第27話 モンスター出現!

「戦闘経験は本当にないんだな?」

「まあね。俺や美弦ちゃんが暮らしていた世界は……この世界に比べたらずっと平和だったからだ」


 現代日本でも凄惨な事件は起こる。

 連続殺人だとか放火とか強盗とか――しかし、優志や美弦がこうした事件に遭遇するのは人生で多くても数度レベルだろう。


 だが、この世界――中でもダンジョンと呼ばれるエリアは違う。

 これまでの生活で非日常的に思えたレベルの事件が、ここではまるで常識であるかのように起きてくる。


 腹を括れ。

 覚悟を決めろ。


 優志は呪文のように何度も心中で呟いた。


 ハッキリ言って、ここへ一歩足を踏み入れるまではどこか浮ついた気持があった。表面上は気をつけようと気を引き締めているつもりだったが、根っこの部分では異世界のダンジョンという魅惑の響きに心が浮かれていたのだ。


 そんな気持ちはダンジョンに入って1分もしないうちに吹き飛ぶ。


 全体的に薄暗く、じっとりと肌にまとわりつく湿気。前進するたびに強くなっていく不快な臭いに、思わず顔が歪んだ。


 これがダンジョン。

 これがこの世界のリアル。


 一歩、また一歩と奥へと進むにつれて、だんだんと不安と恐怖が重なっていく。


「顔色が悪いようだが、大丈夫か?」


 優志の様子がおかしいことに気づいたエミリーが声をかける。そんな気遣いを、優志は「平気だ」と簡単に返したが、額から汗が噴き出し、視線落ち着かない今の優志の状態はとても平気と呼べるものではない――エミリーはそれをしかと感じ取っていた。

 

「無理をする必要はない。今からでも引き返した方が……」

「! い、いや、本当に大丈夫だ。ありがとう」


 エミリーの声が本気で心配している――年上の男としてはこれ以上無様な姿を見せるわけにはいかない。

 優志はわずかに残されていた一握りほどのプライドを奮い立たせ、エミリーの一歩先を進んでいった。護身用にとリウィルから渡された銅剣の柄に手を添えた臨戦態勢を保ちつつ、さらに奥へと踏み込んでいく。


 謎の大型モンスターが潜むというダンジョンの奥地を目指して進むが、一向にその気配さえつかめないでいた。地面が揺れたり悲鳴が聞こえたりしたらすぐにわかるのだが、今のところそれすら発生していない。


「大事件が起きたという割には静かだな」


 若干、心にゆとりのできた優志がエミリーへ話しかける。


「そうだな。もっと現場は混乱していると思っていたのだが」


 どうやらエミリーも同意見らしい。

 ふたりは警戒色を強めながらさらに奥へと入って行く――が、時折「ピチョン」という水滴の垂れる音が響く以外に音はない。というより、人の気配さえ感じられなかった。


「おかしいな。ダズたちが潜っているはずなんだが」


 あの大声なら相当離れた位置であってもすぐに見つけられるはずだが。


「もしや……罠か?」

「罠って……一体どこの誰がなんの目的で仕掛けるんだよ」


 ツッコミを入れた優志には甚だ疑問だった。


 もしかしたら、何もかもデタラメなのか。

 ドッキリなのかもしれない。


 そう考え始めた矢先に地鳴りのような音が鳴り響いたかと思うと、突如として地面が大きく横揺れを始めた。


「うわっ!?」

「ぬおっ!?」


 優志とエミリーは不意に発生した大きな揺れに動揺するも、うまくバランスを取りながら立っていた。もし、不用意に倒れてしまえば、その隙を狙ってモンスターが襲いかかり、餌食となってしまうかもしれない。


 なんとか数十秒の揺れに耐えると、優志はホッと安堵のため息を漏らした。


「一体なんだったんだ、今の」

「皆目見当がつかないな」


 地震とはちょっと違う揺れに戸惑いを隠せないでいる優志とエミリーだが、しばらくその場で状況分析をしながら立ち止まっていると、どこからともなく獣のような低い遠吠えのような声がダンジョン全体に響き渡った。


「! モンスターか!?」

「あれは……まさか」


 先ほどの遠吠えに心当たりがあるのか、エミリーがいきなり猛ダッシュ。


「お、おい!?」


 置いて行かれないよう優志も懸命にダッシュするが、そこは現役の冒険者と深刻な運動不足が気になる元サラリーマン――スピードにもスタミナにも差があり過ぎた。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」


 全力疾走では数分ともたず。

 限界を迎えた優志の足腰は強制的に活動停止。

 手近な岩に腰を下ろして荒れ放題の呼吸を整えていると、


「ここにいたのか!」


 慌てた様子でエミリーが戻って来た。


「随分と探したんだぞ!」

「いや、それはこっちのセリフだって」

「? 息が荒いようだが……もしや疲れたのか?」

「まあね」

「……まだ何もしていないじゃないか」


 困惑するエミリー。

 どうやら、優志の体力のなさはこの世界においては規格外らしかった。


「俺の体力のなさはあとで弁解するとして、一体何に驚いていたんだ?」

「あ、ああ、実は先ほどの遠吠えだが――恐らくダイヤモンドウルフのものだ」

「ダイヤモンドウルフ?」


 なんとなく高値がつきそうな名前ではある。


「とても希少なモンスターで、背中にたくさんのダイヤモンドが生えているんだ。そのダイヤはただのダイヤの違ってかなりの高額で取引されている」


 ダイヤモンドという鉱石が優志のいた世界と同じく高価な代物であることは理解できたのだが、そのダイヤモンドウルフとかいうモンスターの背中に生えているヤツは通常のダイヤよりもずっと高価なのだと言う。


「ただ、かなり凶暴な性格でおまけに群をなして活動していることがほとんど――まだ多くのダイヤモンドウルフがこのダンジョン内にいるものと思われます」

「逃げてきた冒険者たちはこのダイヤモンドウルフに怯えていたのか」


 敵が他にもいるというなら、早めに合流した方がいい。

 ダズのためにも、それに――たった2人で行動する優志たちのためにも。


「よし、じゃあ行こうか――っ!?」


 岩から立ち上がった優志の眼前には、いつの間にか全身が光輝く1匹のモンスターが迫っていた。その外見的特徴から、こいつがダイヤモンドウルフで間違いないだろう。


「くそっ!」


 予期せぬ襲撃に動揺を隠せない優志であったが、


「あっ!?」


 さらに驚いたのは――優志たちの背後にももう1匹ダイヤモンドウルフがその鋭い牙を剥き出しにして唸っている。


「は、挟まれた!?」


 ダンジョンの一方通行――そこに、優志とエミリーは完全に閉じ込められてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る