86 ナハンデルの領主に会おう その2

 扉を開いた男は、壮年の、瀟洒な服を着た男だった。

 どうみても上級貴族の執事という出で立ちである。

 ダーたちは一瞬ぽかんとしたが、ギルド中の注目を浴びていることに気付いた。そんな特徴をもったパーティは、彼らをおいて他にいないからだ。


「ここにおるぞ」すっと手をあげた。


「おお、ようやく……いえ、予定通り出会えましたな! 冒険者という話を聞き、こちらへ向かって正解でした」


「それはよかった。して、おぬしらは何者かの?」


「これは申し遅れました。私はナハンデル領主ウォフラム・レネロス様より、みなさんを居城へとご案内するように申し付かったものです」


「うん?」


 一行は顔を見合わせた。忘れていたわけではないが、こうもダイナミックに迎えが来るとは思ってもいなかったのだ。「また後ほど」と受付嬢に頭を下げ、かれらは冒険者ギルドを辞した。

 扉を開くと、先ほど彼らを轢死させようと突進してきた大きな馬車が、建物の前をふさいでいる。

 御者台に座った男の顔には、披露の色が見てとれる。どうやら執事の発言どおりではなく、紆余曲折あったものと見える。

 

「ささ、中へどうぞ」


 とるものもとりあえず、一行は馬車に乗せられ、領主の住まう居城へと向かった。ナハンデルの領内には石の敷き詰められた歩道と、むきだしの地面のままの地域が混在している。

 そのどちらにも共通する特徴として、この町の歩道は、木の根があちこちから隆起し、地面がガタガタに歪んでいるということである。

 つまり、馬車での移動はかなり揺れるということだ。

 右へ左へ。揺れる揺れる。ナハンデルまで馬車で移動してきた彼らだが、さすがにこれは応えた。もしくは、ベクモンドの御者としての腕が一流だったのかもしれない。


「もーいやだ、歩いていこうよ!!」


 コニンがお尻を押さえて絶叫するほど痛がったので、馬車を止めてもらい、途中から徒歩で移動することにした。

「予定が、予定が」としきりと執事がさえずっていたが、ダーたちは敢えて無視した。

 居城は高台にあり、馬車の方が移動は迅速だったであろうが、彼らは快適さを求めた。

 歪んだ石畳の斜面を駆け上がると、ナハンデル領主の居城が見える。ここからはナハンデル市街の様相とは一線を画している。水だ。深い堀が満々と水をたたえている。

 周囲を水で囲まれた中央部には、水面に浮かぶように、堅牢そうな建物が厳しい老武将のような顔をして鎮座している。

 木造りの頑丈そうな橋をわたり、内部へと通された。いざ戦となったときは、この橋は叩き落すという。

 ところどころに立っている兵は、すべて緑色をした胸当てを身につけている。

 ダーはヴァルシパル王国の衛兵を思い出した。彼らは頑健で鈍重そうなフルプレートを身につけていたが、こちらの衛兵は比較的、軽装だった。

 これもまたナハンデルの特色のひとつなのだろう。



―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―



 会議用と来客用を兼ねた大広間に、数名の人物が待ち構えていた。


「――みなさん、遠路はるばる、ようこそナハンデルへ」


 すらりと背の高い、細身ながらがっちりとした体格の男が彼らを出迎えた。

 コタルディという細身の上着にマントを身にまとい、頭にラウンドリットという大きな帽子を被っている。

 陽に灼けて精悍な顔つきが、彼らを愛想よく見下ろしている。 

 これがこのナハンデルの領主、ウォフラム・レネロスらしい。

 

「わが子らの窮地を救っていただき、感謝してもしきれぬ。お礼をひとこと申し上げたく、わざわざここまで来てもらった次第」


「わが子?」


「ほら、坊ちゃま、お嬢様、お話されていた冒険者さんたちが来てくださいましたよ」


 侍女とおぼしき女性の陰に隠れていたふたりの子供が、促され、おずおずと前に進み出てきた。緑のスカートの花が咲き、ノルニルが頭をさげる。


「あのときはありがとうございました」


「――おお、息災でなによりじゃ」


「あ、ありがとうございました」と、遅れてアッシバ。


 いずれもユニゴン狩りで遭遇して、はからずも助けた子供達である。

 母親にかけられた呪いを解こうと、勇敢にもふたりだけで城を抜け出し、ユニゴンの卵を盗みだすという危険な行為におよんだのだ。彼らが駆けつけるのが一歩遅ければ、大惨事になっていた可能性が高い。

 

(いや、もとはといえば、深緑の魔女がユニゴンの角が必要だと言わなければ、この遭遇もなかったはず。とすると、この邂逅は彼女の筋書き通りということかのう)


 ダーは考えたが、すぐにやめた。そういうことはエクセに任せておけばいい。


「この子達はやんちゃすぎて、私たちも手を焼いているのだよ。今回は母を想う気持ちが強すぎて、冒険者諸君には大変な迷惑をかけてしまい……」


「ああ、いいえ、それにしても無事で何よりです」


「いや、そういってもらえると助かるよ」


 領主ウォフラム・レネロスは器が大きく、飾らない性格の男のようだった。

 初対面の冒険者に対し、まるで数年来の知己のように笑顔で応対する。


「子供らに聞いた話によると、諸君は怒り狂うユニゴンの大群をものともせず、あっというまに退治してしまったとか――。もう聞き及びと思うが、妻が今は重篤の身。この子等にまで何かあったらと思うと――本当に感謝してもしきれぬ」


「まあ礼を言われるほどもないのじゃ、利害の一致というやつ……モゴッ」


「な、なんでもありません」


 余計な事を言いそうなダーの口を、エクセがふさいだ。


「実は今回ご足労願ったのは、その諸君の卓越した腕前を頼りたいと思ったからだ」


「とすると、ユニゴン絡みかのう?」


「ハハハ、さすがに城内にユニゴンは湧かぬ。もっとタチが悪いものよ」

 

 快活そのものだったウォフラム・レネロスの目が、徐々に険しいものとなる。その眼差しはどことなく憂いを含んでいるように見え、思わずエクセが尋ねる。

 

「――もっとタチが悪いもの、とは?」


「それは――」


 ウォフラムは躊躇し、周囲を見渡した。

 広い謁見の間は声が反響するようにつくられている。主の声がよく聞こえるために設計されており、内密の話には向かぬ。 


「この話はできれば、内密にしたい。申し訳ないが、執務室まで来てもらえぬか」


「われわれに力になれることがあれば、よろこんで」


 エクセが頭のローブを下ろすと、さらさらと銀色にきらめく美貌があらわれた。

 それだけで、謁見の間全体が息を呑んだように思われた。

 彼が領主に対し、頭を下げたときである。


「私も一緒に行かせてもらって、構わないかしら」


 突如、背後から声が投げかけられた。

 聞き覚えのある女性の声。いつの間に城内へ現われたのか。

 まるで光を吸収するかのような緑の黒髪。炎のように燃え盛る双眸。

 もうひとつの咲き誇る美貌、ヴィアンカがそこに立っていた。


「もちろん。歓迎するよ、深緑の魔女」 


 領主ウォフラム・レネロスは、にっこりと笑った。

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