第30話 ダンジョンを駆け抜けろ!

「あいつがダンジョンを荒らしている犯人か!?」


 出口まであと少しというところで優志たちの進行を阻んだのが――すべての元凶を呼んだ新手のモンスターだった。

 その形容しがたい外見――あえて言葉を選ぶとするなら「異様」だろうか。


 ダイヤモンドウルフ。

 フレイムコング。


 これまで戦ってきたモンスターは、いずれも優志のいた世界にも存在していた生物がベースになっていたが、目の前にいるこいつは違う。


 あえて似た生物を挙げるとするなら、

 


「……人間?」



 力なく呟いたのはエミリーだった。

 

「ああ……人間――だよな?」


 先ほど戦ったフレイムコングよりさらに一回り以上大きな巨体。筋骨隆々とした肉体は毒々しい紫色をしており、瞳の色は呑み込まれそうな漆黒。


「なんなんだ、こいつは!? こんなモンスター、今までに見たことがないぞ!?」


 エミリーが叫ぶ。

 数多くのパーティーに属し、さまざまなダンジョンで経験を積んできたエミリーでさえ初めて見るモンスターであった。そのため、どう攻撃をしたらいいのかわからず、エミリーの動きは完全に止まった。


「ど、どうする!?」


 優志はダズへと判断を仰ぐ。


「とにかく一度撤退する。ユージたちは俺の後ろへ回れ!」


 ダズの指示に従い、優志とエミリーは急いでダズの背後へと移動。それに合わせてモンスターも動きを開始したが、動作はそれほど速くはなく、優志たちが移動を終えてもまだ攻撃を仕掛けてはこなかった。


「よし! そのまま出口へ向かって走れ!」


 叫び終えると、ダズは胸元に忍ばせていた黒い球形の物体をモンスターに向かって放り投げた。それがモンスターの大きな体に触れた直後――ボフン、と白い煙がモンスターの周囲を包み込んだ。


「煙幕弾だったのか」


 まずは体勢を整えるため、この場を離脱することを優先させようとするダズ。その作戦は功を奏し、煙に包まれたモンスターは完全に優志たちを見失っている。


「今のうちだ!」


 煙幕弾を放り投げていた分、逃げ出す一歩目が遅れたダズ――その遅れがまずかった。


「ぐおっ!?」


 前を走る優志たちの耳に、ダズの声が届く。

 振り返ると、白煙を斬り裂くように伸びたモンスターの紫色をした手が、ダズの体を鷲掴みにしていた。


「ダズ!!」

「「「リーダー!!!」」」

「俺に構うな! 早く行け!」

 

 声を頼りに優志たちを探しているのか、煙幕からその体が徐々に抜け出してきている。このままここへ留まっていると他のメンバーも危険に晒される。全滅だけは避けたいというダズの悲痛な願いであった。


 走り続ける優志たちだが、


「ぐああああああっ!!!!!」


 強靭な握力によって体が締め付けられる痛みに、ダズはたまらず悲鳴をあげる。

 そんな悲鳴を耳にして――ダズを見捨てるわけにはいかない。


 優志にはあのモンスターに致命の一撃を与えられる強力な魔法も剣術もない。

 それでも――



「…………」



 気がつくと、必死に動かしていた足は止まっていた。


「ユージ殿!?」


 突然停止した優志を心配してエミリーも止まった――それとほぼ同時のタイミングで、エミリーの脇を猛スピードで駆け抜けていく影が。


「な、なんだ!?」


 颯爽と現れた謎の影はあっという間に優志も抜き去り、ダズを掴んでいるモンスターの手へと飛びかかった。


「ゴアアアッ!?」


 不意の一撃を食らい、モンスターはダズを握っていた手を放した。かなりの高さから落ちたが無事なようで、すぐに立ち上がって優志たちの方へ駆けだした。

 

 ダズの窮地を救った影の正体は、


「あれは……アルベロス!」

 

 召喚術のスキルを持つ美弦が呼び出した三つ目の魔犬アルベロスだった。


「グルル……」


 牙を剥き出しにして巨体のモンスターにも怯むことなく威嚇するアルベロス。ただ、アルベロスがここにいるということは、主である美弦もこの近くにいるということになるが、



「今のうちに逃げてください!」



 優志の予感は的中した。

 

 光が差し込むダンジョンの出口付近から、美弦が叫ぶ声が聞こえる。

 どうやら助けに来てくれたようだ。


「あれはミツルの召喚獣か!?」

「そうだ。頼りになる助っ人が来てくれたぞ」

 

 改装工事でアルベロスを知っているパーティーのメンバーはすぐに味方の増援が来たと理解して勢いを取り戻す。


「リーダーを守るんだ!」

「デカいとは言ってもスピードはそれほどじゃねぇ! 落ち着いて立ち回れば今の装備でも戦えるはずだ!」

「攻撃魔法を使えるヤツは目を狙え! かく乱させるんだ!」


 それまで、敵の巨体に怯んでいたパーティーの面々は完全に息を吹き返し、立ち向かっていった。


 優志とエミリーは逃げ出せたもののダメージのせいか足元がふらつくダズの肩を支え、3人4脚のような形となって出口を目指す。


 外の光がもう手の届く距離にまで近づくと、そこに2つの人影が見えた。


「ユージさん!」

「あとちょっとですよ!」


 影のひとつは美弦で、その横にはリウィルの姿もあった。

 優志とエミリーは最後の力を振り絞って飛び込むように外へと出た。

 続いて、パーティーのメンバーが出口に辿り着き、間もなくアルベロスも出てきた。

 

「助かったか……」


 ぜぇぜぇと荒く息を吐く優志。

 運動不足の元サラリーマンには体力的にもかなりキツイものがあった。

 

「冒険者っていうのは……こんな大変なことを毎日やっているのか……」


 とても自分には向かない仕事だ。

 それを痛感した初ダンジョンであった。


 汗だくになっている優志のもとへ、リウィルと美弦が駆け寄って来る。


「大丈夫ですか!?」

「怪我はありませんか!?」

「問題ないよ。――ていうか、どうしてふたりがここに?」

「お店の手入れをしていたら大勢の冒険者たちが血相を変えてフォーブの街へ向かって行ったので何かあったんじゃないかと」

「それでこっちへ来てみたらなんだか凄いモンスターが暴れていると聞いたので、アルベロスを応援に向かわせたんです」

「そうだったのか……ともかく助かったよ」


 最後のアルベロスの一撃がなかったら、ダズを助けることはできなかっただろう。


「ミツル、君のおかげだったのか!」


 美弦の姿を発見したダズたちがお礼を告げにやって来た。

 さらに、ダズたちの生還を知った多くの冒険者たちがその場に集まって来た。


 皆が喜び合っている中、優志は今さっき飛び出して来たダンジョンへ目を向ける。

 そう。

 まだ問題は何も解決していない。


 正体不明の新種モンスターはまだあのダンジョンの中にいる。

 それは、このダンジョンで魔鉱石採掘を生業としている冒険者たちにとって死活問題となるだろう。


「なんとかしないとな」


 誰にも聞こえないくらいの小さな声で、優志はダンジョンに生まれた問題に眉をひそめるのだった。

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