第13話 誘い

 夕暮れ頃に王都の宿屋へと戻って来た優志はより具体的な店舗経営プランを練るべく部屋にこもった。

その際、より詳しいニーズを調査するため、宿屋の宿泊客を対象にさまざまな聞き込みを行った。その結果、


「かなりのサンプルが集まったな」


 性別、種族、職業――などなど、ともかくさまざまなタイプの人々に話を聞いた。当然ながら、かつていた世界とは、人々の考え方は大きく異なっていた。前職の職種柄、こうした市場要求の大切さは身に染みている。しかもそれが、これまでいた常識が一切通じない異世界ともなれば尚更だ。


「いろいろと話を聞いてみたが……ダズやリウィルの言った通り、回復専門の商売はそれなりに需要がありそうだな」



 この世界における身体回復の具体的な手法は大きく分けて3つ。


 アイテムと魔法とスキル。


 なんともRPG臭の強い方法だ。

 裂傷や病気について現代医療的な治療方法はない。症状の度合いによるが、大抵のものはその3つの方法で完治するようだ。


 回復系魔法で治すか。

 アイテムで治すか。

 或は、優志の持っているような回復特化スキルを使用するか。


 魔法やスキルで回復を可能とする力を持つ者は冒険者として活動しているケースがとても少なく、王国騎士団などに所属しているのがほとんどだという。


「冒険者って稼業は常に危険がつきまとう……王宮内で勤めていた方が安全だもんな」


 決して好待遇というわけではないが、命を失うリスクが大幅に減ることから、こちらを希望する者が圧倒的に多いらしい。

 さらに、そうした回復系能力に特化した者たちの大半は戦闘ステータスが乏しく、モンスターとの戦いは避けて通れない問題となる冒険者稼業には向かないという面もある。余程熟練されたパーティーでなければ、とても扱いこなせないのだ。


「それなりに客数は掴めそうだが……」


 ともかく初となる試みである以上、最初から大勝負をかけるような大規模経営を行うわけにはいかない。町長が紹介してくれる物件の規模や立地条件によるが、何もかもが初めてでシミュレーションのしようがないという状況――需要が大いに見込める要素あったとしても、繁盛店にならず消えていった店を多く見続けてきた優志にはその怖さがよくわかる。


「だからといって……このまま王都へ戻るっていうのもな」


 回復系スキル持ちが発覚した今、城へ戻り、ガレッタへ再アピールができないこともないと優志は感じていた。

 リウィルは「ダメだろう」という判断を下したが、回復系ならばどれだけの数がいても困ることはないだろう。むしろ、非常時などを想定して数を確保しておきたいという考えがあるかもしれない。


 ――だが、


「せっかく異世界へ来たんだ……やりたいことをやってやろう」


 このスキルで、異世界を生き抜く。

 サラリーマン時代に培った営業スキルとこの異世界で与えられた回復系スキルで――自分の思うままに生きる。

 いつの間にか、優志にとってそれが目標になっていた。



 コンコン。


 

 決意を新たにした直後、誰かが部屋のドアをノックした。


「ユージさん、私です。入りますよ」


 たずねてきたのはリウィルだった。


「ああ、いいよ」

「失礼しますね。夕食の支度ができたので、呼びに来ました」

「え? もうそんな時間か」


 作業に夢中となるあまり、時間が経つのをすっかり忘れてしまっていた。


「今日の夕食は私も手伝ったんですよ」

「へぇ……料理できるのか?」

「家事は得意なんですよ」


 ドヤ顔で語るリウィル。

 突き出した胸にかかるこの宿屋特製エプロンはすっかり板につき、常連客ともコミュニケーションをとって気に入られている――今やすっかり看板娘へと昇格していた。


「随分と散らかしましたねぇ……」


 腰に手を置き、呆れたようにリウィルは言った。


「少し熱心になり過ぎたようだな」

「いろんな人に話を聞いていましたものね。それで、少しは参考になりそうですか?」

「大いになりそうだよ」

「それはよかったです!」


 リウィルはまるで自分のことのように喜んでいた。


「……ユージさんは凄いですね」

「え?」

「何も知らない世界へ飛ばされて、それでも懸命に生きようとしている……勝手に呼んだ挙句に追い出されて、その元凶である私にも優しくしてくれます。正直、もっと罵倒されたりしても仕方がないと思うのに」

「誰かを恨むことで願いが叶うって歪んだ世界だったらそうしていたかもな」


 ははは、と笑って見せる優志だが、リウィルの表情は冴えない。


「それに比べて私はダメダメですよ。ガレッタさんに目をかけてもらっていたのに、結果を出せず、挙句の果てには誤ってあなたをこの世界へ召喚してしまった」

「気にするなってば。おれからすれば感謝したいくらいなんだぞ」

「感謝?」


 思いもしなかった言葉だったようで、リウィルはキョトンと優志を見つめる。


「自分で生きる道を定める――今まで俺は、ずっとそれをやれていたと思っていた。社会人になって、自分で家賃や食費を払えるようになって、年金や保険料を納めて、大人がやっていたことを自分でやれるようになったからかな。なんでも自分ひとりでできるんだって気になっていた」


 それは的外れなことじゃない。

 かつていた世界では、きっとそれが当たり前だった。

 しかし、住む環境がガラリと変わってその考えが改まった。


「思い知ったよ。俺がどれだけ恵まれていたのかを。だから、こっちへ来て、本当の意味で何もかも自分で切り拓いていかなくちゃいけなくなって、なんだかおもしろさを感じるようになったんだ」

「ユージさん……」

「だからさ、もしよかったらなんだが……リウィルにも手伝ってもらいたい」

「私にですか!?」


 またも大声で驚くリウィル。


「まあ、他にやりたいことがあるっていうならそっちの道を進んでもいいし、決まっていなくても、それが見つかるまでの間、俺がやる予定の店を手伝ってくれないかな? もちろん、賃金は払う」

「…………」


 リウィルは少し黙ったあと、


「ふ、不束者ですが、よろしくお願いします!」


 腰を90度近くにまで曲げて優志の誘いに乗ったのだった。

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