141 仲間たち
異世界勇者と凱魔将の戦闘は熾烈をきわめた。
特にラートドナとゴウリキの闘いは烈しく、互いの手の内を知り尽くしているだけに、著しい消耗戦となっていた。ゴウリキがジャブを連打し、拳から弾丸のごとき波動が放たれる。それをラートドナが打ち払う。ラートドナも防戦一方ではない。大剣から生じる闇の靄でゴウリキに対抗する。
衝撃破が両者の間で錯綜し、中央広場はたちまち混沌の渦と化した。整備された路は弾けとび、近くの建物が粉砕される。先程まで国王批判のシュプレヒコールをあげていた人々は悲鳴をあげながら逃げ惑っている。
クレイターは、ミキモトと対峙していた。
かれは大いに不本意そうな顔をしている。
真実、こんな状況に陥るとはまったく予想外であった。
「魔王ヨルムドルを毒殺し、魔王がイルンに交代すれば楽だわよお」
ミキモトという勇者と相対しながら、一瞬かれは横目で隣をみた。その誘惑に満ちた毒を彼の耳元でささやいた人物、ラートーニはケイコMAXと対峙している。
やれやれといわんばかりの吐息を、クレイターは内心漏らした。こういう状況でなければ、どうしてくれるのだとラートーニに詰め寄っていただろう。彼の冒した危険も苦労も、まったく報われはしなかった。イルンを通過し、さらに新魔王となったヒエン・ササキ2世のせいで目茶苦茶である。ついには彼の居場所であったダーク・クリスタル・パレスから呼び出される始末だ。さんざん苦労させられたヨルムドル治世より、ひどいことになるとは……
「どうしました、今更逃げの算段ですかね?」
ミキモトが余裕たっぷりに告げた。どうやらクレイターがちらちら隣を睨んでいる様子を誤解したらしい。まったくなんという嫌な男なのだろう、とクレイターは感心した。これほど苛立たしい男は魔王軍にも存在しない。
「わかったわかった。それならちゃっちゃと貴様を片付けて、そのあとでラートーニをとっちめてやろう」
苦々しいものを怒りに変え、彼はミキモトに襲いかかった。日頃は文官としての役割に没頭しているが、もともと凱魔将のひとりに選出されたほどの魔力のもちぬしである。
「アロンジェブラ」
ミキモトはただちに応戦を開始した。だが、それはクレイターが瞬時に展開した高度な結界により阻まれる。それだけにとどまらず、クレイターは暗黒魔法を無詠唱でうちはなった。しかも連続で。今度はミキモトが守勢に回る番であった。
一方、ラートーニと相対しているケイコMAXは困惑していた。
まったく彼女が戦闘態勢をとろうとしないからである。
「ちょっと、無抵抗主義ってワケ? アタクシ弱者をいたぶる趣味わないんですけどォ」
「こちらは構わないわよ、いつでもいらっしゃいな」
「ならお言葉に甘えるわヨ」
ムエタイ独特の構え、タンガードムエイの姿勢から放たれる蹴撃の数々を、ラートーニはかわそうともしないし、反撃にうって出る気配もない。ただ結界を張って防御するのみである。ケイコMAXは戸惑いの表情を浮かべながらも、ひたすら攻撃を続行するのだった。
人々が悲鳴をあげて逃げ回る中で、ただひとり玉座で呑気に酒杯をかたむけているのが新魔王ヒエン・ササキ2世である。かれにとってみれば、異世界勇者など取るに足らぬ小物であり、単純に娯楽が増えただけのことだ。最初はそうして、この突発的に始まった見世物をにやにやと愉しげに見物していたのだが、やがて欠伸を漏らした。拮抗状態に陥った戦いに飽いたのだ。
「誰ぞある――」
王は手を拍ち、叫んだ。すぐにひとりの兵士が鞠躬如として参上した。
「その段上に並んでいる6つの首をさっさと吊るしてしまえ。不愉快だ」
兵はさっと身をひるがえし、踏み板を外すレバーの元へと向かった。
そして転倒した。彼が二度と立ち上がってこないのは明白だった。
眉間を、矢で撃ち抜かれていたのだ。
次の兵が呼ばれ、彼もまたレバーの元へと向かう途中で倒れ伏した。
矢が顔から生えている。やはり一撃の下に弓矢で射抜かれたのだ。
「何奴じゃ、余興の邪魔立てをするのは?」
民衆の一部に混じって、はるか遠くからひとりの射手が手を振った。あの距離から? と魔族たちがざわめいた。実際、かなりの技量のもちぬしであることはまちがいない。
「名乗るほどのものではありませんが、アルガスと申す者」
「名乗っておるではないか!」
「ア、アルガス? どうしてここに?」
「おお、わが愛しの姫、コーニリィン。君のためならば、空を飛び、海を越え、どんな遠くでも駆けつけよう。それが君への深い愛の証明です」
「……あ、うん、ありがと」
「おお、そのつれない返事もまた魅力!」
「ええい、きさまらのつまらぬ漫才につきあっておれるか。兵どもが役に立たぬのならば、余みずからが手を下してくれる」
ついに魔王は玉座から立ち上がった。
憤怒に満ちた足取りで、絞首台のレバーのもとへと歩みだす。すかさずアルガスが矢を放つが、魔王と化したヒエン・ササキ2世に通用するわけもない。すべて結界に阻まれ、矢は撥ね返されて彼の足元に散らばる。
「さあダーよ、今度こそ最後だ。ひざまづけ! 命乞いをしろ!」
「ひざまづけるような状態じゃなかろうに」
「それが貴様の最後のセリフだ――!」
魔王は呵呵大笑し、勢いよくレバーを引いた。
踏み板がバカッと彼らの足元でふたつに割れ、絞縄を首に巻いた状態でダーたちは落下した。彼らが悶絶する光景を想い描いていた王はにやにやと笑みを浮かべていたが、その笑顔は一瞬で凍りついた。
ダーたち6人が、足から垂直に大地へと投げ出されたからだ。
全員、両手は真後ろで縛られていたが、彼らは足をひねらぬよう、ネコのようにたくみに受身を取って着地した。立ち上がった彼らの首に、絞縄が不気味にぶらさがっている。
絞縄は中途で切断されていた。誰かが鋭利な刃物で斬り裂いたのだ。
「おのれ、どこのどいつがこのような真似を! 誰だ!」
「あたしだよ、国王陛下さま」
魔王は眼をこすった。いつのまにやら、ダーたちの背後にひとりの女性が立っている。燃えるような赤髪の冒険者、『ミラージュ』のリーダー、ベスリオスだった。
「おのれ、貴様もこの魔王に対して反逆する不届き者か!」
「あたしだけじゃないけどね」
民衆の一部から歓声があがった。一部の民衆が暴徒化したのか。
一瞬、国王はそう錯覚した。だが、そうではなかった。
彼らは全員武装し、剣や弓を手に突進してくる。暴徒という生易しいものではない。彼らはみな冒険者であった。
中央広場を守る兵たちが、あわててその前に立ちふさがり、闘いとなった。だが、腕の差はあきらかだった。なかでもひときわ眼を瞠る活躍を見せるのは、先頭に立った蒼い鎧の戦士であった。
「おう、あれは――!」
「俺の名は、ヒュベルガー・ヒルバーズィ! 義によってダー・ヤーケンウッフに助太刀する!」
「コスティニル! 同じく!」
「ウェクアルム! 同じく!」
あちこちから、同じような応えがあがった。
ダーの胸には、熱いものが去来していた。ザラマにいた冒険者たちが、仲間たちが、彼らの危機を知り、すべてこの地にあつまっているようであった。
「たかだか少数の冒険者、さっさととりかこみ、押し潰してしまえ」
という国王の命は、あるいは無茶なものだったかもしれない。なにせ実力が違う、闘いの経験が違う。あまたの強力な怪物を倒してきた冒険者たちにとって、数にまかせた兵など、ものの数ではなかった。しかも、彼らはこの新魔王に心から服従しているわけではないのだ。
実力も忠誠心もない兵はただちに壊乱状態となり、冒険者たちは圧倒的に優位に立っていた。ヒエン・ササキ2世は地団駄を踏み、この状況に憤りを露わにする。
「ええい、どいつもこいつも役立たずどもが! 余が――」
「どこを見ておる、魔王よ」
ササキはふりかえった。両手の戒めを解かれたダーが、完全武装して立っている。このすさまじい混乱を利用して、ベスリオスのパーティーが彼らの装備を持ってきてくれたのだ。魔王は見たこともないような憤怒の表情をはりつけて、ダーを睨めつけた。
ダーは気圧されることなく、その暗き双眸を見つめ返す。
「魔王――いや、国王、ヒエン・ササキよ。ワシの長い冒険はおぬしの一言から始まった。最初から、これはおぬしとワシの闘いだったのじゃ」
「おのれ……ヤーケンウッフ家は、どこまでも余の邪魔をするか」
「そう、今こそ、その清算をする時がきたのじゃ!」
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