第14話 異世界事故物件
翌日。
朝食を済ませてから支度を整え、フォーブの街へ向けて宿屋を出た。
相変わらず王都は賑やかで、人懐っこい笑顔をした商人たちがすれ違うたびにいろいろと声をかけて来る。それは決して不快なものではなく、親しい友人と交わす中身のない世間話のようなものだ。
こうした交流を経て、優志はこの世界で生きていくのに必要な異世界仕様のコミュニケーション能力を高めていった。
王都を出て、フォーブの街へ向かう道中、
「うん?」
優志はある場所へ目を奪われた。
王都からフォーブの街へ向かう道には、途中で左右に分岐点がある。直進をするとそのまま街の中心部へ続く大通りに出るが、ここで左側へ逸れると魔鉱石があるダンジョンへとつながる。
優志の視線はダンジョン側へと続く道へ注がれていた。
「何かありましたか?」
足の止まった優志へ、リウィルが声をかける。
「ああ、いや……あそこに――」
優志が指をさした先にあるのは――古びた家屋だった。
ただ、家屋と呼ぶには王都やフォーブに建つ一般的なものに比べて大きく見える。
何よりも気になったのは、
「ポツンと一軒だけ離れた位置にあるんだよなぁ」
「そういえばそうですね」
多くの家屋は密集して建てられているが、あそこは一軒だけ他の家屋から離れた位置に建てられている。もっと近くから観察してみようと、優志は少し寄り道を提案し、リウィルはそれに「少しだけですよ」と条件をつけて同意。
ふたりは揃って分岐点を左に逸れていった。
「人が住んでいる様子もないな……」
「埃っぽいですしね」
大きな窓の向こう側は薄暗い。
長年手入れがされていないようで、目につくところだけでもかなり劣化している。
「でも、きちんと整備すればまだまだ使えそうですね」
「そうだな……」
リウィルと優志の見立ては一致していた。
たしかにボロい。
だが、現役を終えるにはまだ早い。
「これだけ広ければ湯船だけでなく、足湯やサウナなんかも作れそうだな」
魔鉱石の持つ効果はさまざまで、優志はまだその全容を把握したわけではない。数ある魔鉱石の中には、今優志が言った足湯やサウナを作るのに適した物があれば――優志の商売の幅もぐっと広がる。
「冒険者たちとの連携が必要になるな」
レストランがやっている契約農家みたいに、契約冒険者ってことで採取した魔鉱石を優先して購入できるようなスタイルを確立できれば楽に入手できる。だが、それを可能とするには安定した収入を得られるようになってからだろう。
ともかく、今は経営の基盤となる店舗探しに集中しなければならない。
「とりあえず、ここを町長さんに最有力候補だってことで伝えよう」
「はい!」
思わぬ形で店舗の候補を決めたふたりは町長に会うためフォーブの街へと向かう道へと戻って行った。
◇◇◇
「うーん……」
町長の家にやってきた優志とリウィルは、早速例の分岐点近くにある古い屋敷の話をしたのだが、途端に渋い顔になって俯いてしまった。
「あ、もしかして先約がいましたか?」
「そういうわけじゃないんだが……」
「では、他に何か渋る理由が?」
リウィルの追及に、町長はあきらめたのか大きく息を吐いてから説明を始めた。
「あそこには……幽霊が住んでいると噂されている」
「「ゆ、幽霊!?」」
優志とリウィルの声がピタリと揃った。
たしかに、幽霊が出てもおかしくはないオーラは出ていた。日本でも、いわゆる事故物件と呼ばれるものはあるし、きっとその類だろう。
「過去に凄惨な殺人事件があったとか?」
「そんなわけないだろ」
「じゃあ、誰かが自殺したとか?」
「それも違う。あの家は元々宿屋だったんだが、店主が酒浸りのろくでなしでな。たしか1ヶ月ほどまえに酔って客と大喧嘩した挙句、止めに入った王国騎士団の人間を殴って捕まっちまったのさ」
「えぇ……」
日本の幽霊が出る事故物件の定番といえば、大体その部屋で殺人事件だの入居者の自殺だのいわゆる「いわく付き」なのだが、そういった話はこちらの世界ではないようだ。
「じゃあ、どうして幽霊が?」
「どうしても何も……実際夜にあの家の周辺を通ると青白く光る怪しい光を見たり、人のものとは思えない恐ろしい呻き声が聞こえてくるんだから仕方がない」
「仕方がないって……」
町長の表情は強張り、その煽りを受けてリウィルまで不安な顔をし始めた。
一方、現代日本からやって来た優志は素のまま。
オカルト系の話を一切信じていない優志にとっては、「何を言っているのやら」とちょっと呆れた様子だった。
「ともかく、あそこは誰も住んでいないんですね?」
「あ、ああ、住んではいない」
「なら、俺たちがあそこに住みます」
「「えっ!?」」
今度は町長とリウィルが同時に驚いた。
「さっきの話を聞いていたでしょう!?」
「うん」
「幽霊が出るんですよ!?」
「そうだぞ! 幽霊だぞ!」
「……あの、幽霊って言うのは――」
現代科学が導き出した幽霊の正体――それを披露して存在を完全否定してやろうと思った優志だったが、その口は言葉を発する直前になって止まった。
ここは異世界だ。
現代日本じゃない。
だとすれば、幽霊と呼ばれる存在も、この世界なら普通にいるのではないか。何せ、モンスターだの魔法だのがある世界だ。今さら幽霊のひとりやふたり現れたってなんら不思議じゃない。
それでもやはり幽霊の存在を認めたくない優志は、
「わかりました。今日の夜、あの廃宿屋に入って幽霊の正体を確かめて来ます」
「ほ、本気なのか!?」
「はい」
「うぅ……少し怖いですが、私もお供します。ひとりで待っているというのも気が気じゃなさそうなので」
リウィルは葛藤の末に同行を申し出た。
優志は町長から家の鍵をもらい、夜が訪れるまでの時間、リウィルと共に街を散策。
屋敷に住めるようになったらどんな内装にするのか相談しながら、そこに飾りつけるアイテムなどを見て回ったのだった。
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