第28話 エミリーの実力
「こいつら……」
低い唸り声をあげながら優志とエミリーを睨むダイヤモンドウルフ。あの鋭い爪牙にかかれば、人間の肌など一瞬で斬り裂かれてしまうだろう。
「まさか、見たこともない大きなモンスターって、あいつらの親玉なんじゃないか?」
「だったら喜ばしいことね」
「え?」
エミリーから返って来た言葉は意外なものだった。
「よ、喜ばしいって」
「あいつらなら大した敵じゃないわ」
エミリーは言いきった。
その言葉を受けて優志はハッとなる。鋭い爪牙を持つダイヤモンドウルフに挟まれているという一見すると絶望的とも言える状況であるが、エミリーからはあまり焦りの色は見受けられなかった。
優志は頬を引きつらせながらたずねた。
「もしかして……倒せるのか?」
「問題なく」
エミリーは武器である剣を構える。
こちらに敵意があることを察知した正面側のダイヤモンドウルフが大きな口をいっぱいに広げてエミリーへ飛びかかる。
それでも、エミリーは冷静だった。
飛びかかって来るダイヤモンドウルフの爪牙を紙一重でかわし、銀色の刀身を振ってカウンターを決める。
「グオオッ!!」
腹部から出血をして断末魔をあげたダイヤモンドウルフは地面を這いずるように苦しんだのちに絶命――が、その最期を見届ける前に、もう1匹のダイヤモンドウルフがふたりに襲いかかってきた。
「エミリー!」
「わかっている!」
1匹倒しただけで隙を見せるほど、エミリーは愚かではなかった。すでに臨戦態勢を整えており、襲いかかるもう1匹のダイヤモンドウルフの首をすっ飛ばした。
ボン、ボン、ボンと壁にぶつかりながらバスケットボールのように跳ねるダイヤモンドウルフの頭。
なかなかにグロテスクな光景だが、エミリーとモンスターの戦闘に魅了されていた優志にはその辺の意識が鈍っていた。
ただひたすらに、
「す、凄い……」
そう呟いていた。
「なんだ、戦闘自体見るのは初めてなのか?」
「ああ。俺のいた世界じゃ、ダイヤモンドを生やした狼なんていないしな」
「それは気の毒だな。――こいつらは弱いくせに討伐報酬が高い生きるお宝と呼ばれているモンスターなのに」
「いや、そもそもこっちにはモンスターって輩がいないよ」
「モンスターがいない? ならどうやって金を稼いでいるんだ?」
「それは――今はそれどころじゃないだろ」
「おっと、そうだったな」
正体不明の大型モンスターに襲われているダズたちを救出するためにこのダンジョンへやって来たという本来の目的を忘れかけていた。
その時、ほんのわずかだが、エミリーの表情が歪んでいるのを優志は見逃さなかった。
「怪我をしたのか?」
「こんなものは怪我のうちには入らないさ」
エミリーが振り返った際に見えた彼女の右腕からは血が滴っていた。
強がっている素振りはない。恐らく、エミリーは本当に怪我のうちにカウントするものではないと判断したのだろう。
だが、出血を伴っている以上、傷口から感染症を引き起こす可能性もある。
「ちょっと待ってろ」
優志は持ってきていたあるアイテムを取り出す。
それは木製の水筒だった。
「こいつで傷を癒せる」
優志はエミリーの腕を取ると、水筒を傾けて傷口に水をかけた。その水はもちろんただの水ではなく、優志のスキルによって回復効果を高めたものだ。
ダズの重傷さえ癒した優志のスキル水をもってすれば、エミリーの負った傷など瞬時に癒してしまう。
「驚いたな……これほどとは」
「役に立つだろ? さあ、先を急ごう」
優志とエミリーは速やかにダイヤモンドを回収してダンジョンの奥を目指す。
エミリーの腕前を目の当たりにした優志としては、頼もしい冒険者がいることで心に余裕ができていた――が、それはすぐさま粉砕されることとなる。
「こいつは……」
奥に進むにつれて空間は広がっていくが、あちこちの岸壁には新しくつけられたと思われる大きな爪痕が残っていた。そこに刻まれた痕から推測するに、相手のモンスターは優志が想定しているよりも遥かに巨大なものだった。
「さすがにこのサイズは私も初めて見るな……」
エミリーの額から汗がにじんでいる。
これまで多くのダンジョンを攻略してきたエミリーも初めてみる大物――だんだんと雲行きが怪しくなってきた。
もしかしたら、すでにダズたちは――
「っ!」
脳裏を過る最悪の事態を振り払うように、優志は頬をパチンと叩く。
戦力としてエミリーやダズの力になれないのなら、せめて信じなくては。優志のスキルは怪我を治すこと。例えそれがどんな大怪我であっても、死んでさえいなければ癒してみせる。
「エミリー」
「? なんだ?」
「何があっても生きることを諦めないでほしい。生きてさえいれば、俺のスキルでどんな傷も癒してみせる」
「……ふふ、肝に銘じておこう」
優志の言葉に、エミリーは微笑みをもって返した。
これまでに見たことのないサイズのモンスターを相手にしなければならないかもという不安が過っていたエミリーは、本人の知らぬ間に体が強張っていた。
しかし、優志のスキルとその人間性を垣間見た今は違う。
頼れる存在がいるという事実のおかげで、体の芯から力が漲って来る感覚だった。
お互いに信頼関係が生まれたところで、ふとエミリーの足が止まる。
「どうした?」
「静かに――この先に誰かいるみたいだ」
言われて、耳をすましてみると――たしかに小さな話し声のようなものが聞こえる。
「あっちからだ」
「そうみたいね」
優志とエミリーは声の主を突きとめるため、右に曲がってそのまま直進――そこで、声の正体を知ることとなる。
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