第九章
85 ナハンデルの領主に会おう その1
ダー、クロノ、エクセ、ルカ、コニンの五人は、疲労困憊の極にある体をひきずって、魔女の邸宅に向かっていた。請けたクエストの締めである、ユニゴンの角を受け渡すためだ。
「単に角を渡すだけだから、ワシだけでいいのだぞ」
とダーは言ったのだが、責任感が強すぎるのか、魔女に会うという体験に興味がわいたのか――おそらく両方だろう――3人娘もついてくると言ってきかなかったのだ。
とはいえ物覚えの怪しいダーは、ものの見事に道に迷い、エクセの補助がなければたどりつけなかったであろう。今度は止まり木にカラスはおらず、魔女は部屋の奥にて作業中のようすだった。
「来たの、入っていいわよ」と、奥から声がする。
なにやらあたふたと忙しそうだ。
「いま魔女術の一番忙しいトコなの。手が離せないから勝手に入って」
というので、彼らは扉をひらき、内部へと入った。
今回は妨害らしき妨害もない。それどころか、
「こっちよ、こっち」
と、通路の天井から方向を指示する矢印が生えて、彼らに位置を知らせる。通路はやはりどこまでも続いて見え、この家は内部と外観の質量が違うということは明白であった。
以前の彼女の部屋へむかう方角とは違い、矢印は右へ大きくカーブを描いている。彼らとしては、黙って指示に従うしかない。やがて大きな扉が行く手に立ちふさがった。
ダーは迷うことなく扉を開いた。
むっとした熱気が彼らを出迎えた。
彼らが足を踏み入れた部屋は、異様だった。巨大な釜が中央に鎮座しているのだ。
ほぼ正方形をした部屋の天井部には煤がこびりつき、窓を開いて換気しているものの、あたりには熱気が充満している。
大釜は下部四隅を石で固定し、隙間から焚き木がくべられている。
深緑の魔女は、一段高い足場の上から、熱心に長い木製の杓子で内部をかき混ぜている。袖を捲りあげ、額に汗して杓子をこねるたび、大きな胸が左右に揺れる。よくあれで先端がこぼれないものだと、ダーは妙な感心をしてしまった。
「本当だよ、本物の魔女だよ!」
コニンが目を輝かせている。他のメンバーも興味津々な顔つきだ。
「
「何をいまさら言ってるのさ」
深緑の魔女は、ほとばしる汗を布切れでぬぐい、慎重な足どりで足場から降りてきた。ふうと一息ついてから、彼らをじろりと一瞥し、
「それより、例のものはどこ?」
「――これじゃ」
ダーがまだ血のしたたっている生々しい麻袋を差し出すと、ヴィアンカはひったくるように受け取った。
内部には採れたてのユニゴンの角が入っている。
それを薄い板切れの上に乗せると、なにやらぶつぶつと詠唱を始めた。
『
見る間に包みはさっと潰れた。ヴィアンカが中を開いて見せると、角はすべて細かい粉末状になっている。
それを魔女は慣れた手つきで鍋に溶かし込むと、さらに杓子で攪拌する。
「角のほかに、何を混ぜ込んでいるのじゃ?」
「……聞きたい? 世の中には知らなくて良かったと思う事もあるのよ?」
「いや、そこまで言われるとのう」
ダーとて、そこまで深い考えがあって口にした言葉ではない。
そのような会話を交わしているときだった。ふたたび扉が開き、ひとりの人物が姿をあらわした。やってきたのはソルンダであった。
「遅れましたが、上には報告をしておきました。明日にでも、我が主が皆さんに会いたいとおおせられております」
「わが主というと、ここの領主どのか。さて、何を言われるやら」
「ご褒美かもしれませんよ。なにせ、領主様のご子息の危機を救っていただいたのですから」
「ソルンダ、ちょうどよかった。あなたにはやってもらいたいことがあるのよ」
にこにこと愛想よく笑うソルンダに向かい、くいくいと人差し指で手招きするヴィアンカ。ソルンダは瞬間的に頬を赤らめたが、すぐに表情をひきしめた。ヴィアンカがいつになく、神妙な表情だったからだ。
「どういうことでしょう」
彼女はソルンダの耳に口を近づけ、なにやらぼそぼそと耳打ちした。余人に聞かせたくない話のようだ。
「しかしそれは相当な仕事ですが……」
「奥様の命がかかってるのよ。それくらい覚悟なさいな」
「……そ、そのとおりです。屁理屈を申し上げている場合ではありませんね。それでは大至急、ことにとりかかりましょう」
ソルンダは踝をかえし、風のように部屋から退出した。
深緑の魔女は、くるりとダーたちをふりかえり、
「貴方たちもごくろうさま。今日はもう帰っていいわよ。礼金は玄関に用意しているから」
もうすこし魔女の術を見ていたいなあ、というコニンの要望は「いつ終わるか分からないし、正直いって邪魔になるわ」
と却下された。魔女術は魔女に任せておいた方がよかろうと、ダーたちはその場を辞した。
玄関の扉の内側に、手の形をしたオブジェが布袋をにぎっていた。袋をひらくと、なかには金貨15枚が入っていた。これがクエストの代金ということなのだろう。
これで、しばらく宿賃には困らないだろう。
ダーとエクセは、ルカたち三人娘から宿屋まで案内された。
<葡萄酒の酩酊>亭という看板の掲げられた、古ぼけた宿。
うとうとしながら一階の酒場で食事を葡萄酒で流し込み、そのままベッドに倒れこんでその日を終えた。
さて、翌朝の空は太陽と青空のほか何もないような、驚くほどの快晴である。
明るい日差しの下で、緑に萌える町並みは美しく、この町だけの鮮やかな色彩を奏でている。
といって、美しい景色に見入っていても、何もならぬ。
「まず、ここで仕事を請けるべきかどうかじゃのう」
ダーが問題提起した。
「登録をしてしまえば、当然、所在は筒抜けになるよね」
「まあ、通行許可を得る時に冒険者パスは提示しておるからの……。もっとも追われるようにしてこの地へやってきたのだから、時間の問題といえばそうなんじゃが」
「要は、いつまでここに滞在できるか、という点につきますね。国王やミキモトたちからすれば、われわれがナハンデルへ逃走したのはとっくに推察しているでしょうから」
「問題は魔女からもらったお金が、いつまで持つかという点だなあ」
「まあ、ここの領主が寛大な処置をとってくれることを祈るしかあるまい」
と、ダーが結論をまとめ、とりあえずは宿を出て、ナハンデルの冒険者ギルドへ登録へ向かうことにした。
扉を開いた途端である。先頭のダーが、あわてて一同をうしろへ押し返し、全員が宿の中に転がるようにもどる羽目になった。
目前を大きな馬車が、大通りをガタガタと猛速度で抜けていったのだ。
一同が眼をまるくしている間に、その馬車は遠くへ姿を消した。
「なんじゃ、ありゃ」
ダーは呆然とつぶやき、腰の埃をはらった。幸先が悪いが、こんなこともある。全員がやれやれとたちあがり、ナハンデルの冒険者ギルドへと向かった。宿の主人から聞いた道をさ迷い歩き、およそ半刻ほど経過したときである。
壁にツタの絡んだ、なかなか趣のある見た目の建物が眼にとびこんできた。
看板が出ている。これがナハンデルの冒険者ギルドのようだ。
ぎいっとダーが扉を開く。ギルド内部は、これまで旅をしてきたどこのギルドよりもこじんまりとしていた。酒を飲むスペースはなく、一階がそのまま受付となっている。
靴音響かせて、一行は奥へと、受付へと向かう。
そこに笑顔で立っているバニー族の受付嬢に、声をかけようとした時である。
「失礼ですが、こちらにドワーフとエルフと、女性3人のパーティはいらっしゃいますかー?」
ばあんと扉が大きな音を立てて開かれ、ひとりの人物が、大音声で呼ばわった。
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