73 三魔将との激突 その2

 ダー・ヤーケンウッフは、ンドゥンと名乗る鋼魔将と対峙していた。

 ンドゥンは中肉中背。背の高さこそクロノ、ンリッグには劣るが、180センチはゆうに超えているであろう。ヴァルシパル王国の民の平均身長が167センチ程度であるから、人間と比較しても立派な体格ということができるだろう。


 短躯がさだめのドワーフとは、かなりの身長差がある。

 ダーは戦斧を低い位置に構えつつ、驚異的ともいえる速度で突進した。

 リーチ差を埋めるためには、ひたすら距離を潰すしかない。


 一方のンドゥンは、平然と待っている。長い剣を正眼に据えたまま。

 ダーはンドゥンの両脚めがけ、戦斧を撃ちこんだ。

 その瞬間である。目の前の両脚が消滅し、ダーの斧は空を斬った。

 唖然としてダーが顔をあげた。

 ンドゥンの身は、いつのまにか後方にある。

 

(こいつはただならぬ足運びのもちぬしじゃわい)


 ダーが内心、舌を巻いていると、ンドゥンはすでに接近している。

 雷光のごときすばやさで、ダーの頭上へと剣が落ちた。

 ダーは戦斧を空振りして、体勢を崩していた。このままでは当る。

 彼は空振りした斧の重みに拠った。ひたすら遠心力に身を任せた。そのまま回転しつつ、斧をふりまわして身をかわす。

 

 おぼつかない足取りで距離をとると、斧を頭上に構えて追撃にそなえる。

 ンドゥンは動かない。

 一撃を見舞ったあと、再び剣を正眼にもどしている。


「――どうした、来ぬのか?」


 ダーが挑発するように訊いた。

 相手はまったくの無言だった。彫像と化したかのように動かない。

 どちらも動かない以上、勝負にはならない。たがいに対峙したまま、ただひたすら無為な時間だけが過ぎていく。

 

 焦れたのは、ダーが先であった。舌打ちとともに突進し、斧をくりだした。

 今度は相手の胴体めがけて。

 これまた先程の攻防のくりかえしを見せられているかのように、展開は同じだった。ンドゥンは迅速に後方へと飛びすさってかわし、そして素早く、斬撃とともに突進する。

 経験ずみの攻撃をくりかえし受けるほど、ダーは愚かではない。

 頭上から落ちてくる剣を予期し、サイドステップで空を斬らせる。

 

 下がる前に一撃を加えんと、ダーは斧を振った。

 当らない。近くに敵の姿はすでにない。

 相手はふたたび、正眼の構えからこちらを見下ろしている。

 ダーはどこかでこの剣法の相手と対峙した記憶があった。


(そうか、これはクラスタボーンの闘い方と同じじゃ)


 こちらが撃てば後方へ逃れ、追えば逆襲の一撃を見舞う。

 さながらクラスタボーン剣法というべきだろうか。

 力押しの敵より、こうした戦法を取られる方が、リーチの短いダーとしてはやりにくい。

 

「どうした、来ぬのか?」


 ンドゥンは薄笑いを浮かべつつ、先ほどのダーと同じセリフを返した。

 戦闘中のダーの頭は、冷えている。見え透いた挑発に乗るほど青くはない。

「地摺り旋風斧を使うか」と、ダーは考えた。

 こちらが攻めた瞬間、ンリッグはすぐさま回避行動にでる。さらに追撃に向かったところでカウンターで叩かれるであろう。ならば、ひたすら回転しつつ近づけばどうか。

 

 ダーの地摺り旋風斧は、その場にとどまって放つ技ではない。

 斧と共に旋回しつつ、ひたすら鍛えぬいた足腰で踏みこむ。それはさながら小型の暴風雨のごとく、相手の両脚をずたずたに切り裂くまで運動をやめない。ダーの父親、ニーダより幼少からたたきこまれた、一子相伝の技である。

 足許への攻撃ほど当たりやすいものはない。生物は、自分の眼の高さに近いものを見てしまう性質があるからだ。足許に吹き荒れる戦斧の嵐を前にして、思い切り踏みこんで剣を振れる人間がどれほどいるだろうか。すくなくとも、ダーは見た記憶がない。

 

(やってみる価値はありそうじゃな)


 ダーはぐっと前傾姿勢になり、体重を前方に預けた。

 その瞬間だった。

 今までずっと待ちの姿勢だったンドゥンが、一転して攻勢に出たのだ。


 ダーを兜ごと両断しそうな勢いで、長剣が落ちてくる。

 完全にふいをつかれ、ダーはかろうじて横に逃れるのがやっとだった。

 技の起こりを見抜かれたのだろう。


「そのようにあからさまでは、打ってくださいと言ってる様なものだ」


 にやりと余裕の笑みを浮かべるンドゥン。確かにこの技の最大の難点は、起動の瞬間である。

 しかしそこを狙われたことは、かつてなかった。

 ダーの突貫しての斬りこみは速い。それを警戒しながら撃とうとすると、どうしても相手は及び腰になり、今ひとつ踏みこんではこれないのだ。

 しかしこのンドゥンは、自分の剣の間合いとダーの間合いを、完全に見切ってしまったようだ。

 ダーが踏みこんで斧を振るっても、ギリギリ当たらない位置をたもって移動しつつある。

 

「ふふふ、もうお前の距離はわかった。もはや俺が負けることはない」


「さあて。早計じゃの。若いのはせっかちでいかん」


「なあに、すぐにわかるさ――!」


 リーチの差を最大に生かした距離から、剣尖がふりそそぐ。

 ダーは回避を拒んだ。バックラーでこれを受ける。

 火華が散った。

 すかさず踏みこんで斬り返すも、すばやく相手は後方に逃れる。


 追い足で斬りこんだところで、すでに相手の間合いである。

 城砦のごとき正眼の構えをみて、ダーは歯噛みをした。

 ここで追撃を加えたとしても、逆に脳天を割られてしまうだろう。

 気持ちを切り替え、バックラーを構えなおす。

 

 絶対安全圏からの攻撃。

 ダーとしては、これほど厄介な相手もそういない。

 次々と天から剣撃が、雨のように降り注いでくる。

 バックラーで受けつつ反撃の糸口を探すが、あまりに目指す敵が遠い。

 油断をしていたわけではないが、難敵である。思わず歯噛みをする。

 ここまで思うような闘いさせてもらえないとは、さすがに想像すらしていなかった。

 

「このまま切り刻んで、ドワーフのスライスにしてやる」


「それはお勧めせぬ調理法じゃな。胃腸によくないからやめた方がよいぞ」


「安心しろ、切り刻んだ後は野犬のエサにしてくれる」


「この後、野犬が美味しくいただきました、か。ありがたすぎて涙が出るわい」


 と軽口をたたきつつも、なかなか打開策が見つからない。

 考える隙すら与えず、敵が遠距離から打ち据えてくるからだ。

 ダーは斜めに後退した。

『進むことしか知らない』と言われた、ダーらしからぬ行動だった。


「ついに逃げるか。進退きわまったようだな」


 ダーは下がりつつ、記憶のなかの抽斗を引っかき回していた。

 父から教わった技は、ただ『地摺り旋風斧』だけではない。

 光明が差した。あれしかあるまい、と考えた。


 ダーは呼吸をととのえ、後退をやめた。

 頭上に掲げたバックラーを降ろし、両手で斧を構えた。

 それも、斧頭を身体の後ろへと向けた、脇構えだった。


「血迷ったか! ただでさえリーチ差があるのに、無意味な!」


 ダーは静かだ。まるで時間が制止したかのように、微動だにしなくなった。

 かつてダーの父は言った。「眼で追うものではない」と。

 眼に頼れば、生物の反射速度はとうてい剣の速度には追いつかない。

 ンドゥンはいつもの安全圏から、剣を振り下ろす。


った!」

 

 ダーの閉じた眼の奥に、木々に囲まれた池がある。

 池は小さいが、深く濃紺に澄んだ水を満々とたたえている。

 ダーはそれをじっと、飽きずに眺めている。

 枝葉から水滴が落ち、水面みなもに波紋が生じたとき――

 

 ダーは、斧を振っていた。

 鉄の破片が宙に舞った。 

 その奥に、唖然としたンドゥンの貌があった。


 受けた衝撃の大きさに、しばしンドゥンは棒立ちになった。

 それも無理はない。ふりおろした必殺の一撃は、ドワーフの頭蓋を確実に叩き割っていたはずだった。しかし、それは現実のものとはならなかった。

 戦斧が空中でかれの剣を撃墜し、単なる鉄屑へと変えてしまったのだ。

 

「ば、ばかな!!」


 今度はンドゥンが下がる番だった。

 空中で切断された剣の先端が、回転しつつ地に突き刺さった。

 剣を失い、もはや逆襲に転じることのできないンドゥンは、ひたすら後退するしかない。

 閃光のように前進してくるダーとどちらが速いか。

 もはや考えるまでもなかった。

 

 ンドゥンは掌に残った剣の握りを、迫りくるドワーフへ苦しまぎれに投げつけた。時間稼ぎにもならぬ。懐から短刀を取り出そうと焦ったンドゥンは、脚をもつれさせた。

 そのもたつきで充分だった。

 

 ダーは斧を振るった。

 刃先は薄い脚の装甲部分を割り砕き、肉にまで届いた。

 その痛みにンドゥンは悲鳴をあげ、尻餅をついた。


「さて。今度こそ、見てもらおう。わが地摺り旋風斧を――!!」


「やめろ、いらぬ、いらぬ!!」


「なに、遠慮は要らぬ、お代も要らぬ。ワシのおごりだ」


――ダーは、斧とともに舞った。

 まきちらされたおびただしい鮮血が、闘いの終幕を告げた。

 

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