第22話 一段落

 お昼休憩を挟み、疲れを癒してから再び修繕作業を開始。

 ――と、


「ユージの旦那、ちょっといいですかい?」


 ダズの仲間のひとりに声をかけられて、優志は続行していた湯船製作の場をリウィルたちに任せて一旦離れる。優志を呼んだ男は風呂場を予定している場所のすぐ隣だった。


「とうかしましたか?」

「この辺りの柱なんですがね、結構痛んでいるみたいで……2階部分を支えられるかどうか怪しくて」


 男が言うには、柱に使用されている木材が古く、強度に不安があると言う。


「この辺りだけですか?」

「ええ。他の場所の柱は魔鉱石を使用して補強をすればなんとかなりそうですが、ここらのだけはダメージが深刻で」

「なるほど……」


 考え込む優志。

 しかし、すぐにある解決策が脳裏を過る。


「いっそ、この辺りの部屋を全部取り壊しましょう」

「えっ!? 全部って、2階部分もですかい?」

「はい」

「し、しかし、そうなると部屋数がだいぶ減っちまいますぜ?」

「かといって、取り換えるとなると大規模な作業になってしまうので、その分、店をはじめられる時期が遅くなります」

「そのリスクはわかりますが……仮に、ここら全部取り壊したとしてどうしやすか?」

「新しい部屋を作ります」


 優志は風呂場の隣に作る部屋の構想を男に聞かせた。男はこの世界の建築業に精通しているらしく、専門的な見地からの感想を求めたのだ。


「――そういったわけで、今行った効果をもたらす魔鉱石があると助かるんだけど」

「ありますぜ」


 男はそう言うが、表情は冴えなかった。


「もしかして……入手難易度が高い?」

「そこまでめちゃくちゃ高いというわけじゃありやせんがね。少なくともヒートに匹敵する額にはなりますな」

「アレと同等か……」

 

 優志としては是非とも採用したいものであったが、それを実現するために必要不可欠な魔鉱石はヒートに匹敵する高価な品らしく、そう易々と手に入るものではないらしい。


「ダズのパーティーでも手に入れづらいのか」

「お力になれなくて申しわねぇっす」

「ああ、いやいや。気にしないでいいよ」


 完全不可能というわけではないのだ。

 市場に出回った時、すぐに購入できるよう町長にも口添えをしておいた方がよさそうだ。


 とりあえず、ボロ部屋の改装は後回しにすることとした。それまでの間は安全の問題上、人が絶対に近寄らないよう簡単なバリケードを作っておいた。


「さて、他の場所はどうかな」


 事のついでだと、優志は食堂周辺を見て回る。

 ジームの宿屋にある食堂に比べると規模は小さめで、一度に収容できる人数はざっと見積もって30人程度か。

 

「さっきの部屋をアレに改装するとして、その真上にあった客室はなくなるから食堂の席の数としては問題ないか」


 宿泊用の施設もあるが、優志がこの店であくまでもメインにしたいと考えているのは己のスキルを存分に発揮したもの――つまりは「癒し」だ。


 フォーブの街にはすでに2軒の宿屋が存在している。


 ひとつはオーソドックスな宿屋で、もうひとつは大変珍しい、女性店長が仕切る女性冒険者専用の宿屋である。

 

「女性専用宿屋とは……世界は違っても考えることは同じなのかね」


 そのうち、女性専用ダンジョンなんてものが出てくるかもしれないな、と笑いながら考えていたが、本題を思い出して気を引き締める。


 優志がコンセプトの根底に定めているのは他店との差別化だ。優志としても店同士が潰し合う行為は望むところではない。店を始める前には両宿屋へ一度挨拶に伺わなければならないだろうし、その際にこの店の経営スタイルをきちんと説明しておく必要があると優志は考えていた。


「ベッドのある部屋は、それこそ治療用と割り切ってしまってもいいかもしれないな」


 激しい戦闘で疲弊しきった冒険者たちをここで癒し、街にある宿屋に元気な状態で返してやる。それが、優志の考えるこの店の役割だ。


「そのためにも……」


 ひと通り考えをまとめたところで、優志は己の右手へ視線を移す。

 なんの変哲もないただの右手。

 自分の大切な体の一部。


 だが、ここから人を癒す不思議な力が生まれてくる。


 ――まだ、その全容を把握しきっていない。


 美弦もまだ自分がどれほどの召喚獣を呼び出せるのかわかっていないように、優志も己の能力の限界を知らない。


「もっといろいろ試してみないとな」


 何か、新しい発見があるかもしれない。

 それがまた、新しいビジネスを生む可能性も秘めている。


 ギュッと拳を握る。

 果たして、自分がどこまでやれるのか。

 魔王を倒せるような凄いスキルじゃなくてもいい。

 誰かの役に立つものであるならば。


「ユージさん、大体塗り終えましたよ」


 食堂で佇む優志を見つけた美弦が、作業の終了を知らせに来てくれた。


「よし。検査をして異常がなければ、早速湯を張ってみよう」


 いよいよ、自分のスキルの可能性を試す時が来た。

 優志は拳へさらに力を込め、ダズたちのもとへと急いだ。

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