第39話 コーヒー牛乳を求めて

「ふーむ……一角牛か」


 夜。

 だいぶ整ってきた食堂でエミリーも含めたダズのパーティーの面々と共に夕食をとっていた優志は、早速街で得た一角牛の話をダズへと切り出す。

 その反応は芳しくないものだった。


 単純に一角牛を捕獲することに対するリスクもあるが――厄介なのは一角牛から搾り取る乳が狙いであるという点。

 最初から殺す気で対峙すれば、ダズのパーティーの練度なら苦戦を強いられこそすれ倒せるはず。しかし、生け捕りとなると話は変わって来る。さらにダズの表情を曇らせている理由として、苦労の末に捕獲したとしても優志の求める味が一角牛の乳にある可能性が不透明ということだ。おまけに、


「一角牛は基本的に群れを成して生活している。それらすべてを相手にするとなったらそれこそ一国の騎士団並みの戦力がなくちゃ難しい」

「そ、そんなに……」

「生け捕りの最低条件としては……ダンジョンではぐれた1匹――それも、雌の一角牛に狙いを絞るしかない」


 言葉にして表すと達成困難なミッションに思えてくる。


「外見から雄雌の判断は可能か?」

「一応、雌は角の大きさが雄に比べて細く短いと言われているが……ハッキリ言ってそれも正しい情報とは言い難い」


 ダズは優志を気遣ってか明言を避けたが――その表情は「その行動には賛同できない」というものであった。


 優志としても、ダズたちに無理強いをするつもりは毛頭ない。

 あくまでもこれは自分のこだわり。

 いくらダズたちが協力的とはいえ、不確かな情報を元にダンジョンへ入ってモンスターを狩るという大仕事を依頼するのは優志としても気が引けた。

彼らには彼らの、冒険者としての仕事がある。それを妨げることはあってはならない――社会人を経験している優志には、職種こそ違うものの、明日の飯を買うために働くダズたちの苦労は痛いほどわかる。


 だから、今回のコーヒー牛乳製作についてはあきらめよう――そう言いかけた時だった。



「私が行こう」



 優志たちの前に立ったのは――エミリーだった。


「エミリー?」

「ダズ殿、明日1日だけ、私に単独行動を取る許可をいただきたい」


 エミリーのからの申し出に、最初は戸惑いを隠せない様子のダズであったが、すぐにその真意を読み取り、いくつか質問をする。


「一角牛を狩った経験は?」

「最初に所属していたパーティーでは連日狩っていた。かつていた大陸ではあいつらの肉が高級な食用肉として売られていたため、いい稼ぎになった」

「そうか。――では、一角牛を狩る上で注意していた点は?」

「ヤツらは凶暴そうな外見と違い、群を成す習性があり、大変な仲間想いだ。他の一角牛のいる前で狩りをはじめれば、群れ全体でこちらを攻撃してくるので、なんとか群れから1匹だけを引き離しておく必要がある」

「うむ」


質問を終えたダズ――どうやらエミリー言った答えに満足したようで、「いいだろう」と了承する。


「やるからには派手に決めて来い。それがうちの流儀だ」

「心得た」


 言い終えて、ダズとエミリーは互いに拳を突き合わせる。いわゆる「グータッチ」という構図だ。


「し、しかしエミリー……今回の件は何かと不確定要素が多くて、一角牛の生け捕りに成功してもそれが俺の希望通りとはいかないかもしれないんだ」

「承知の上だ」


 胸をトンと叩き、「任せておけ」と頼もしい言葉も飛び出した。


「そうと決まれば善は急げだな」

「え?」


 いそいそと武器の用意を始めたエミリー。

 今は夜だから、ダンジョンへ潜るのは翌日のはずと優志が不思議そうに眺めていると、横にいたダズから解説が入る。


「一角牛は夜行性なんだ。昼でもまあ見かけることはあるが、メインの活動時間帯は人間が寝静まった頃から始まる。ちょうど今から活発に動き回り始めるだろう」


 夜行性という性質を持つ一角牛。

 それを狩るには、むしろ今からが絶好の時間らしい。


「い、今からダンジョンへ潜って大丈夫か?」

「? 何か問題があるか?」

「他のモンスターは?」

「寝ているだろうな」

「ね、寝る?」


 意外だった。

 優志の勝手なイメージとして、むしろ夜というのはモンスターにとっては動き回りやすい時間帯だという印象が根付いていたからだ。


「モンスターだって夜は寝るだろ?」

「そ、そうだよね」


 当たり前の話だろ、みたいな感じで言ってくるダズに対し、優志はただ無難な返事を送ることしかできなかった。


 気を取り直して。


 エミリーの協力を得た優志は、早速意外と安全だと知った夜のダンジョンへエミリーと共に向かって行った。



  ◇◇◇



「しかし……本当に大丈夫かな?」

「意外と心配性なのだが、ユージ殿は」


 人気のない夜道を、優志とエミリーは肩を並べて歩いている。


「俺が間違いなく足を引っ張るってことはわかっているからな。……ついてきといてなんだけど、俺がいたら邪魔じゃないか?」

「何を言う。あなたのその回復スキルは戦闘に欠かせないものだ。あれだけ落ち込んでいた私が言うのもおかしな話だが、ユージ殿はもっと自分に自信を持っていいぞ」


 不幸を呼ぶ女だと思い込み、他者との関わりを極力減らそうとしてきたエミリー。

 だが、優志と出会い、ダズたちのパーティーに身を置くようになって徐々に考え方に変化が現れたようだった。


「もう心配はなさそうだな」

「その節は本当に世話になったよ。あなたが私とダズ殿たちを引き合わせていなかったら、きっと今頃どこかでのたれ死んでいただろうな」

「そんなことないって」


 優志の口添えがあったとはいえ、実際には魔人との戦闘で見せた抜群のセンスをダズが気に入ってパーティーに入れたため、純粋な実力によるものである。

 なので、優志としては礼を言われるとなんだか照れ臭くなってしまうのだ。


 互いに互いを慰め合うような形になりながら歩いていると、昼間訪れたダンジョンに到着したが、


「おおっ!」


 優志は思わず叫んだ。

 ダンジョン周辺の茂みにある大きな変化が起きていたからだ。


「これは……蛍か?」


 まるでイルミネーションのように輝く草木。

 それを可能としているのは葉や幹にとまる虫だった。

 お尻が光る蛍とは違い、全身が発行しているその虫の正体は、


「ヒカリコケムシだな」


 エミリーが虫の名を口にする。

 

「背中に光る苔を背負っているから光るんだ」

「外敵に見つかりやすくならないか?」

「むしろこの光を気味悪がってか、鳥や獣は避けていくんだ。そういった特性から、一部の国では古くより魔除けの象徴として重宝されている」

「へぇ~」


 ためになる異世界雑学を聞き終えると、いよいよ夜のダンジョンへと突入する。


「いざ! コーヒー牛乳を求めて!」


 優志とエミリーは意気揚々とダンジョン内へと入って行った。

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