第21話 湯船を造ろう

 記念すべき異世界での店舗経営(まだ開業に至っていないが)の初日。

 フォーブの街で必要な道具を購入してから廃宿屋へ戻ると、



「待っていたぜ、ユージ!!」



 優志、リウィル、美弦の3人を出迎えたのは、ダズをはじめとする屈強なマッチョマン総勢10名だった。


「我がパーティーの力自慢はもちろん、とりあえず手当たり次第に声をかけて集まってくれた冒険者仲間たちだ!」


 どうやらダズのパーティーのメンバー以外にも、声をかけて集まってくれた人たちがいたようだ。

 ダズの話では、昨夜酒場で町長が大々的に呼びかけていたそうだが、急な話だったため集まりが悪かったのだという。だが、優志からしてみれば、


「これだけの人が集まってくれただけでもありがたいですよ」

「俺はおまえに命を救われたからな。うちのパーティーを連れて来るのは当然だろう」

「リーダーの命の恩人とあったら無視はできないよな」

「その通りだぜ」


 協力的な態度を見せてくれるダズのパーティー。

 こちらは女性2人に運動不足が深刻な元サラリーマンという組み合わせなので、力仕事が得意な彼らの参戦は本当にありがたかった。


「それで、ここをどういうふうに変えていくんだ」

「ある程度プランはできているんだ」


 そう言って、優志は廃宿屋の中へ入ると、足の折れかけたテーブルの上に一枚の大きな紙を置いた。


「? こいつは?」

「図面だよ」


 図面――と優志は口にしたが、専門的な知識は持ち合わせていないため、あくまでも「この位置にこの部屋を」という程度のもので、どちらかというと見取り図と言った方が適切な代物であった。


 それをもとに、この廃宿屋を自分の理想とする店舗へと生まれ変わらせていく。


「ほうほう……で、どこから手をつけていく?」

「まずはなんといっても風呂場だ。これは欠かせないよ」

「風呂場?」


 ダズとマッチョマンたちは困惑した表情を浮かべていた。


「おまえさんの意向に背くつもりは毛頭ないが……客室は手つかずのままでいいのか?」

「もちろんそっちも大事だけど、まずはこいつを形にしたいんだ」

「つってもなぁ……」


 風呂場と聞いても、ダズたちはピンと来ていない様子だった。

 無理もない。

 彼らの想像する風呂場というのはただ体を洗う場所――優志の想像する、湯船があってリラックスできる空間とは程遠いものだ。なので、彼らの思う風呂場の修繕とは、せいぜい新しい水を溜めておける壺を用意するくらいという感覚だった。


「俺の考える風呂というのは、俺の世界にあった風呂――俺の生まれ育った国にあるものとはまるで違うものさ」

「何?」


 欧米では未だにユニットバスが主流だが、そこは日本生まれ日本育ちの日本男児――しっかりと肩まで浸かれる湯船が恋しいし、疲労回復という意味でもそのスタイルが望ましいと考えている。もちろん、自分のスキルも考慮しての湯船設置だ。


 優志はダズたちに日本の風呂と入浴の作法を教えた。

 最初は「水浴びとどう違うんだ?」などという的外れな質問が飛んできたりもしたが、湯に浸かるという風習が一切ないこの世界の住人には「なぜそんなことを?」という疑問の方が先に浮かんできているようだった。こればっかりは体験してもらわなければいけないと感じた優志は、ある約束を交わす。


「完成のあかつきにはみなさんに最初の客となってもらいたいと思います」

「その風呂を、俺たちが最初に入るのか?」

「そうです。実際に入ってみたら、俺の言っていることがわかりますよ」


 頭で理解するよりも体を動かす方が得意な彼らにはそうするのが一番だろうし、本当の客を呼び込む前に感想を聞きたいという目論見もあった。


 共同浴場の設置場所は店の奥に決めた。

 宿泊客の装備を預かる武器庫だったならば、広いスペースを確保できる。


 優志はダズたちにまず部屋の数ヵ所へ垂直に穴を掘るよう指示する。


「深さは大体このくらいで」

「了解だ」


 この世界では細かな長さの単位がないため大雑把なものになるが、ある程度掘り進めてから優志が直接穴に入って深さを確かめながら作業を続けた。


「うん。こんなものかな」


 作業開始からおよそ3時間。

 メインとなる浴場の大体の輪郭が完成した。


 問題はここからだ。

 深さを確保するため、床の木材をはがしているため、穴の周囲は土がむき出しの状態となっている。このままお湯を入れればただの泥水――ではなく、泥湯だ。


「別府なんかには実際に泥湯っていうのがあるけど……こいつは効能とかない普通の泥だからなぁ」


 ただただ汚いだけである。


「このままお湯を入れるわけにはいかないわよね」

「どうしましょうか」


 リウィルと美弦も心配そうにしているが、もちろん対策は練ってある。


「大丈夫。こういう時に、さっき街で買った魔鉱石が役に立つ」


 そう言って、優志が取り出したのはヒートと異なる灰色の魔鉱石。そいつをこれまた街で買って来た小さな器の中に入れて水を注ぐと、魔鉱石に馴染むよう棒で混ぜていく。すると、だんだんと石が溶けていき、

 

「わっ! なんだかセメントみたいになりましたよ!」


 美弦が言う通り、器の中にあった魔鉱石セメトはドロドロに溶けて液体状となったのだが、それはどう見てもセメントそのものであった。


「美弦ちゃんが言った通り、こいつはまさにセメントの役割を担う魔鉱石だ。これで土が露出している部分を覆えば、水が濁ることはないだろ?」

「そんな便利な魔鉱石があるなんて」

「板を貼りつけてその上からこいつで補強だ」


 この世界で生まれ育ったリウィルも初めて見る光景のようだった。


「仮に衝撃を受けて湯船にひびが入っても、こいつで修復ができるし、何より入手難易度が低いおかげで安価なんだよな」


 地味に嬉しい誤算だった。


「それを塗る仕事は私たちにもやらせてください!」

「力仕事じゃないなら私たちにも手伝えます!」


 リウィルと美弦が率先してセメント塗り作業を買って出てくれた。とりあえず、手元にある器とヘラの数だけ魔鉱石を使用して補強作業へと移る。道具が行き渡らなかった人たちにはそのまま第2、第3の湯船作りに励んでもらうこととした。


 作業は概ね順調に進んでいるが、


「湯を毎日入れ替えるために排水用パイプも設置しておかないとな。それと、断熱材効果がありそうな魔鉱石がきちんと機能するかテストしないと」


 まだまだ問題は山積。

 優志の異世界店舗経営はまだ始まったばかりだ。

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