第14話 未来のふたりを覗いてみる
「占いの結果が悪かった?」
小戸森さんは呆れたように言った。
「それでこんなに落ちこんでるの?」
「落ちこんでるっていうか……」
今日の僕がぼうっとしがちなのは落ちこんでいるのが直接の原因ではない。
昨晩のこと。そろそろ寝ようかと自室に向かおうとしたところ、リビングのテレビにとあるニュースバラエティが映っていた。そのワンコーナーとして星座占いをやっていたのだ。
そこでなんとなく足を止めてしまったのが運の尽きだった。
僕の山羊座の運勢は『吉』だった。悪くはない。でも、添えられた文言が僕を打ちのめした。
『大切な人としばらく疎遠になるかも』
いまの僕がもっとも恐れる場所を、その占いはピンポイントで爆撃してきたのだ。
たかが占いだと笑い飛ばしてはみたものの、その日の夜はほとんど眠れなかった。占いの内容が現実になってしまったらと思うと、不安と焦りをミックスしたような感情が浮かんできて身体がかあっと熱くなり、睡眠どころではなくなった。
だからぼうっとしているのは落ちこんでいるというよりは、睡眠不足が主な原因なのである。もちろん落ちこんでもいるが。
ちなみにその占いによると、今週のラッキースポットは『空き地』だそうだ。
なにが空き地だ。占いのせいで僕の心がぽっかりと空き地になった気分だ。
僕はそのことを、いつもの放課後の密会で小戸森さんに話した。『大切な人としばらく疎遠になるかも』という文言は秘密にして。
「やっぱり園生くんは信心深いんだね」
納得顔でうんうん頷く小戸森さん。
「でも占いって、適当に言ってるだけだからね」
「ええ? でも占いは統計学とか言われてるし、けっこう当たる気がするんだけど」
「『交通事故を起こした日本人の多くは、その日の朝食か昼食にお米を食べていた』。この場合、交通事故を起こしてしまったのはお米を食べたから? 違うでしょ? お米を星座に置きかえてみて」
僕は思わず「ああ……」と感心の声をあげてしまった。
「占いにはカウンセリングの意味合いもあるし、全否定するわけじゃないけど。将来を知りたいと思うのも人情だしね」
「まあ、そうだね」
「そこでこのスマホ!」
小戸森さんはにこっと笑って、ポケットからスマホをとりだした。なんだかテレビショッピングのひとみたいだ。
「これで園生くんの未来を見よう」
「未来を、見る?」
「占いなんてあやふやなものじゃなくて、起こるべくして起こる未来を見るの」
石垣から数メートルほど距離をとり、小戸森さんはカメラを向けてきた。
「明日以降の園生くんを、カメラを通してのぞき見る。まさに未来ドキュメンタリー」
スマホの画面を指でなぞる。いつものペンタクルを描いているらしい。
「今回は大丈夫?」
以前『過去の僕』をカメラに写そうと試み、失敗したことを思い出した。あのときは祭壇まで使って大がかりにやっていたのに、今回はペンタクルを描くだけでうまくいくのだろうか。
小戸森さんは少しむっとした。
「あの時点で術式は完成しているから、今回は呼び出すだけで大丈夫なの」
と、画面をタップする。
「ほらちゃんと映った。明日の、同じ時間の石垣……」
小戸森さんは眉をひそめた。
「え、え? なにその顔。僕はどんな感じ?」
「いない」
「え?」
「園生くんがいない。というか、ふたりともいない」
明日は平日だから、いつもどおり密会を
なにかアクシデントがあった――いや、あるのだろうか。
僕は石垣から飛び降りて小戸森さんに駆けよった。
「ほんとにいない? ちょっと時間がずれてるとか、見きれてるとか……」
と、画面を覗きこもうとしたそのとき。
頬と頬がくっつくほど接近していることに気がつき、ふたりとも跳ねるように距離をとった。
「あ、ご、ごめん急に」
「う、ううん。べつに、いいけど……」
小戸森さんは恥ずかしそうに顔をうつむかせ、かぶりを振った。
「あ」
彼女はスマホの画面に目を落とし、短く声をあげた。
「時間が飛んじゃった」
「時間が飛んだ……?」
「多分、十年ぐらい」
スマホを持ちあげ、石垣をフレームに入れる。
「あっ」
小戸森さんがまた短い声をあげた。でも今度はなにかに気がついたというより、驚いて声をあげたという感じだった。
いったいなにが映ったのだろう。気になった僕は彼女の斜め後ろに回って、背伸びをして画面を見た。
そこにはふたりの男女が映っていた。いつもの僕らみたいに石垣に並んで座っている。
――十年後にも、僕らみたいにここで密会する子がいるのか。
と、思ったのだが、よく見るとふたりは私服で、しかも大人のようだった。年の頃なら20代半ばくらい。女性のほうは長い黒髪がきれいだった。まるで小戸森さんみたいだ。
僕らと違ってふたりは、お互いもたれるように寄り添っていて、仲睦まじい様子だった。デート中だろうか。
――うらやましい……。
僕が羨望の眼差しを向けていると、小戸森さんがはっと息を飲み、スマホを胸に抱くみたいにして隠してしまった。
「どうしたの?」
僕の声に弾かれたように振り向いた小戸森さんの顔は真っ赤だった。目を見開き、ぶんぶんと首を振る。
「な、なななんでもない」
「いまの女のひと、小戸森さん――」
「違いますけど!?」
至近距離ですっとんきょうな声をたてられ、耳がキーンとなった。
「――小戸森さんに似てるなって言おうとしたんだけど」
「あ、あ~……。まあ本にn――」
「え?」
「ほ、ほんに似てますなあ!」
「うん……」
小戸森さん史上、もっともなにを言っているのか分からない。
「と、とにかく、わたしに似てる誰かをもうちょっと見てみよう」
小戸森さんはスマホを石垣のほうにかざす。
「あ、あれ? 移動しちゃった?」
スマホのカメラでぐるりと周囲を見回した。
「いた!」
そう言って駆けだした。僕は慌てて呼びとめた。
「え、ちょっと待って! 追うの?」
「追う!」
「でも、ふたりに悪いよ」
「悪くない!」
言いきられた。
「わたしが許可するんだから問題ない。あとは園生くんが許可すれば」
「え、なんで?」
「だって――」
小戸森さんはなにか言いかけたが、手で口を塞いで言葉をシャットアウトした。そしてちょっと怒ったみたいに言う。
「未来はまだないんだから、ふたりにプライバシーなんかないの!」
「そう、なの?」
「そうなの! 行くよ!」
と走っていってしまった。
「寝不足なんだけど……」
僕は小さくぼやいてから、彼女のあとを駆け足で追った。
◇
スマホの画面に映った未来のふたりは商店街を歩いている。
画面のなかには確かにふたりがいるのに、顔をあげて現在の商店街を見るとそこにふたりはいない。すごく不思議な気持ちになる。
ふたりは手をつないで歩いている。背中しか見えないが、すごく仲がよさそうだ。
小戸森さんは画面を食い入るように見ながら、ふたりのあとをつけている。
「ねえ、なんで追うの?」
「大事なことだから」
――なにが?
小戸森さんの表情はとても真剣なんだけど、ちょっと頬が赤らんでいて、熱に浮かされたような目をしていた。まるで甘い恋愛映画でも観ているかのような表情だ。
未来のふたりはそのまま商店街を抜けて、デパートの『ディオン』へ入っていった。僕らも彼らのあとにならい、自動ドアをくぐる。
さすがにお店のなかでは大っぴらに撮影するわけにもいかず、小戸森さんはスマホをいじるふりをしながら、未来のふたりの足元だけ映して尾行する。
ふたりは衣料品売り場へ入っていった。
「痛っ」
小戸森さんが陳列棚に足をぶつけてうずくまった。十年後と現在では棚の配置が当然違う。
「小戸森さん、大丈夫?」
「大丈夫。それよりふたりを追わないと」
小戸森さんはカメラを周囲に向ける。
――らしくない。
彼女がこんなふうに、周りの目を顧みず行動するのをはじめて見た気がする。あのふたりの、いったいなにがそんなに気になるんだろう。
未来のふたりはTシャツを購入したようだった。胸に大きなプリントのあるシャツだった。
男性がTシャツの入ったレジ袋を持ち、空いたほうの手で当然のように女性の手を握り、ふたりはディオンを出た。
彼らがつぎに向かったのは『ミルクパーラー林田』だった。
以前ここで小戸森さんとソフトクリームを食べた。こちらは秋だが、未来のあちらは夏であるらしく、オープンカフェのパラソルつきテーブルが店先に並んでいた。
――なんかこのふたり、僕らが行ったことのあるところばかり訪れてない?
まあ、このあたりでカップルで楽しめる場所は多くないから、被ってしまうのは仕方ない。
――カップルで……。
僕は小戸森さんと、カップルで赴く場所に何度も行っている。
――ちょっとは距離が縮まってるんだろうか?
全然、そんな気がしない。
――小戸森さん、ソフトクリーム好きだったよな……?
せっかく一緒にいるのだから、少しでもポイントを稼ぎたい。そう考えた僕は、真剣な表情でスマホの画面を覗きこむ小戸森さんに声をかけた。
「せっかくだし、ソフトクリーム食べない?」
小戸森さんは長い黒髪が水平に持ちあがるくらいの勢いで振りかえった。かっと目をむいて僕を見る。僕はびくりと首をすぼめた。
「ご、ごめん、いまそれどころじゃな」
「レアチーズミックスをお願いっ」
「あ、食べるのね……」
小戸森さんから500円玉を受けとり、ミルクパーラー林田の店内に入った。
レアチーズミックスと、ふつうのミルクソフトクリームを受けとる。オレンジ色のかわいい制服を着た店員さんは、なにもないところにカメラを向けている小戸森さんを興味津々といった目で見た。
「お連れの方、なにをしてらっしゃるんですか?」
「僕もよく分からないんです……」
両手にソフトクリームを持って店を出ると、小戸森さんがうちわでも
「早く早く! 行っちゃった!」
と、急かされたが、柔らかいソフトクリームを持って走ることなどできず、僕はできるだけ身体を揺らさないように気をつけながら大股で歩いた。
「ありがとう」
小戸森さんはレアチーズのソフトクリームを受けとると、ぱくっとかぶりつくように食べた。
口のなかで溶かし、飲みこんだあと、二口目を食べる。
「……追わないの?」
小戸森さんは二口目を飲みこんでから言う。
「歩きながら食べたらソフトクリームに失礼でしょ」
彼女なりのポリシーがあるらしい。僕も慌ててソフトクリームにかぶりついた。
コーンまでしっかり食べ終えた僕らは未来のふたりを探したが、ポリシーを遵守しているあいだに遠くまで行ってしまったらしく、完全に見失った。
僕は公園の車止めの柵に座りこんだ。寝不足で走り回ったためか身体が重い。汗もびっしょりだった。
「もうさすがに見つけるのは無理じゃない?」
小戸森さんは座らずに、あたりをきょろきょろしている。まだあきらめていないようだ。
「もう帰ろうよ。薄暗くなってきたし」
「こうなったら占いに頼るしかない」
「占い?」
僕の問いに答えることなく、小戸森さんは駆けだした。
「ええ……?」
膝に力を込めてなんとか立ちあがると、足を引きずるようにして彼女のあとを追う。
小戸森さんは路地を何度も折れて、住宅街を抜け、坂道を下り、ようやく足を止めた。
少し遅れて追いついた僕は、激しくむせてからなんとか声を出した。
「ここ……空き地……?」
広大な空き地だった。あまりの広さにほとんど草原に見える。噂ではここに住宅やマンションが建つらしいのだが、いまは建設予定を示す看板すら立っていない。
小戸森さんはスマホをかかげた。
画面に自動ドアが映る。どうやらそれはマンションのエントランスのようだった。
カメラを上方に向ける。
落ち着いたブラウンを基調にした、十階建てくらいのマンションだった。
ある一室の明かりがぱっと灯る。
暖かい光。未来のふたりの部屋だろうか?
小戸森さんはその部屋をじっと見つめていた。
「小戸森さんなら、ホウキで空を飛んで確かめられるんじゃない?」
そう提案したが、小戸森さんは脱力したようにスマホを下ろし、ゆるゆるとかぶりを振った。
「やめておく。ちょっと怖くなっちゃった」
「怖い……?」
「完璧に未来が分かってしまったら、現在のわたしたちの行動が変わって、未来が変わってしまうかもしれないから」
彼女はは僕のほうを向いて微笑む。
「当たるも八卦当たらぬも八卦、くらいがちょうどいいのかもね」
「……そうだね」
僕が彼女とこんなに親しくなれるなんて、入学した当時は考えもしなかった。もしもそれを事前に知っていたら、僕らは今と同じ場所に立てていただろうか?
分からない。でも、分からないからこそ、今が尊いと思える。
挨拶をかわし、背を向けた小戸森さんに僕は声をかけた。
「また明日」
小戸森さんは振りかえって言う。
「また明日」
そして去っていった。
遠い未来は分からないけど、とりあえず、明日もまた小戸森さんと会おう。今度はどんな魔法を見せてくれるのか。分からないからこそ不安だし、楽しみでもある。
◇
翌日の朝、僕は一時限目開始の時間を自宅のベッドで迎えた。
「っくしっ!!」
僕はくしゃみをした。
風邪をひいたのだ。
寝不足で体調不良なうえ、走り回って汗びっしょりになり、くわえてソフトクリームを急いで食べて身体を冷やしたことが祟ったらしい。
熱が39度を超えて、起きあがるのもつらい。何日かは休むことになるだろう。
――また明日って言ったのに……。
占いの文言を思い出す。
『大切な人としばらく疎遠になるかも』
「それは当たるのかよぉ……!」
僕のガラガラ声が空しく部屋に響いた。
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