第13話 旅立つには十分な理由

「お前、そんなことで田町龍を倒せると思ってるのか?」


 時間が戻って申し訳ない。

 超アリクイとの戦闘の後、伊達カントクからこっぴどく怒られたりした。


「呪文みたいなことブツブツ言ってる場合じゃねぇんだよ。戦えよ。魔物と」


「すみませんでした、伊達さん」


「監督と呼べ!!」

 伊達カントクがキレた。

 いわゆるケツバット。


「ぎゃん!」

 世が世なら、『暴力監督』とかSNSとかで叩かれて、失職に追い込まれるやつだ。


 伊達カントクは、監督であることにプライドを持ってるようだ。


「あれ、『英語』って言うんですよ」

 マネージャーの椎名さんが、助け船を出してくれた。


(良かった。椎名さんには伝わってたみたいだ)


 


「エイゴ? 聞いたことねぇ魔法だな。なんだ松村、お前、魔法使いかよ」


「いいえ。学生です」


「チッ、それはわかってるよ。冒険者としての職業の話をしている」


「冒険者?」


「魔物を退治する冒険者だよ。沢山出現してるだろ? 魔物。超蟻喰いみたいなやつらが」


「魔物、日常茶飯事なんですね……」


「ああ。まあな。よいしょっと」

 伊達監督は、動かなくなった右翼ライト先輩パイセンの腕を掴んだ。


「松村、お前は足を持ってくれ。台車に乗せるぞ?」


「は、はい」


 完全に力が抜けていた右翼の先輩は、顔を誰かに食べさせた後のアンパンマンのようになっていた。


 なお、パンを焼き直すジャムおじさんは居ない。


 ジャムおじさんでは無い伊達おじさんは、服が赤く汚れるのも気にせず、右翼の先輩それを担いだ。



  * * *



 台車に載せられたそれが、他の先輩パイセン達に連れられて、去っていく。


 丘へと向かう一本道の上り坂だ。


 椎名さんは、野球帽を深めにかぶっていた。黒髪の長髪は頬より前に垂れている。


 監督は言った。


「魔物を倒すには、うちの野球団にも、戦士とか魔法使いとか僧侶とか、色々な職業が必要だろ? みんなで強くなって、田町龍を倒すんだよ」

 感情を殺したような声で伊達監督は言った。


「は、はあ」


「もう一回聞くぞ? 松村。お前の冒険者としての職業は、魔法使いか?」


「は、はい……英語が魔法に該当するなら……」


「ふむ、松村は魔法使い、と」

 伊達カントクは、心の中のメモ的な、羊皮紙的なやつに、心の中のペン的な、毛筆的なやつで、何やら書き入れたみたいだ。


 俺は言い直した。


「むしろ、『魔法使えない』ですね」


 だって、カタコト英語ですら覚束無い状態だったわけだから。


 ……。


 ……。


 俺の言葉の意味をカントクが理解してくれるまで、しばらくの間があった。そして口を開いた。


「使えねえ奴かよ!」

 頭を小突かれた。


 野球選手として?

 冒険者として?

 おそらく、後者。


 そして俺は、女神の森ヴィーナスフォートレスへと逃げ戻ろうとした、という次第。


 ケツバットとか、叩かれるの、嫌じゃん?


 遊びで野球やってるわけじゃないことも、先輩パイセンの死をもって、理解してしまったし。



 グラウンドを出るとき、椎名さんに「松村くん?」と呼び止められた。


「君……ここから去って、どこか他に行く宛はあるの?」


 俺は、椎名さんの洞察力に驚いて言った。

「どうしてそれを?」


「マネージャーだもん。たくさんの異世界転移者をここで見て来たから」


 野球帽の少女は、胸の前で両手を組み、俺を見上げた。


(くそ、やっぱりかわいいな)


 少女がかぶる帽子のつばからはみ出た、夕日の当たるやわらかい頬の曲線。


 椎名さんは、少し疲れたような、でも優しげな表情で言った。


「きっとあなたは、ここから逃げたしたいくらいの……でも」

 帽子を取ったその長髪が、風に流れる


「教えて? 松村くん。あなたは……」


 ……。


 グラウンド出口にはもう部員はいなかった。カントクも。


「俺は……」


「うん」


「村松」


「うん?」


「俺の本当の名は、松村じゃない。村松なんだ」


「な、何を言っているの? 名? 苗字?」


 俺の行き先を心配してくれた彼女に、本名で応えただけだ。


「じゃ」

 お別れはサッパリと。クールに。


「ちょっと! 松村くん! ん? 村松くん?」


 椎名さんの困惑声が風に消える。


 そして俺は、女神の森ヴィーナス・フォートレスを目指したんだ。

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