の青年の容態は安定。
20分も経つ頃には穏やかな寝息を立てながら深い眠りについた。
「一体何があったんだ?」
急遽用意した客室へ寝かしつけたあと、事情を聞くためダズにたずねる。
「俺たちも詳細についてはわからないが――」
ダズが語った内容はこうだ。
まず、この日は予定通り、朝一番からダンジョンへと潜り、レアな魔鉱石採掘のため、かなり深部まで進むつもりでいた。
装備を整え、綿密な打ち合わせを終えてからダンジョンへと足を踏み入れる。事前の打ち合わせ通りのペースで進み、目的の場所まであと10mほどまで迫った時――異変は起きた。
「助けてくれ!!」
必死に叫ぶ男の声。
ダズたちは目的地を一旦諦め、声のした方向へ進む。
そこでは、10匹以上のダイヤモンドウルフに囲まれた金髪の青年がいた。
折れてしまった鉄製の剣を振り回しながら必死の抵抗を試みているが、それも虚しくダイヤモンドウルフの猛攻に成す術なく膝をついてしまう――ダズたちが現れたのはまさにそのタイミングであった。
すぐさま応援――というか、救助に駆けつけるダズたち。
ダイヤモンドウルフの群れを一掃し、青年を救い出すことができたのだが、すでに青年は虫の息。死にかけの状態だった。
それでもなんとかしようと、ダズは藁をもつかむ思いで優志の店を訪ねたわけだが、どうやらそれは正しい判断だったようだ。
「まったく、あんな軽装で危険なダンジョンに挑むだなんて……いくらなんでも知識が足りなさ過ぎる!」
エミリーは随分とご立腹だった。
だが、たしかに男の格好は妙だ。
ダンジョンでモンスターに追いかけられていた――間違いなくダズたちの同業である冒険者なのだろうが、エミリーの指摘通り、ダンジョンを潜るにしてはあまりにも装備がお粗末であった。
ダズたちのような鍛え抜かれた猛者たちでさえ、ダンジョンへ潜るには相応の装備が必要になるというのに、戦闘とは無縁な人生を歩んできただろう青年は、布製の服にグレードの低い鉄の剣という組み合わせ。これではどう転んでもダンジョンではただの的にしかならない。
「一体、こいつは何をしにダンジョンへ潜ったんだ?」
「それは直接彼に聞いてみなくてはわかりませんね」
謎の来客――金髪の青年。
増築を前にしてさらなるトラブルが優志たちの前に降って来た。
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