92 事件の黒幕
「見事、依頼の怪物を討ち果たしたばかりか、妻を呪っていた呪術師まで退治てくれるとは、まことにおぬしらにはいくつ礼をいっても言い足りぬ。ひたすら感謝しかない」
広闊な大広間。そういって深く頭を垂れたのは領主、ウォフラム・レネロスである。
周囲にはナハンデルの重鎮たちが立ち並び、領主の目の前に並んだ6人の冒険者たちに喝采を送っている。もちろん冒険者とは、ヴィアンカを加えた、ダーご一行のことである。
「まことにこの者たちの活躍、目を瞠るものでありますな」
「さよう、ご子息たちを保護したばかりか、地下に巣食う怪物たちを倒し、さらに奥方様を苦しめていた呪術師まで捕縛するとは、まったく過去に類がなき大活躍です」
重臣たちは口々に感嘆の言葉を述べ、彼らを祝福する。
「いやいや、ワシらだけではこの怪物を始末するのは無理であったろう。あくまで衛兵たちの協力があってこそじゃ」
くすりと、隣でエクセが微笑んだ。ダーが柄にもなく、謙虚にナハンデルの衛兵たちの活躍をたたえたのが、彼にはすこしユニークに映ったようだ。
「ま、一番の活躍は、この私だけどね」
と人一倍大きい胸を反らしたのは、もちろんヴィアンカである。
「おぬしは胸も態度もでかいのう。黙っておればよい女なのに」
「あら。喋っていてもいい女よ。それに黙っていたら損じゃない。だれも褒めてくれないかもしれないから、自分の口で言っておかなきゃ」
「もちろん、ヴィアンカ様の活躍もあってこそです」
「そうそう、だれも無視したわけではありませぬぞ」
あわてて周囲がとりなすように、彼女をなだめる。ヴィアンカは気を取り直したように、こくこくと満足げに頷いた。案外、根は単純な女性なのかもしれない。
そんな和やかな場面を、突如として切り裂くように響いた靴音がある。
「兄者! 怪物が退治されたとはまことか!」
現れたのは領主の弟、デアトラ・レネロスであった。
眼光するどく四方を睥睨するが、その顔はどことなく青ざめて見える。
「デアトラ。おぬしはいつも騒々しいな。何をしに参った」
「いや、祝福の言葉を述べにな。それに――」
デアトラは青い顔に双眸を炎と燃やし、ダーたちをねめつけ、
「この者たちが地下の魔物を解き放った張本人だと告げにな」
「なんと、気でも違ったか、デアトラ?」
驚きのざわめきが大広間を覆った。
集まった貴族たちは、互いに戸惑いの視線をかわしあう。
「そんな言葉を吐くからには、ちゃんとした証拠があるのだろうな」
「フン、証拠などいらぬ。この城に巣食った化け物を見ず知らずの冒険者が現れて、あっさり退治してくれた。こんなできすぎた話はありえない。おそらくこの者たちが化け物を設置し、自ら退治しただけの話だろう」
「――あら、それは無理ってものじゃないかしら」
それに異を唱えたのは、深緑の魔女ヴィアンカである。
「この城内の脱出口を知るなんて、よそ者には不可能よ。まして彼らが入国したのはごく最近。あなたが語った計画を実行するだけの時間が圧倒的に不足しているわ」
「考えてみればそうだ。かの怪物めが騒ぎ出したのは1週間ほど前であったはず」
「位置の特定に時間がかかったが、あそこまで巨大に成長する時間も考慮すれば、もっと以前に巣食っていた可能性が高い――」
「一方、かれら冒険者がわが領土に足を踏み入れたのは、ほんの2、3日前だ。これでは話の辻褄が合わぬ」
重臣たちの口からも、それぞれ否定的な意見が飛び交い、デアトラの発言は全否定された格好になった。それに反論を加えようとしたデアトラの目の前に、ヴィアンカが立ちふさがった。
黙りなさい。
彼女は人差し指をすっと突き出し、無言の圧力を加えた。
「それより、ここに呼びたい人がいるの。ソルンダ、入って頂戴」
「――はっ!!」
いくつかの羊皮紙を小脇に抱え、小走りにソルンダが入室してきた。
そのうちの一枚を、さっとヴィアンカに差し出した。
「さて、これはソルンダに命じておいた、このナハンデルの出入国者を記帳したものよ。ナハンデルは他領国より人の出入りには厳格で、身分証がない者は自由に門の通行ができないのは周知の通りね。だけど、このなかに、その例外をつくった人物がいるわ」
ヴィアンカはいたずらっぽく周囲を見渡してから、立てた人差し指を、そのまま目の前の人物へと倒してみせた。すなわち、デアトラ・レネロスへむけて。
大広間に驚愕のどよめきが広がった。
「ば、ばかな、なにを根拠に申すか!!」
「わからない子ねえ、あなたが一ヶ月前に身元不明の人物をともなって、無理矢理ここの城門をくぐらせようとしたときのことを言っているのよ。たくみに馬車に隠してやりすごそうとしたようだけど、ここの調査は徹底してるわ。しっかり調べられて、ついにあなたは、その人物の身分証明を求められた――」
「ちゃ、ちゃんと名前は記載したはずだ!!」
「身元不明なのは代わらないけどね。それに何よ、この名前」
彼女が指差した羊皮紙の部分を、一同はのぞきこんだ。デアトラ・レネロスとともに領内へ入った人物の名は『マイケル・ドンマイケル』と記されている。
「なっ、なんという偽名くさい名前なのじゃ!」
「だ、だまらんかドワーフめ! そのような名前の者もおろう!」
「はいはい黙って。これだけじゃないの。『身元証明は後日行う』と、あなたが領主の弟という立場を盾に、無理矢理押しとおったこと、当時の門衛をつとめていた兵士はしっかり覚えていたわ。身元証明はいつおこなうのかしら、マイケル・ドンマイケルさんの」
「ええい、こざかしい揚げ足取りはもういい。その男を領内から連れ出せばよいだけの話だろうが!」
「あら、そうはいかないわ。奥方様を呪っていた呪術師を勝手に連れ出されたら困るからね」
「――な、なんと!!?」
これに驚きの声をあげたのは領主ウォフラム・レネロスであった。
「デアトラ、貴様正気か? 血を分けた、実の姉を呪殺しようとしたのか?」
これにすっかり狼狽したのはデアトラである。かぶっていたラウンドリットを床に叩きつけ、それを踏みつけて怒りを露わにすると、
「ち、違うっ!! 第一、俺がやったという証拠がない!」
「いや、証拠がなくとも、状況証拠だけでも充分じゃろう。領主が脱出する経路を知っておるのは領主一族と一部の重臣のみという話じゃ。おぬしの手引きなしで、無頼の呪術師がそこにもぐりこむことができるはずがなかろう」
「そ、そうだっ! 重臣たちも知っておる。この者たちが潜ませたに決まっておる」
デアトラの様子は、もはや支離滅裂というか、狂態にちかい。
居並ぶ重臣たちも困惑気味に眉をそびやかして彼を見つめている。
この狂態にとどめを刺したのは、やはり深緑の魔女であった。
「あら、証拠ならあるわよ。貴方が連れてきたマイケル・ドンマイケルさんがすっかりしゃべってくれたわ。何なら彼を連れてきて、ここで語らせてもいいのよ」
彼女がソルンダに何事か命じようとした瞬間であった。
不意にデアトラは哄笑した。それは狂った男の笑い声であった。
「俺が、このデアトラこそが本来、このナハンデルの領主にふさわしい男であったのだ!! それを横取りした貴様が悪いのよ!!」
「そうだ。姉者が貴様を婿に迎えなければ。この俺が正統なる後継者として、ナハンデル領主に君臨していたはずだったのだ。憎い! 貴様が憎い! 姉者も貴様も消えろ!!」
誰もがデアトラの剣幕に気圧され、彼をとりおさえるタイミングを逸した。
次の瞬間、彼の手から短剣が投擲された。
領主、ウォフラム・レネロスへむけて。
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