CCC 河童懲罰C****
久佐馬野景
Season1
河童懲罰の死体
防除班のメンバーが持ち場についたのを手元のスマートフォンに偽装した端末で確認すると、
ご迷惑をおかけしております
害虫・害獣の駆除をしています
危険ですので立ち入らないでください
CAPPA CLEAN CENTER
デフォルメされた河童のマスコットキャラクターが末尾に描かれたその立て看板の横に立つアリスに向けられる視線から、両者に等しい不信感が伝わってくる。
服装こそ害獣防除のための白い防護服姿だが、マスクを外して露わにしているその顔を見れば誰でも不安に思うだろう。
黒く焼いた肌。デコレーションしたかのような化粧。脱色しパーマをかけた髪の毛。そうした糊塗の下でも、まだ未成年だとはっきりわかる目鼻立ち。
「人払いはすんだか」
目立たないように耳に入れてあるインカムから厳めしい男の声がする。
「ういっす」
マイク部分を引き寄せることをせずともアリスの声を選別して集音してくれる。
「家が無駄に広い。お前も入れ」
「マジっすか」
言うが早いが防護マスクを片手に持って、立て看板の後ろの空き家に足を踏み入れる。
「アリスちゃん、あんま浮かれんなよ」
防護マスクを放り出した玄関すぐで電気警棒を構えたままの
「はー、班長サーン、あたし北村サンと組むのヤなんすけど」
「言っただろ。無駄に広い。水場はそこ以外にもある。確認して発見しなければ台所で合流だ」
アリスは間延びした返事をして、北村と素早く視線を交わす。こうした作戦行為に防護マスクは邪魔になる。現場への突入前は被るのが決まりになっているが、実際に行動する場合にマスクをつける者はいない。
玄関を入ってすぐのドア。構造上、間違いなくトイレであるそのドアノブにアリスが手をかけ、北村が電気警棒を最速で突き出せるように身構える。
再びアイコンタクト。そのあとの呼吸の合わせ方はとっくに身についている。
アリスが勢いよくドアを押し開け、同時にその影から北村が躍り出る。
「ハズレ」
様式便座と茶色くなった買い置きのトイレットペーパーが置かれたその空間には、目当てのものはない。舌打ちとともにトイレを出ると、廊下を警戒しながら進み、リビングにつながるドアの前で待機。
反対側にも二人のメンバーが待機完了。インカムからの指示で、全員が同時にリビング――同じ空間にあるダイニングキッチンへと突入した。
「またハズレ」
殺傷力を出せるように製造されたエアガンの猟銃の銃口を下げて、
「あとは――」
「風呂だな。班長と合流。そこもハズレなら二階」
小林の疑問に即座に岸が答える。
しばし警戒を解いている面々に挟まれながらも、アリスは台所のシンクを隅々まで点検していた。
――ぴた。
水滴の落ちる音。蛇口から一滴、水がシンクへと落下した。
「北村サン、この空き家、水道生きてました?」
「いや? 電気水道ガス全部止まってるよ」
アリスは目を細めながら、シンクにへばりついた水滴に顔を近づけていく。
耳元で轟音。慌てて距離を取ると、蛇口から勢いよく水が流れ出ていた。
いや、そんな生易しいものではない。細い蛇口から出るとは到底思えない、水道管の破裂のような勢いで水が噴き上がっている。
そしてそれを上回るスピードで、空き家の床は水浸しになっていった。
「どうした」
二階に待機する班長の静かだが強い声。
「水です。恐らく概念形成体の水で床が覆われました」
岸が冷静に報告する。
「あちゃー。〈
北村は面倒そうに顰め面をして、ほかのメンバーに目顔で確認を取る。
「大丈夫だよな?」
不安げな小林を北村が電気警棒の柄で小突く。
「相手の土俵に乗らなきゃいいだけだよ。俺ら全員、この水が概念形成体だと理解してる。してるだろ?」
頷くメンバーを見て、北村は薄ら笑いを浮かべながら電気警棒を振り上げる。
「漏電ですよー! っと!」
くるぶしまで上がってきている水に、高圧電流の流れる警棒を突き立てる。
獣のような悲鳴が上がった。
それを合図に、アリスたちは各々が武器を構える。
すでに水は引いていた。そして北村が振り下ろした電気警棒のすぐ下に、それはいた。
背格好は人間の子供ほど。だが鱗とも体毛ともとれない、あるいはそれらが混在したものが滅茶苦茶に身体中を覆っている。それに覆われていない背中の部分には瘤のような「甲羅」。左右の長さも形状も違う手足の先には「水かき」。無作為に投げてはまったような別々の位置に目玉が二つあり、その間に突き出ている「嘴」。
アリスたちのターゲット。
呼称は、河童。
「懲罰、開始」
まず小林が発砲すると、河童は四つん這いのまま高速で床を駆ける。
「速いな。〈
「キュウリで釣りますか」
「そんな段階じゃないだろう。第一接触ずみの河童にキュウリが有効なのは懲罰完了後だ」
岸が真剣に講釈を垂れるのを、アリスは一笑に付した。
「アリスちゃん、いま冗談言ってる場合じゃないからねー」
北村はそうフォローしながら、岸の堅物さをアリスと一緒に笑う。
岸は仏頂面をより顰めると、廊下に飛び出そうとする河童の足を正確に撃ち抜く。
「ナイス順さん! 小林、縄、縄」
動きを止められた河童はうずくまり、その上に北村が馬乗りになる。忍び笑いと一緒に目立たないよう河童の胴に何度も電気警棒を押し当てているが、皆見ないふりをした。
小林から渡された麻縄をほどくことなど度外視した荒っぽさで河童の身体に巻きつけると、やっと河童の上からどく。
「第一工程として、吊るし上げを開始する」
廊下へと続くドアの頂部にかけれた麻縄が引っ張られ、河童は獣から鳥か虫かもわからない呻き声を上げながらドアに磔にされるように吊るし上げられた。
「ノルマが溜まっている。三分以内に反省が見られない場合は第二工程に移行する」
「順さん、そんな慌てなくてもいいじゃないですか」
笑いながら、北村は河童の腹部に拳をめり込ませる。業務上必要な行為なので口を出す者はいない。
「北村サン、岸サンはアンタに三分やるって言ってあげてんすよ」
アリスが言うと、北村は驚いたように眉を上げてその場でステップを踏み、ボクサーの真似事で河童に拳を連続で撃ち込む。
「順さんも冗談言えるんですね」
「そうだな。三分だ。小林、鉈を出せ」
残念がるように小林から鉈を受け取った北村は、その綺麗に研がれた刃先を見てまた不満を漏らす。
「スパっとやるんじゃつまんないじゃないですか」
「黙ってやれ。第二工程として、切断を開始する」
「はいよーっと」
岸の言葉を受けて、北村は鼻歌混じりに鉈を河童の右腕の付け根に振り下ろした。
悲鳴と青緑色の飛沫が上がる。
「切断した部分は損壊しないように」
「わかってますよ。ほい、アリスちゃん」
床に落ちた河童の腕を放ってよこした北村に不信の視線を送りながら、アリスはキャッチした腕を保存用の液体の入ったビニール袋に押し込む。
「おー、粘るねー。嬉しいなあ。次は左をいっちゃうぞ?」
嬉々として鉈を無意味に振り回す北村の笑顔を、河童の目が捉えた。
耳鳴りのような高い音を上げ始めた河童の頭頂部から、それまで視認できていなかったものが排出される。
「〈
岸は河童から排出された〈
小林がノートパソコンに外付けされた「読み込み機」に〈
「班長、読み込み作業中です。撤収の準備をお願いします」
「オネガイシマスオネガイシマスオネガイシマス」
インカムから聞こえた子供のような声に、全員が戦慄する。
「班長! 応答してください!」
「クソ! 順さんと小林はここにいろ。アリスちゃんは俺と一緒に二階。行くぞ」
確かに緊迫し周章はしているが、北村の唇の端は自然と吊り上がっている。
これだからこの男と一緒はヤなんだけど、と口に出す余裕は残念ながら今はない。
二階に上がる階段を両側から二歩ずつ離れて進む。北村が前、アリスが後ろだ。
「どう、なんか視える?」
「さっきのやつみたいな水は形成されてないっすね。いるなら水場」
「二階はトイレだけだったよな。でも班長が一人で近づくとは思えんなあ」
無言で首肯する。捕捉した河童の数は一匹だけであったし、これまで同じ場所に二匹以上の河童が同時に出現したことはない。だがあの男ならばその上でも一人で独断行動は起こさない。司令塔と「お目付け役」を任された
二階に上がってすぐにトイレのドアがある。アリスは階下でやったのと同じように北村と呼吸を合わせたが、中は空だった。
「班長ぉー?」
北村が一歩一歩確認するようにゆっくりと前進しながら、姿の見えない笠井に呼びかける。
「ハンチョウハンチョウハンチョウ」
笠井のものではない声が響き、北村は急に険しい顔つきへと変わる。
「なあアリスちゃん、河童って喋んの?」
「――さあ」
少なくとも北村が今まで懲罰してきた河童に、言語を解する個体はいなかったはずだ。
それにこの河童は、単に聞いた言葉を繰り返しているだけ。完全な擬態はできていない――とアリスは心中を北村に悟られないよう冷静に思考する。
物置として使われていたであろう一室から荒い呼気が聞こえる。アリスと北村は頷き合い、武器を構えたまま部屋に踏み込む。
「班長! どうしたんすか」
置きっぱなしの段ボールにもたれかかった笠井は、脇腹から大量の血を流していた。アリスは瞬時に事態の深刻さを悟るが、それを顔には出さない。
「社外秘でね。話せないが、お前たちに頼みたいことがある。〈
「そいつって、河童ですか?」
「河童――なんだろうな。今はまだ」
魚の跳ねるような激しい音が、部屋のドアを叩いた。
「きやがったか」
「キヤガッタカキヤガッタカキヤガッタカ」
北村はドアを勢いよく開き、そのまま電気警棒を突き出す。声の位置からあたりをつけた出会い頭の一撃は、だがあえなく空を切った。
「天井! 上っす!」
アリスの声に遅れて、北村は上を見上げる。廊下の天井に張りついていたのは人間に強引に河童の特徴部位を貼りつけたような姿の河童だった。
そしてその頭には、皿がすでに露出している。
「なんだこいつ――」
「腕下げて! 食われる!」
北村はさすがの判断力で、戸惑うより先に行動に移す。直後に河童が鋭い鉤爪を振り下ろしながら落下してきていた。
「クワレルクワレルクワレル」
嘴を人間の唇のように動かし、河童は人間と同じ位置と形状の目でアリスを捕捉する。
その河童の右手に無造作に掴まれているのは――。
「CCCドライバー……!」
笠井が激しくせき込む。なぜアリスがそれを知っているという驚愕からだろうが、それを気にしている暇はなかった。
「なにあれ? ベルト?」
異様な姿の河童から距離を取ってアリスの横に並んだ北村が、軽薄な笑みを消さずにそう聞いてくる。アリスは知っているということを隠す必要があった。黙ってナイフを構え、北村と無理矢理連携を取るように促す。
絶対に取り返さなければならない。開発中だと聞いていたCCCドライバーはアリスの希望そのものだった。
河童が左腕を引くと、それが大きくしなって鞭のように二人に迫る。
「約束せしを忘るなよ」
その腕をいとも容易く掴んで、手刀で引き裂く小さな影。
子供だった。どこからどう見ても、幼い子供。違う点があるとすれば、ぼさぼさの髪の毛の中から覗く、皿だけ。
これまで確認された中で三体しか存在しない、完全な
それがアリスたちを守っていた。
違う――気付いた時にはもう遅い。
河童を足で踏みつけたまま、CCCドライバーを腰に巻く。正面中心にはその名の由来である
――CCC DRIVER
あえて無機質に設計された機械音声。
頭から〈
――DISC SAUCER
低い駆動音が響き、読み込みと構築が同時に進められる。
――CAPPA
読み込み完了の指示音声。
「川立ち男」
ドライバーをタップ。身体を這い回るように光の条が展開される。
――CHOBATSU
最終確認。それに自らの口で、応じる。
「
展開と構築は一瞬で完了する。
――CORPSE
最後の音声とともに、それは姿を現した。
甲羅が全身に巡ったように硬質な真紅の外皮。敵を害することだけに特化した凶悪な水かき。食らいついたものを破砕するために上下別々に分かれた嘴。虚ろにも輝くようにも映る、巨大なライトのような眼。
「赤い――河童……?」
「違ぇーっすよ」
アリスは泣き崩れそうになるのをあと一歩のところで堪え、目の前の相手を睨む。
「河童懲罰士――識別コード〈コープス〉」
雄叫びを上げ、〈コープス〉は足元の河童の首を掴んで目の前に持ち上げると、その首を刎ね飛ばした。
落ちた頭を拾うと、嘴を開けてそれを粉砕しながら呑み込んでいく。
「河童を、食ってるのか――」
呆然とする北村を後目に、〈コープス〉は軽やかに廊下を駆け、階段を飛び下りる。
「まずい!」
我に返り〈コープス〉を追う北村に、アリスも続く。階下には岸と小林が河童の〈
今は笠井は後回しだ。CCCドライバーを奪還することがまず第一である。
エアガンの発砲音が数度。それで岸と小林が〈コープス〉と接敵したことがわかる。
「北村! 上でなにがあった!」
岸が〈コープス〉に発砲しながらそう叫ぶ。〈コープス〉は発射された弾丸を手で掴んでつぶし、ドアに磔にされている河童に狙いを定める。
「わかんねえっすわ。社外秘だそうで。読み込みは?」
「完了してます。あとは〈
「小林サン、〈
アリスの言葉に小林が目を丸くする。
「いやでも、こんな事態だよ?」
「奴の狙いは〈
「兵頭――お前、なにを知っている」
岸の詰問もアリスは無視で押し通る。
小林は覚悟を決めたようで、読み込み機から情報を抜き取った〈
河童の頭部に〈
――EJECT
CCCドライバーから〈
その周囲は当然、アリスたち防除班が武器を構えて取り囲んでいる。
「こいつは――河童なのか……?」
先ほどまでの凶暴さをすっかり失い、その場にうなだれたまま立ち尽くす子供に銃口を向け、岸が不安げに声を発する。
「ドライバーを返せ」
アリスはそんな周囲の困惑を無視し、
「兵頭アリス。知っている。重要。大切。大事。保護対象。愛護対象」
「なにを――」
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