40 ダーの帰還
ザラマの町の市壁からおよそ200メートルほど離れた位置で、死闘が続いている。
いや、死闘と表現するには、あまりに一方的すぎる展開がくりかえされていた。
黒い杖がふりあげられると、その後に黒い颶風が吹き荒れた。
3人の男たちが、小枝のように弾き飛ばされる。
杖を頭上高く掲げた黒装備の男が、その様を見てにやりと笑った。
「そろそろ死んでくれませんか。僕に勝てないということは分かったでしょう」
その男――ヤマダは堂々たるたたずまいで、そう言い放った。ときおり眉間に指をあてがうのは、かつて眼鏡をかけていた頃の癖が抜けていないのだろう。
「あら、それはどうかしら。アタクシそう思わなくてよ」
「同感ですね。勝利宣言はまだ早いですね」
「そうだ、まだ始まってもいねえぜ!」
弾き飛ばされ、大地に叩きつけられた3人の男たちは、口々に異を唱え、立ち上がった。
もう何度くりかえし見せられた光景だろう。もはや戦力差は明白であった。
その折れない心意気は立派だが、現状を打開する手段はなにひとつないのだ。
ヤマダの力の前に、3人の勇者の力は無力であった。
これまであらゆる強敵をなぎ倒し、苦戦など強いられたことのない勇者。
それは、彼らがこの地で創意工夫し、克己して得られた力ではない。
最初から持たされていたギフトであった。与えられた勇者の武器による加護。
その攻撃力と防御力のみに頼りきりで、連戦連勝してきた彼らにとって、この状況を打開する知恵がないのも当然といえた。
勇者たちは、ときおり必殺技をくりだす。
しかしヤマダが展開する
その力を弾いたヤマダが、軽やかに次の攻撃を無詠唱で叩きこむ。
3人の勇者は抵抗するすべはない。ただひたすら攻撃呪文を受けるのみのサンドバッグと化していた。
それをザラマの兵士たちはただ傍観していた。
あるものは座り込み、あるものは立ちつくして。
もはや、彼らの手に負える範疇の攻防ではなかった。
この永遠に続くと思われる戦いの結末はふたとおり考えられた。
3勇者が立ち上がれなくなるか、逃亡するか。
そのいずれかである。勝利というものは決して訪れることはないと、誰もがそう考えて戦況を見つめている。
その状況を打破したのは、魔族の女、ラートーニである。
興奮状態のヤマダの傍らに静かに歩み寄ると、
「あんまりもったいぶらず、そろそろ止めをを刺してあげるべきでしょう。ブシノナサケ。貴方の世界ではそう言うのでしょお?」
「うん、ラートーニは優しいね。もうちょっと遊んでいたかったけど、君がそういうならば仕方がないな」
ヤマダは大いに頷くと、無詠唱で杖を一振りした。
その瞬間、天地が鳴動した。
なにかが落下してくる。それはあたかも、エクセのファイヤー・カセウェアリーを髣髴とさせ、傍観していた兵士達はあわてて後方へと退避しだした。
「チキュウでは、大抵隕石の名前というのは、落下した地名にちなむことが多い……」
ヤマダはぶつぶつと何かつぶやいている。
「君達の墓標となるこの呪文を、僕はザラマ・メテオライトと名づけるよ」
兵士達は退避をやめ、それを呆然と眺めやっていた。
運命を悟ったのだ。隕石の落下は、とてつもない衝撃波をともなう。
それがこの近距離に墜ちてくるのだ。生存可能な生物など、存在しないだろう。ザラマの町も崩壊するのではないか。
ヤマダたちだけは余裕である。異空間に転移するのか、はたまた暗黒障壁で防げるのだろう。
その死神の鎌が落下するのを、勇者を含め、地表にいる者どもはひたすら呆然と眺めやるしかなかった。
「――そうはいかん!!」
さらなる奇怪な現象が起こった。
空のいずこかから声が発せられたのだ。
青空の一角が硝子のように砕けた。
そこから砲丸のような何かが、すさまじい勢いで放たれた。それは迷うことなく落下しつつある隕石に空中で衝突した。
すさまじい衝撃波が見えざる掌のように地表を叩く。兵士達は風圧に吹き飛ばされそうになり、あわてて地を這った。
――こうしてザラマ・メテオライトは、ザラマに落下することなく消滅した。
代わりに地表へ降り立ったのは、光輝に包まれた一体の人物であった。
それは人によって青くも見え、あるいは紅にも緑にも白にも見えた。
「ば、ばかな……僕の最大級の攻撃呪文を……」
終始余裕の態度を貫いていた、ヤマダがはじめて狼狽をみせた。
それをラートーニがたしなめる。
「あれが何か知らないけど、敵よ。息の根を止めないといけないわ」
その声にハッとしたヤマダは、機敏な動きで杖を振り、亜空間を開いた。またしても、その場から大量のクラスタボーンが吐き出される。その数10体。
それは謎の光を放つ敵へ向かいすさまじい俊敏さで殺到する。
だが、光よりも速く動ける生物が、この世に存在するだろうか。
光る人は、手の形を変えた。
巨大な斧の形に。
彼は一瞬でクラスタボーンの大群とすれちがった。
どれだけクラスタボーンが快足を飛ばそうが、彼を捉えることはできない。
クラスタボーンの大群は、目標物を見失った。つかのま、その場で逡巡している。
ずるり。
クラスタボーンの白い巨体は胴から半分に割かれ、地に転がった。連鎖するように、10体のクラスタボーンが次々とまっぷたつに裂かれて地表に滑り落ちる。
切断面がどろどろと溶け出している。おそるべき破壊力である。
すれちがいざま、光の男に斬られたに違いなかった。
「な、なんだ、おまえ、何なんだよお!」
ヤマダが
だが、止まらない。
彼は漆黒の炎を踏み越えて、ずんずんとヤマダとラートーニへ接近してくる。
「く、来るな、来るなあ!!」
ヤマダは暗黒の結界を張った。二重三重に結界を重ね、光の人の進撃を阻んだ。
すると光の人はいささか妙な仕草をした。
姿勢を低くし、斧を構える。
それは――
「あれは、あの技は――」
「
光の人は、大音声で言い捨てた。
どこかで聞いた声だ。
はて、とヒュベルガーが首をひねると、ふらふらと傍らを通り過ぎようとする人影がある。
「おい、あぶないぞ、側に寄らない方がいい」
彼が肩をつかんで引き止めた人物は、さっきまで生きる屍のようになっていた、エクセ=リアンだった。
「ダー……?」
その声が、彼の耳に届いたかどうか。
光の人は連続攻撃に入っている。
暗黒の結界は彼のひとふりごとに打ち砕かれ、まるでものの役に立っていない。
「く、くそくそくそおっ!!」
必死に結界を張り続けるヤマダだが、その防御力は彼の前では紙切れにひとしかった。
すべての結界が破れ、光る人物がヤマダに肉薄する。
「お前は何だ! 何者なんだ!!」
問いに対し、光の男は答える。
「ワシはドワーフ。旧き民と呼ぶものもおる。偉大なる父ニーダが息子、ダー・ヤーケンウッフ!!」
「ド、ドワーフ? たかだかドワーフだと!?」
その言葉にヤマダは衝撃を受けたようだ。
「認めない……暗黒神より力を借り受けた僕が、異世界勇者たる僕が、ドワーフなんて雑魚なんかに負けるわけがないんだ!!」
「いいや、ワシが勝つ!!」
光人は、旋回した。
光の地摺り旋風斧が、ヤマダを結界ごと叩き斬った。
悲鳴をあげて、ヤマダとラートーニは弾き飛ばされ、ヤマダはそのまま意識を失った。
「くっ、おぼえてらっしゃあい、このままではすまさないわ」
ラートーニは、全裸に近い格好で大地に倒れている。
そこから地平すれすれに亜空間への入り口を描くと、そのまま黒いボロ布のようになったヤマダを引きずり込み、姿を消した。
「――お疲れ様です。ダー」
エクセが光る男に歩み寄る。彼はゆっくりとふりかえった。
その身から中空へ染み出すように、光が解けていく。
バチッバチッと火花が散り、身体がしぼみ、その正体が現われた。
「恥ずかしながら、帰ってきたわい」
破顔一笑。ダーがいつもの笑顔を浮かべて、そこにいた。
だが、そこまでが限界だったのだろう。
ダーは文字通り、電気が切れるように、ばたりと倒れた。
エクセ=リアンは、その頭部が大地に倒れこむ前に、すべりこむようにして抱えこんだ。
かれは、ほっと溜息をひとつ吐いた。
そして、つぶやいた。
「お帰りなさい。きっと、戻ってくると信じてましたよ」
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