勇者性複数異性交遊疾患

 星が空でまたたくころ。

 どこかの街の小さな診療院には、どこからともなく、今日も患者がやってくる。

杉崎要すぎさきかなめさん」

 私は、次の患者を呼び出した。

「はい」

 返事をした男は、スーツを着ていた。

初診表に目をやると、二十七とある。ここに来る患者の中では、年齢が高いほうだ。

いたって、ふつうの会社員サラリーマンだが、なぜか背中に大剣バスタードソーを背負っている。

 ここにくるまで、銃刀法で取り締まられなかったのかとか、そういうことを診療院ここで突っ込んではいけないお約束きまりである。

「それで、どうなさいました?」

 私の問いに、杉崎は不安げに顔を上げた。

「フ、フランソワーズ? なぜ、ここに?」

 杉崎は、突然、そう言った。

「えっと。私は山野洋子です」

 私がそう名乗ると、「す、すみません」と、杉崎は頭を下げた。

 こういうことは、たまにある症例である。かなり重度の可能性が高い。

 私は気を引き締めた。

「その……胃が痛いのです」

「内科に行かれては?」

 私の言葉に杉崎は首を振った。どうやら胃痛の原因は内臓的なものではないらしい。

「あと、わかってしまうのです」

 杉崎は言葉を濁す。何がわかるのかは言わない。

「はあ」

 私は問診表を手にした。

「いつからですか?」

「半年くらいでしょうか……」

 杉崎は、私から目をそらすようにそう言った。

「私、夢で、冒険者やっていまして」

「なるほど」

「パーティは私のほかは全員、女性で……その、ハーレムなのです」

 杉崎は、私のほうを見て、顔を赤らめた。

「いえ。その、夢です。でもその夢、妙にリアルで、女性たちが私をめぐって喧嘩をしまして」

「……それで胃が痛いと?」

「はい」

 杉崎は頷いた。

「それだけじゃなくて、その……パーティの女性は、たいていが知っている女性でして」

「現実でもあなたは、お付き合いを?」

「いえ、とんでもございません。現実では、私など相手になどしてくれない高嶺の花ばかりですよ」

 彼は大慌てでそう言った。

「なんというか……夢ではよろしくしているわけですし。いろいろ秘密がわかってしまうと、その、自制心が持たなくなってきまして」

 あきらかにそわそわしながら、杉崎は答えた。

「洋子君、もういい。入ってもらいなさい」

 診察室から様子をうかがっていたのだろう。デュークの声がした。

「では、杉崎さん、どうぞ」

 私は、診察室の扉を開き、患者を招き入れた。

 デュークは私から問診票を受け取り、彼を見て、眉をしかめた。

「だいたいはわかりました。ちなみに、何がわかりすぎるのですか?」

「その……夢でつきあった女性の……3スリーサイズとか、下着ランジェリーがみえるのです」

3スリーサイズ?」

 杉崎はちらりと私のほうに目を向けた。

「86・66・88 カップD」

「なるほど」

 デュークは唸った。

「惜しい。洋子君は、バストは90で、カップはEだ」

 私は、近くにあったファイルで、デュークの頭をはたいた。

 しかし、デュークは顔色一つ変えない。

「ウエストを66とは鋭いね。素人は、50センチ台に見積もるものだ。だが、洋子君は身長が女性としては高い165センチだからね……」

「私の個人情報パーソナルデータを、開示オープンしないでいただけますか?」

 フルフルと震える拳をこらえる私を、デュークは無視する。

 そもそも、なぜ、彼が私の個人情報パーソナルデータを知っているのだ。

「まあ、それはいい。下着も見えるのかね?」

「はい。白の上下のペアものです。ただ、残念ながら、しま〇らのバーゲン品ですが」

 私は、思わず杉崎をはたいた。

 デュークは、鋭い目で、私の全身を見る……いや、私、患者なくて看護師ナースですから診察時に見る必要はないはずでは?

 そもそも、そんなふうにみても、下着ランジェリー、見えないから……たぶん。

 私は、思わず、腕で胸元を隠した。

「ふむ。なかなかに羨ましい……じゃない、かなり重症のようだ」

 デュークはそう言って、コホンと咳払いをした。

「つまり、君は、女性の下着姿が見えるのが、平気じゃないと」

「いえ、嫌ではありません。ある意味、平気ではありませんが」

 杉崎はちらりと私を見て、顔を赤らめてうつむく。何が見えているのか、聞きたくない。

「君の病はかなり進行して、合併症を起こしている」

 デュークはふうっとため息をついた。

「君の病気は、勇者性複数異性交遊疾患なのだが、異性透視を併発しているな。確かにこのままでは、君は相手の同意なしに、欲情しかねない。ああ、安心したまえ。治す方法はある」

 デュークの言葉に、杉崎はほっとしたような笑みを見せた。

「ところで、君は、四文字熟語は好きかね?」

「いえ、別に」

 杉崎が答えると「よかった」とデュークは胸をなでおろした。

「一つ提案なのだが、夢の女性の中で、誰か一人に決めることはできないのかね?」

「え?」

 杉崎は、ふっと私のほうに目を向けた。

「ああ、フランソワーズはだめだよ。うん。それ以外にしなさい。洋子君、例の部屋へ」

 私は、杉崎を別室に連れていき、座らせるとおかまのような機械マシンを頭にかぶせた。

「準備できました。医師ドクター

 私の言葉を合図に、デュークは手元のスイッチを入れる。

 ごごごっと機械音が響いた。

「うーん。これは……OPR-07-8T-35のファンタジー『ドラゴン退治ハーレム』だな」

 デュークが唸った。

「あら意外と主流派メジャーですのね」

 私はファイリングをデュークに手渡す。

「彼の場合、年齢が高いので、異界の干渉が十代と違う形に変換されている。胃痛はそのせいだな」

「女性像が、現実的リアルということですね」

「まあね。送還しておいて」

了解ラジャー

 私は部屋のそばのスイッチを押した。部屋から、桃色ピンク黒色ブラックの光が交互に明滅して、やがてしずまった。

「うん。処置完了。洋子君」

 私は部屋に入り、杉崎を再び診察室へと呼び戻す。

 杉崎は、女性の秘密が見えてしまう力には未練があったようだが、大奥ハーレムのドロドロした呪縛から解き放たれ、明らかにほっとしたようだった。

「洋子君」

 杉崎が帰った後、デュークが口を開いた。

「何でしょうか、医師ドクター

「今度、いっしょに下着店ランジェリーショップに行きましょう。高級でセクシーな下着を、私が選んであげます」

「……お断りします」

「でも、脱がしたい下着を」

黙ってストップ

 私は、デュークを睨みつける。

「この小説は、全年齢対象です」

「厳しいねえ、洋子君は」

 ふうっと、デュークがため息をついた。

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