109 戦争と平和と
伝令がもたらした報告は、さながら白昼の雷撃のように、ヴァルシパル王国側に衝撃となって降りそそいだ。
報告を耳にした騎士も、諸侯も、唖然としてその動きを止めた。
衝撃は
かたや、ナハンデル陣営も、動きのとまったヴァルシパル側に不審げな瞳を向けている。敵に何が起こっているのか。斥候が放たれ、彼らは討ったヴァルシパル騎士の装備を身にまとい、敗残兵の態で敵陣にまぎれこんだ。
敵に見破られた者もいるが、ふたりの斥候が無事に情報を得て帰ってきた。その情報は、ナハンデル陣営側にとっても衝撃的なものであった。
領主ウォフラム・レネロスのもと、重臣たちが集まり、緊急の会議がひらかれた。
敵が動揺しているこの機を逃さず、討って出るべき、との意見と、和平を結ぶべきとのふたつの意見が大勢を占めた。
ウォフラムは、両腕を組んで黙考することしばし。
重臣たちは息を呑んで領主の結論を待っている。やがて答えが出た。
「よし、ヴァルシパル側へ和平の使者を派遣せよ」
「しかし、敵が混乱している今が勝機。みすみす絶好の機会を逃すおつもりですか」
「履き違えるな。先ほどダー殿も言われただろう。我らが敵はあくまで魔王軍だ。ここでヴァルシパル王国軍同士が潰しあってなんとする。この場は一兵でも両軍の損害をなくすべきであろう」
この言葉にはナハンデルの重鎮たちも、黙って頭を垂れた。
すぐに使者がヴァルシパル陣営へと派遣された。
両陣営のほぼ中央で、敵と交戦していたダーたちも一報を受けた。彼らも敵の追撃がなくなった事に不審を抱き、首をかしげていたところであった。
「なんと、ヴァルシパル陣営が急に静まりかえったと思いきや、そのような事態に陥っていようとは――」
魔王軍襲来、ガイアザ陥落!
さすがにダーたちにも寝耳に水の報告だった。あわてて一同は馬から降り、ダーを中心に会議をはじめた。
「――私たちはどう行動すべきでしょう?」
と、まず口火を切ったのはルカであった。
「すぐに宿に帰って旅装をととのえ、ザラマへ赴くべきではないか」
とはダーの言である。これにかぶりを振ったのはエクセだ。
「われわれは現時点で、ヴァルシパル王国内ではお尋ね者の身。むやみに動き回れるものではありませんよ」
「でも、ここで手をこまねいているわけにはいかないよ」
コニンも意見をさしはさむ。一行は熱心に議論をかわすことしばし。ああでもない、こうでもないと、なかなか結論に到達しない。結局のところはエクセの「ナハンデル陣営に所属したまま行動した方がよいのではないか」という意見に傾きはじめた。
「ちょっと待ちたまえ、敵を目の前にして、君たちは何を呑気に議論しているんですかね?」
先ほどまで激しく剣を交えた相手、ミキモトも、ボロボロの格好のまま近寄ってきた。というのも彼はとりまきを置き捨ててこの場に急行したため、身の回りの世話をする者がいないのだ。
さらにはヴァルシパル王国側も、国王と重臣たちを中心として喧々諤々の議論をかわしており、誰も彼を気に留めるものなどいなかった。異世界勇者といっても、こういう場合はよそ者扱いじゃのう、とダーは敵対関係の立場ながらも、同情せざるを得ない。
「おぬしにとっても人事ではないぞ。魔王軍がガイアザを陥落させ、こちらへ殺到しておるということじゃ。異世界勇者よ、おぬしはもともと魔王軍を倒すために召還されたということ、よもや忘れたわけではあるまい?」
「むろんですね。亜人に指摘されるまでもない。魔王軍など、この私の剣で蹴散らしてやりますね」
「それは頼もしい限りじゃ。しかし前回の戦いでは、たしか裏切り者のケンジ・ヤマダにコテンパンにやられてしまったのではないか?」
「あ、あれは、あの男に裏切られた衝撃が大きすぎて、遅れをとってしまったのですね。今回は備えも充分。前回の汚名を雪ぐ絶好の機会ですね」
「そうか、がんばれがんばれ」
「そのおざなりな棒読みの応援! 完全に侮辱していますね!」
などと会話しているうち、ダーの視線は、ふと白昼の月のように淡い美貌へと移った。エクセ=リアンの両眼には、不審げな光が宿っている。
その目線の先を追いかけてみれば、ヴァルシパル陣営に行き当たる。
「エクセよ、なにか思うところがあるのか?」
「ええ、動きが変だなと思いまして……」
と、エクセにしては、煮え切らない返事である。
どういうことかとダーが重ねて問うと、
「いえ、本来ならば考える余地もないことなのです。魔王軍が侵攻してきたのなら、事態は一刻を争います。わずかな遅れが戦況の悪化につながるのですから、すぐに馬首をめぐらして本国の護りを固めるべきなのです。それなのに、いまだ彼らはあんなところにいる――」
言われてみればと、一同は顔を見合わせた。
確かにヴァルシパル陣営の動きには解せないものがある。果たしてあちら側ではどのような会話が行われているのか、ダーたちはじっと、その動向を見据えることにした。
―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―
「――王よ、どういうつもりなのか、我々には理解ができませぬ!」
「どうもこうもない。私の指示は単純明快で、難しい表現など一切用いてはおらぬと思うが」
「表現の問題ではありませぬ。指示の内容のことを言っております」
王を取り囲んだ諸侯の顔色は青ざめ、あるいは怒りに震えている。
対照的に国王の貌は、氷のように冷静である。諸侯の怒気をはらんだ瞳を、その無表情ではじき返している。
「私の指示はたったひとつだ。軍を返すことはまかりならぬ。このまま戦闘を継続し、ナハンデル軍を壊滅せしめよ」
「ば、ばかな、そのような無体な!」
「馬鹿とは何事か。国王を侮辱する気か」
あわててその臣は頭を下げたが、その両眼には納得できかねるといった光がある。それは諸侯も同意権であった。彼らにとって、あまりにも理解しがたい命令だった。
「しかし王よ。国破れては元も子もありませぬ。このまま我々がこの場に留まっていれば、国土は蹂躙され、民草は略奪に苦しみましょう。それどころか、ヴァルシパルという国そのものが消滅してしまうかもしれないのですぞ」
「ならば、一刻も速くナハンデル陣営を降伏せしめればよい。そうすれば我が軍は大手を振って帰還できるというものだ」
「魔王軍が、我々の戦の終了まで、待ってくれるとでも思われますか?」
「待ってはくれぬであろうな。であるからして、こうして議論してる間も惜しい。すぐに全軍を突進させよ」
会話が成立しない。諸侯は困惑気味に顔を見合わせる。
そもそも諸侯は、みずからの領土を留守にして、この地に赴いているのだ。一刻も早くそれぞれの領地にもどり、防衛のためのあらゆる手を打ちたいのが本音である。
それにしても解せぬのは、国王の頑なさである。魔王軍に国土を侵されて、もっとも困る立場なのは国王その人ではないか。
ヴァルシパル国王は、亜人に対して極度の差別政策を敷いており、他種族にとっては憎悪の対象であったが、人間族に対しては寛大であり、公明正大な王として認知されていた。
それゆえこれまで大きな問題もなく、王国を治めてこれたのだ。
しかし、この異常なまでの頑なさは、諸侯も困惑するしかない。
そこにナハンデル側からの使者が訪れた。ナハンデルの使者は、「これ以上のヴァルシパル軍同士の戦闘は魔王軍に利するだけであり、和平がもっとも望ましい」というレネロス卿の言葉を伝えた。
諸侯は安堵の吐息を漏らした。これで領土に戻れる。
そう思った矢先、国王の口から信じられない言葉が飛び出した。
「――即刻、その者の首を刎ねよ」
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