49 妖魔の森
ダーたちはベールアシュの南門から一路、森を目指していた。
この日、太陽はさんさんと暖かい日差しを地に落としている。風は唄うようにさらさらと流れ、野原は陽光を受け、まばゆく緑に萌えている。
点在する木も、陽の光を受けて心地よさげに息吹いているように見える。
「いい天気だね、ピクニックには最適の天候だよ!」
コニンが軽快に小刻みなステップを踏みながら、笑顔を浮かべた。
後につづくクロノトールも、重装備で足取りは重いが、無言でこくこくと頷いている。
「あまり羽目を外さぬようにな。目的はちゃんとあるのじゃ」
「――わかってますよ、それは。彼女たちも子供じゃないんですから」
くすくすとダーの後方を歩くルカが笑い声を漏らす。
陽気に飛び跳ねるコニンを見て、そうじゃろうかとダーは小首をかしげている。
冒険者ギルドにて、ダーが受付に持ち込んだのは、毒消しに使用するムイムイの草。その採取が目的のクエストであった。依頼としては初心者から中級者向け。
そんなわけで報酬もそこそこである。
ダーの渡した木札を見たギルドの受付嬢ナナウは、一瞬意外そうな顔をした。ダーたちの実力はもう少し上だろうと考えていたのであろう。
これにはダーに考えがあった。
長い船旅で溜まった疲労は、ひと晩で抜けるようなものではない。せめて今日1日くらいは、メンバーに楽なクエストをしてもらう。
ダーとしては自然な考えであった。
ナナウも受付のプロである。困惑の表情もつかのま、すぐさま微笑で払拭し、説明をはじめる。
「――これは施療院からの依頼ですね。いつの時代でも、ムイムイの草は一定の需要があります。マナが枯渇した状態で、毒などに侵されては死しか道がありませんからね。備えあれば憂いなし、です」
「……それは間違いないわい」
ダーは仏頂面で返答した。
いつぞやのベクモンドとの再会。危機一髪だったエステル。
そうした記憶が苦いものを孕んで、ダーの海馬から吐き出された。
「ムイムイは森には大抵生えていますが、特に妖魔の森にたくさん生えています」
ナナウはダーの表情など知らぬげに、流暢な標準語で説明を続ける。
「――ですが、妖魔の森での採取はお勧めできません。といいますのも『太古の呪詛に満ちた森』という伝承のとおり、ひねくれた森の道は険しくねじれ、迷うもの続出。おまけに森中を手ごわいモンスターがうろついていることもあって、ムイムイの草の報酬とを天秤にかけると、あまりにつりあいません」
「なるほど、なるべく妖魔の森には近寄らぬことにするわい。それでひとつ頼みがあるのじゃが」
「なんでしょう?」
「この後、仲間のエルフの魔法使いがここへ現われると思うのじゃが、かれにワシらの採取場所を伝えておいてもらいたいのじゃ」
「えっ、エクセさんを置いていくの?」
意外そうな口ぶりでコニンが言った。
「ウム。時間がもったいない。昔の人いわく、時はビジネス」
「はじめて聞いたよ、そんなことわざ」
「ま、たかだか植物採取なのじゃから、魔法使いなしでも大丈夫じゃろ」
そのときのダーは、そんなふうに軽く考えていた。
そうではなかったことは、後に嫌というほど思い知ることになった。
―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―
当然のことながら、採取すればするだけ、得られる金銭は増える。
といっても一本の単価が安いため、できるだけたくさん採取するに越したことはないという。
「なにせ5人分の生活費じゃからの。採っても採りすぎるということはあるまい」
「よーし、ムイムイ草を死に物狂いで採取するぞー!」
「おー!」
こうして意気軒昂に、4人は出かけたのだった。
だが、クエストは意外と難航した。それというのも、モンスターと戦う必要のない、安全なクエストということもあって、ルーキーの冒険者は大抵一回は受けるクエストなのだ。
つまりどういうことかというと、まったくといっていいほどムイムイ草が生えていない。
1時間かけて3本という体たらくである。2本で銅貨1枚という依頼ゆえに、このペースでは今晩の食事代すら稼げないかもしれない。
「割と洒落にならなくなってきたね」
コニンも獲物を射抜くときのような形相で、瞳を鋭く光らせているが、なかなか目当てのものは発見できない。こうなっては、ダーも意を決せざるを得なかった。
「やむをえまい。妖魔の森へ行く」
「えっ、危険では?」
「……だめっていってた……」
3人娘は口をそろえて反対する。もちろんダーも妖魔の森の危険度を無視して、無邪気に提案したわけではない。
「このままではあかん」
「何が?」
「埒があかん。じゃが、森に深入りするのも危険。というわけで、できうるかぎり森に接近し、その近くのムイムイ草を探索することにしよう。なにか危険を察知したら即撤退。――それでどうじゃ」
「はい、それなら大丈夫かもしれませんね……」
ルカが独白するようにぼそりと言った。
手当てが主な役割とはいえ、心優しい彼女は、怪我人が出る事態は避けたいようすであった。
「よし、ではそうするか」
一行は木々の生い茂るなかへと足を踏み入れた。
森のなかとはいえ、今日は陽が強い。さわやかな木漏れ日が緑の光で足許を照らし、清涼な空気が満ちている。
その光のおかげで、あちこちにムイムイ草が顔を出しているのがはっきりと見える。
「あ、あったー!」
「……こっちにも……」
女性陣たちが、明るい声をあげる。
ムイムイの草かどうかというのは、一見してわかる、という。
まるでカマキリの前脚のように、途中で葉が下に折れた形をしている、特徴的な草であるからだ。各自用意していた背嚢に、次々と草が放り込まれる。
「これで、宿賃ひと晩分くらいは貯まったかのう」
「もうすこし頑張ってみようよ。せめてふた晩分ぐらいは」
コニンが提案する。ダーはウムと頷き、依頼を続行することにした。そうして黙々とムイムイ草を探して、俯き加減で森をうろうろしていると、ぐっと何者かがダーの袖を引いた。
「どうしたルカ、何事じゃ」
「それ以上、足を踏み入れない方がいいかと」
真剣な表情だった。ダーも、すぐにルカの顔の方向へ視線を走らせる。
「妖魔の森」という名はいいえて妙じゃ、とダーは思った。
そのあたりからまるで濁った水のように空気がよどんでいる。
陽光はまるで一切の干渉を拒否されたかのようだ。その付近から暗闇が支配権を握っている。
ダーは興味深げに奥を覗きこんだ。
暗緑色の見通しがわるい森は、視界がほぼ利かない。独特にねじまがった木は、まるで襲い掛からんとするモンスターを連想させた。
瘴気のように濃い霧が、どこからともなく漂っていて、風が感じられなかった。
草木は頑固なドワーフのように、ピクリとも動きはしない。
「明らかにこのあたりから、雰囲気が違うよー」
「……ぶきみ……」
戦い慣れた彼女らといえど、不気味な雰囲気には弱いようである。
敢えてダーは、大きな声で励ますように、
「ふん、こけおどしじゃ! こんなもの、何のダメージにもならんわい」
と、強がって見せた。
「そうだね、何か出てきたら、オレたちが倒してしまえばいいんだ」
「……まかせて……」
それは一定の効果はあったようだ。
それまで雰囲気に圧倒され、押し黙っていたパーティは再び口を開くようになった。ダーの強気が伝染したといっていい。
そんなとき、どおおおおん、と大音声が森林にこだました。
相当、破壊力のある技が、発動したとみるべきだろう。
音はかなり奥の方からとどろいた。
つまり、妖魔の森の方側である。
全員が、ほぼ同時に顔を見合わせた。
無言のままアイコンタクトで会話する。どうするか。
やがてパーティーの意思は固まった。
4人はゆっくりと妖魔の森へと、足を踏み入れた――。
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