cherish

綿麻きぬ

大事にする、心に抱く

 ふと、目をあける。すると、私は海の中にいた。呼吸はできる。仰向けでゆっくりゆっくり静かに沈んでいっている。


 周りをみる、きれいな海だ。光が綺麗に射し込んでいて、よく澄んでいることが分かる。


 静かな海だ。私以外誰もいなく、何もない。さびしさがある海だ。


 どんどん私は沈んでいっている。沈むにつれて息が苦しくなっていく。


 苦しくなる中、『私はなんでここにいるのか』不思議に思い始めた。


 思い始めた中でも、私はまだまだ沈んでいく。


 きれいな海、静かな海、さびしさがある海、それが少しずつ様相を変えていった。


 周りには私が捨てたゴミ達が私と一緒に落ちている。大きいもの、小さいもの、軽いもの、重いもの、様々なものが落ちていく。


 私はいつ、これらを捨てたんだろう? 捨てたことは確かだか、いつ捨てたかは記憶にはない。もう捨てたことさえわすれてしまったものさえある。


 随分、深くまで落ちていった。光の射し込んでいる量は減っていっている。


 周りが見えなくなってきて、私は怖さを覚えていく。


 すると、背中に衝撃を受けた。どうやら、底に着いたようだ。息が苦しいのを我慢して、怖さに震えながら、ゆっくり立つ。


 目の前にゴミで出来た私が立っていた。


 そいつは私に話かけた。


「やぁ、私。久しいね」


「えぇ、私。会いたかった」


 本当は会いたくなかった。見たくなかった。私が捨てたゴミ達を。


「こんなにゴミを捨てた私はどう?」


「そうね......」


 この質問に私はなんと答えればいいのだろう?

 おかげで成長できたと皮肉を言うべき? それとも、寂しいと純粋に認めるべき?


 けど、私はどれも正解であり、正解でないことを知っている。どう答えたらいいか分からず沈黙する。


「なんか、答えたらどう?」


 そいつは言う。私は答えようがなくひたすらに口をつぐむ。


「じゃ、昔話をするか」


「いい、そんなことしなくて」


 強く、拒否する。


 そんなことしたら、私はゴミ達を持ち帰りたくなるではないか。でも、持ち帰れないのは分かっている。


「じゃ、どうするの?」


「何もしない」


「ふーん、ここに来た意味分かってるでしょ?」


 そう、私は落ちていく中で分かっていった。


 失いたくなかったのだこれらを。取り戻したかったんだそれらを。


「腹を割って話そうか?」


「ええ」


 あいつの本音を、私の叫びを伝えあわなければ帰れないのを知っているし、私は前に進めない。


「初めに私の頭の部分が何で出来てるかわかる?」


「いいえ、分からないわ」


 形、模様などからそれは高校の頃に捨てたものだろう。でも、なんだったかは分からない。


「そう。これはね、私が信じてやまなくて、願ってたことだよ。」


 思い出しそうで思い出せない。記憶の角に引っ掛かっている。一番、捨ててはいけなかったもの。


「まだ、思い出せない?」


「そうね。まだ、思い出せないわ。」


「答えを言うよ。心だよ、心」


 あぁ、私は捨ててしまったのだ。


「他にも体は夢から出来てるし、腕は信念、足は希望、他にもまだまだお前が捨てたものはあるだろ。」


 そうだ、そうだ、私は、私は捨てたのだ。


 この世界を生き延びるために、死ぬために。


「そうよ、捨てたのよ。戻らないと知りながら。私だって捨てたくなかったよ。それはあなただって分かってるでしょ?」


 そうだ、絶対に後悔などしない。してはいけない。


「えぇ、知ってるわ。だって私は私だから。それであなたが虚無になり生きていられて、私が充実して死んでいく。あなたはそれを分かって捨てた」


 図星だ。図星すぎて何も言えない。何かを発しなければと思うが口が開かない。


「あなたにとってそれが必須だってことは分かる。でもね、私は私に生きて欲しいの」


 この言葉が私にないはずの心に刺さった。


「私だって、私だって、生きてたいよ。こんなに色々な物を捨ててまで生きてたくないよ。返してよ、返してよ、私が捨てたものを。私が捨てたけど、捨てさせられたものを返してよ」


 私はまだ叫ぶ。心の叫びをあげる。


「知ってるよ、もう、戻らないことも。私が捨てすぎたことも。助けてよ、助けてよ、こんなに捨てさす世界から、捨ててしまう私から」


 私は答えた。


「大丈夫、捨ててしまったものも戻ることがあるから。もうあなたはちゃんと手の中にあるから、今度は離しちゃダメだよ」


 手の中を見ると、そこには何かがあることが分かる。


 そこからは早かった。


 意識が遠のく中、振り絞って願いを言う。


「まって」


「じゃあね、今度は会いたくないな」


 目を開けるとそこは病室だった。


 私は泣いた、哭いた、叫んだ、嗚咽した。心の限り今に思う。

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cherish 綿麻きぬ @wataasa_kinu

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