30 決戦 その3

 炎をまとった矢が、魔王軍の兵のこめかみを、眼球をつらぬく。

 その正確かつ迅速な矢は、主にふたりの射手から放たれている。

 

 コニンの矢が、敵を射抜いた。

 負けじとアルガスが続く。


「腕をあげたようだね、いつのまにか」


「男子、三日たてば超一流ですよ、フフフ」


「なにそれ、誰が言った言葉?」


「私です。いま考えました――うわッ!」


「動くな、狙いがそれる!」


「私を狙ってはいけません、敵はあっち!」


「――オイ、遊んでる場合か、囲まれてるぞ」


『アイアンナイツ』のリーダーであるウェクアルムが、苦々しく横槍を入れた。

 彼らの眼からは、ふたりは戦場のまっただなかで、イチャイチャしてるように見えたことだろう。

『アイアンナイツ』はその名とは裏腹に、それほど重装備の冒険者はいない。どちらかといえばリーダーのウエクアルムをはじめ、弓矢使いが圧倒的に多い。

 エクセは弓矢使いを一定の場所に集結させ、弓箭隊として火矢を放たせ、敵の混乱を大きなものとする作戦を立てていた。その一方で、近寄ろうとする敵兵を射すくめるのが、コニンとアルガスふたりの主な役割であった。


「おまえらの射撃が止まったせいで、面倒なことになったぞ」


 ウエクアルムはぼやいた。ここからは彼らの仕事ではない。


「――それ、面倒なやつらを片付けろ」


 敵の小隊長の命令がくだる。

 それにしたがい、オークの集団が、彼らを一気に包囲殲滅しようとしたときだった。


「残念ながら、それはまかりならん!!」


 颯爽と現われた三体の影がある。

 ダーと二体の重装備の戦士が、彼らの護衛にあたっていた。

 重装備の戦士はチーム『ミラージュ』のカイと、バーンドだ。

 カイとバーンドは主に盾や装甲で射手たちをブロックし、ダーは攻撃役として敵をなぎ倒す。


「受けてみるか、ワシの 地摺り旋風斧ローリングアックスを」 


 バトルアックスを構え、ダーは突進する。

 独特の低い位置からダーは斧を撥ね上げ、装備の薄い敵の足を斬って落とした。

 さらに踏み込みつつ旋回し、次の敵を横殴りに斬って落とす。

 怒声をあげて敵が斬り返してくると、ダーは回転力を落とすことなく、足払いで相手を転倒させる。

 ぶざまに脚をすくわれ、そこから顔をあげたオークの顔面に。

 旋回してきた非情な斧が、容赦なく炸裂する。

 

「――グ、ゴログゴアアゴ!!」


 脳漿を地に撒き散らしながら横転する死体に見向きもせず、ダーは次の敵に斧を叩き込んでいた。

 自分よりもはるかに大きいオークを、次々となぎ倒していく。

 そのさまは、『血まみれの木こりランバージャック』の二つ名がふさわしい。

 強靭な足腰、そして瞬発力によって生み出される、ダー独特の戦法。

 下段の攻防という概念がない魔王軍の剣術では、打開策すらなかった。


「かっこいいよねえ……」


 コニンがうっとりとつぶやいた。

 

「いーえ全っ然! それよりも、我々も援護しましょう」


 アルガスは憮然として火矢を放った。

 後方ではいまだに糧食がぶすぶすと黒煙を吐いて燃え続け、地の炎も消えていない。

 そして炎をまとった戦士が、次々と魔王軍の兵士を火に沈めていく。

 もはや、火を見るだけで、敵は恐怖を覚えるありさまになっていた。


「ええい面倒な――よし、ブラギドンを使え」


 敵将ンシモナが命じる。ついに黒魔獣が動き始めた。

 黒魔獣の山のような巨体に、ちょろちょろと頭や背に、ゴブリンが張り付いている。

 これだけの大型怪物を軍隊に組み込むとなると、うっかり味方を踏み潰さないように、後方を確認する者、足許を確認する者などが必要になる。

 その魔獣の上を敏捷に這いまわっていたゴブリンたちが、短い悲鳴を発した。ことごとく首から血を流して、ごろごろと黒魔獣の背からころがり落ちる。何が起こったのかわからない。そんな疑問の表情を浮かべたまま。

 

「ハイド・アンド・シーク、解除」


 姿を現したのは、『ミラージュ』のリーダー、ベスリオスだ。

 彼女は誰にも悟られぬまま、黒魔獣の背に乗っていたゴブリンどもを一掃し終えると、機敏に怪物の首へと駆けのぼる。そして、腰に巻きつけていたロープを、大きな角にしっかりと巻きつけた。

 作業を終えると、すぐさま残った部分を地に投げ落とした。

 そのロープを伝って、這い上がってくる者がある。


「あとはアンタの出番だよ」


「ああ、任せろ」


 全身だぶだぶのローブで覆われ、本当の姿を誰も見たことがないという謎の男。彼こそ『フォーポインツ』のリーダー、コスティニルだ。

 彼は這いずるように魔獣の首筋に張り付くと、呪文を唱えた。


「大いなる四神が一、玄武との盟により――」


 呪文が完成すると、黒魔獣の動きが止まった。

 脳に、意思と相反する思考が割り込んできた。そう感じた。

 それはやがて黒魔獣に、明確な指示を伝えはじめる。

 

――おまえの右後方にいる巨大な怪物は敵だ。


――あれは敵だ、おまえの敵だ。


 ひたすらその言葉がこだまする。黒魔獣はあらがう。


 チガウ、アレハナカマダ……。


――いいや、あれは敵だ。


 アレハナカマダ……。

 

――いいや、あれは敵だ。


 チガウアレハ――


――敵だ。


 ソウダ、アレハテキダ――



『ウォーター・ウィスパー』

 頭脳に直接暗示をかけ、その通りに行動させる呪文である。

 思考が単純な生物ほどかかりやすいとされている。


「相変わらず、えっぐい呪文だね」


 そのようすを見守っていたベスリオスが、ちょっと震える声でつぶやく。

 脳内に静かに浸透していく言葉。

 操り手、コスティニルの指示が、いまや黒魔獣の意思そのものである。


「方向はもうすこし右、位置は――そうだ、それでいい」


 巨体をのそのそと旋回し、黒魔獣はもう一体の黒魔獣を見た。

 その目は完全に意思を失った、うつろな孔のようだ。


「よし、成功した、逃げるぞ」


 コスティニルがそう告げると、ふたりはロープを伝って地へと降り立った。

 ベスはそのまま、フッと背景と同化するように姿を消す。コスティニルは待機させていた馬に飛び乗り、いそぎその場を駆け去った。

 いまや、誰の目から見ても、黒魔獣の意図はあきらかだった。 

 角から光が放出され始めたからだ。


「な、なにをとち狂ったか、誰かあれを止めい!!」


 ンシモナの叫びは虚しかった。

 両角から放出された電流は鼻の角に集中した。

 やがて、白濁化した電流――雷撃砲が、びりびりと大気を震撼させて放出された。

 その圧倒的な破壊力を、彼は証明して見せた。

 一直線に進行し、目の前のあらゆるものをなぎはらいつつ放たれた雷撃は、もう一体の黒魔獣の、首から上めがけて炸裂した。

 それでもしばらく、ふらふらと立っていたもう一体の黒魔獣だったが、やがてすさまじい轟音をたてて横転した。

 誰も目からも、この大怪物が二度と立ち上がることはできない事はわかった。

 首から上の部分が、完全に消失していたからだ。


「――ブラギドン、一体死亡!!」


「阿呆が、そんな報告は見ればわかるわ!」


 部下にあたりちらすしか術がないンシモナ。

 まず間違いなく、あの魔獣はなんらかの細工をされたのだろう。敵の攻撃は神出鬼没だった。こちらは大軍であるがゆえ、小回りがきかず、叩き潰す有効な手立てがない。

 こうなれば、混乱状態にある魔獣をどうにか正気に戻すしか、この劣勢をくつがえす方法がないように思えた。

 そのとき、異変が起こった。ザラマの方角からだ。

 すばやく魔将ルシモナは視線を転じる。

 ゴゴゴと大きなきしみ音をたてて、固く閉ざされていたザラマの市壁の門扉が開かれようとしている。

 

「この機に、討って出る気か、そうはいかん――」


 ンシモナも、流石にこれだけの大軍を任される将である。

 彼は即座に伝令を飛ばし、兵を左翼と右翼に展開させた。城内から突進してくるであろう、敵兵を包囲殲滅しようという構えであった。

 とはいえ、まともに行動できる部隊はそれほど多くはない。ほとんどの隊が混乱の極地にあり、正常に機能してはいないからだ。


「とはいえ、城兵は寡兵と聞く。なんとでもなる」

 

 彼らはかたずをのんで、完全に開門したザラマから、敵の一団が飛び出すのを待った。

 すると、ふたたび、ゴゴゴと大きな音がした。

 ザラマの門が、またも閉ざされていく。


「……なにも出てこんのかい!!!」

 

 完全に肩透かしを食らって、思わずつっこんでしまうンシモナ。

 

 だが、かれはすっかり敵の策にはまっていた事に気付かなかった。

――背後に気配がある。

 振り向くと、黒い装備に身をつつんだ、大きな女戦士が、静かに闘志をみなぎらせて佇立している。

 完全にひっかかった。

 あれはわれらの注意を、ザラマに向けさせるだけのトリックだったのだ。

 左右に展開させた兵は、簡単にはもどって来れない。

 その隙に、総大将の自分は、敵を目の前に迎えている。

 護衛もすでに倒されてしまったようだ。

 目の前の女戦士は、天に黒いバスタードソードを掲げ、叫んだ。


「………われこそ『フェニックス』の戦士、クロノトール!」


 つっと剣先を、ンシモナにむける。


「……総大将、あなたに一騎打ちを申しこむ……!」


 

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