第19話 新しい仲間
夜が明けた。
王都宿屋は他国から来た行商人やこれからダンジョンのあるフォーブの街へ出かける冒険者たちで早朝にも関わらず賑わいを見せていた。
食堂で落ち合った優志とリウィルが朝食をとっていると、
「お、おはようございます」
おっかなびっくりといった感じにふたりへ声をかけてきたのは――美弦だった。当然のごとく、その足元には昨晩の魔犬が寄り添っている。
「お? 目が覚めたか」
「はい……いろいろとありがとうございました」
「いいのですよ。それより、体調はどうですか?」
「特にどこか調子が悪いということはないです」
「だったら私たちと一緒に朝食をいただきませんか?」
「え? で、でも」
「お金のことなら気にしなくていいよ。ここは出しておくから」
「そ、そんな!?」
くぅ~。
「!?」
バッと大急ぎでお腹を両手で隠す美弦。しかし、それは虚しい抵抗。リウィルと優志の耳には、しかとその可愛らしいお腹の音が届いている。
ふたりは優しく微笑みながら、
「遠慮しなくていいよ」
「あ、ありがとうございます」
美弦は恐縮していたが、職探しのためのお金にはまだ余裕がある。
優志とリウィルは「どうぞ」と自分たちの間に美弦を呼び寄せてその席に座らせた。運ばれてきた料理を目の当たりにした美弦は、瞳を宝石のようにキラキラと輝かせて一番手近にあるパンを試しに頬張ってみる。
「うぅ~ん♪」
口にした瞬間、幸せそうな笑顔を浮かべる美弦。
実はまともな食事は魔王討伐に出て以来していないらしく、温かいというだけで感動のあまり涙を流すくらいだった。
「……ごめんなさいね、ミツルさん」
その様子を見ていたリウィルが、美弦へ頭を下げる。
「り、リウィルさん!?」
「リウィル……」
美弦は驚いているが、優志にはリウィルが頭を下げている理由がなんとなく察せられた。
「私たちの都合であなたたちをこの世界に招いてしまって……そのせいで、あなたは辛い経験をすることに」
「そ、そんな……最終的にこの世界へ来ることを決断したのは私ですし」
あくまでも自己責任であることを主張する美弦だが、まだ若い美弦に状況を把握して的確な判断ができたとは思えない。
「魔王討伐はたしかに辛かったですけど、私はこの世界が好きですよ。それに――」
そこで、美弦は口を閉ざしてしまった。
なんとなく、優志はこちらの事情も察した。
優志のように有無を言わさず召喚されたわけではなく、事前に二度と戻れないと前置きされても、それでもこの世界へ来ることを決意した――その裏にはきっと相当な理由があったとは容易に想像がつく。
だが、これ以上の追及は無粋だろう。
大事なのは、今この世界に高砂美弦という少女がいるという現実のみ。
「美弦ちゃん――で、いいかな?」
「は、はい」
「君のこれからについてだけど」
優志が言うと、美弦は途端に神妙な面持ちになる。
やはり、美弦自身もこれからの身の振りについて思うところがあるのだろう。魔王討伐から抜け出した今、この世界でどうやって生き抜いていくか――社会経験のなさそうな美弦には厳しい現実だ。
優志にしても、まだ何も保証されていない立場である。ハッキリ言えば、他人の心配をしている場合ではない。美弦の心配をするよりも、まずは構想にあるスキルを駆使した回復専門の店をいかに軌道に乗せるか――それに従事しなければならない。
――しかし、だからと言って今の美弦をこのままにしておくことができないのも、宮原優志という人間の性質だ。
「俺とリウィルはここから近いフォーブという街で、ダンジョンでの魔鉱石採掘を生業とする冒険者相手に商売をするつもりだ。昨夜、あの廃宿屋を訪れたのも、あそこを店舗として活用するためなんだ」
「そうだったんですね……」
美弦は項垂れる。
あそこから出て行けと遠回りに要求されたと思っているのだろう。
当然ながら、そんなわけはなく、
「こちらの世界ではあまりない業種でね。正直、成功するかどうかはやってみなくちゃわからないんだけど――よければ君にも手伝ってもらいたい。もちろん、給金は支払うよ」
優志からの提案に、美弦はしばし硬直。
だが、すぐに、
「い、いいんですか?」
優志とリウィルを交互に見て、おずおずとたずねた。
美弦にとって、自分と同じ現代日本出身の優志はこれ以上ないほど頼れる存在であるし、元神官のリウィルもこの世界の知識を持つ者として頼もしく映った。
「でも、私は魔王討伐を投げ出して――」
「勇者召喚をして魔王討伐という重責を担わせてしまったのは私たちの勝手なのですから、あなたがそんなに責任を感じることはありません。城の者が何か言って来たとしても、追い返してやりましょう。幸い、あなたには勇ましい用心棒がいることですし」
そう言って、魔犬の頭を撫でるリウィル。
もう恐怖心は微塵も感じていないようだった。
「もちろん強制じゃない。君がこの世界で他に何か成し遂げたいということがあればそちらを優先してくれて構わないし、俺たちの仕事を手伝いながら、その気持ちが芽生えたのならそこを目指してくれていい」
あくまでも手伝いであり、美弦が自力で生きていく道を探し出せたのなら、優志はそれを応援するつもりだった。
美弦にも、優志の気持ちは伝わったようで、
「はい! よろしくお願いします!」
涙で濡れていた顔は、すっかり晴れ晴れとした笑顔へと変わっていた。
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