7 ドワーフ、やっと新たな仲間を得るのこと

「ようやく終りましたね……」


 やれやれと気だるげな表情で、エクセがつぶやいた。

 ダーが座り込んでものの役に立たなくなったので、オークの残党狩りはエクセと冒険者、村の若者たちが担当したのだ。

 残った連中は、たちまち逃走態勢に入った。

 これが高度な知性のある生物なら、とっ捕まえて事情を聞き出すところだが、オークにそれは期待できない。

 増援に来られても困るので、ひたすら逃げるオークたちを、冒険者と村人の精鋭は徹底的に追撃した。せざるを得なかった。

 言ってみれば一方的な屠殺である。

 こうして彼らは、オークの残党を完全に一掃したのだった。


 よっこらしょと起ち上がったダーは、口をへの字にして周囲を見回した。


「――ところで、ジンジンとジンギとスカンはどうなった?」


 不審なことに、この戦闘中、彼らの姿がなかったのだ。

 エクセ=リアンが、無言で指をある一方向へと向けた。何もない。

 ダーは目を細くしてそちらを見つめた。地平線に吸い込まれそうなほどの遠方に、豆粒ほどの大きさになった、みっつの小さな背中がある。


「とっくに風を食らって逃げてますよ」


「なな、なんと頼りにならぬへっぴり腰のプーどもじゃ!」


 ダーは怒って地団駄ふんだが、どうにもならない。

 単なる人数あわせの傭兵を入れたのが間違いだったのだ。


「……あの、危ないところをありがとうございました」


 冒険者の一人が、背後からおずおずと声をかけてくる。


「――いや、同じ冒険者ではないか。見過ごしにはできぬよ」


 ダーはふりむき、できるだけ爽やかな営業用スマイルで返した。

 支援を得なければならないという、エクセの言葉を思い出したのだ。

 そのエクセは、フードを目深にかぶりなおして、ふるえている。


(こやつめ、ハハハと笑っておるに違いない)


「あの、失礼でなければ、お名前をうかがってもよろしいですか?」


「ワシはダー・ヤーケンウッフ、こやつはエクセじゃ」


「本当に助かりました。あらためてお礼を言わせてください」


 丁寧に頭をさげたその冒険者は、| 女の僧侶(プリーステス)だった。

 三人の冒険者のなかには、ハイオークとの戦いで助力してくれたひときわ大きな戦士がいたが、これまた女性だった。エクセもエルフならではの長身で、180センチはあるが、この女性はさらに大きい。


「…………ありがと………」


 かなり無口な性格らしかった。


「オッス、本当に危機一髪だった! サンキューな二人とも!」


 やたら威勢のいい口の利き方をする弓矢使いが、サムズアップで礼をする。

 つんつんしたショートカットの髪型に、ぞんざいな言葉遣い。

 一見して少年のように見えるが、体型はどこから見ても女の子だった。

 残っていた冒険者三人とも、女性というのは偶然ではあるまい。

 男だけ先に殺して、女は生け捕りにしておたのしみというつもりだったのだろう。


(フン。そうは問屋が不眠症のマイケル) 


 その目論見を、たまたま通りかかったダーたちが未然に打ち砕いたというわけだ。


「それにしても、ここは王都からさほど離れていない村ですよ、こんなところにまで魔物が襲来するなんて、ただごとではないですね」


 そのとおりだった。

 ここフルカ村は彼らが現在、目的地として目指しているジェルポートと、王都ヴァルシパルとのほぼ中間地点に位置する。

 両者を結ぶ街道には関所が設置されており、これほどのオークの大群の侵入をやすやすと許すことは、まずありえないといっていい。


「魔王復活にともない、不可解な現象がおこりつつあるようですね」


 エクセは思案顔になった。

 命懸ケデココヘキタ。あのハイオークの言葉の意味を、色々と考察してるのだろう。

 確かにダーとしても、どのような手段でオークの群れがここまで到達したのか気にならなくもないが、オークならぬ身としては、考えても仕方がないと思っている。

 しかし、頭のいいエクセには何か思うところがあるのだろう。

 こうなると長いので、ダーは声をかけなかった。


「――あぶないところを、ありがとうございます」


 村民たちが、次々とお礼を言いにやってきた。

 ダーのみたところ、村の若い衆は戦闘になれていなかった。

 残党狩りのときのオークどもは、すでに戦意を失っていたため、一方的に倒すことができたが、あのようすではろくな抵抗もできなかったに違いない。

 聞いてみると、たしかに完全な不意うちで、村はほぼ無抵抗状態だったようだ。

 見張り台にいた人間も、接近してくるオークの姿を視界に捉えてはいない。

 たまたま別の依頼で居合わせた冒険者たちも、気付いていれば対応は変わっただろうが、そうはならなかった。

 ろくな作戦も練れずに、殺到してきたオークの大群により、各個に分断され、命を落としていったそうだ。

 言ってみれば、ダーたちは村の危機を救った英雄だった。


「なんのなんの、造作もないことじゃわい」


 ひたすら頭脳を働かせているエクセは放置しておくことにし、ダーはとりあえず、お礼を言いに集まった村人の応対をすることにした。


 

 ……その後、ダーと冒険者は、村人たちと共にオークの屍を処理した。

 放っておくと、疫病が蔓延するおそれがあるからだ。

 さらに虐殺された村民と、斃れた冒険者たちの遺体も埋葬した。

 かれらに祈りの言葉をささやく女僧侶。

 その目にはうっすらと涙がにじんでいる。

 他のふたりの冒険者も、沈痛なおももちだ。仲間が死んだのだ。無理もない。


 ダーとエクセも、無言で葬儀に参列した。

 ダーといえど、こんなときにふざけた態度をとることはない。

 静かに両目を閉じ、勇敢に戦い、死した冒険者たちに黙祷をささげた。


―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―


 そうした事後処理に追われているうち、村も落ち着きをとりもどしつつあった。

 ダーたちもそうした手伝いに追われ、気付けば三日ほども村へと逗留している。

 その後、ささやかながら村をあげての歓待を受け、ダーは大いに喜んだ。

 酒と肉さえあれば、ドワーフ大満足なのである。

 もう三人のアホ戦士どもに逃げられたことなど、とうに頭から消えている。


「ところでおふたりは、どこへ行くおつもりだったのです?」


 冒険者の一人、女僧侶が尋ねる。


「うむ、もともと吾らはジェルポートの町に向かう途中であった」


 すっかり出来上がっているダーは上機嫌で答えた。


「なにか目的でも?」


「ふむ、世直しの旅といったところじゃな」


「世直しだって! これは大きく出たな、オッサン」


「オッサンではない。ダーと呼べ」


「とても興味深い話です。よろしければぜひお聞かせください」


「………聞きたい………」


 興味津々の冒険者たちに、ダーは熱弁をふるった。

 王宮での出来事――。亜人への国王の冷たい仕打ちのこと。異世界の人間にすべてを丸投げし、自らは何もしようとしない王国の塩対応のこと。

 あきれ果てたダーとエクセのふたりは、熱き正義の心に突き動かされるがまま立ち上がった。

 そう、自らの手で魔王軍を撃退し、この世界を救うと天に誓ったのだ。

 天命、われにあり!


 ダーの話というのは、基本的に大げさである。エクセ=リアンがちゃんと聞いていたら、たちまち彼は四神魔法でこんがりと焼かれていたところだろう。

 しかしエクセは、なにやら考え事に没頭していた。

 まるで周囲の声が耳に入っていない状態なので、ダーの独演会を許してしまったのだ。

 エクセ、最大の失敗といってよかったかもしれない。


パチパチパチパチパチパチパチ!

 

 周囲から鳴り響く万雷の拍手に囲まれ、エクセはハッと我にかえった。

 何が起こったのか理解が追いつかないようだ。

 エクセは満足そうに髭をなでおろしているドワーフの耳を引っつかむと、


「ダー、何をしでかしたのです?」と詰問した。


「―――私たち、大いに感動しました!」


「な、なにがでしょう?」

 

 ぎょっとした顔でふりかえるエクセ。


「もしよかったら、その世直しの旅、俺たちも同行させてくれないか!」


「………行きたい………」


「もちろん歓迎じゃ。仲間は多いほどよい」


「ダー、あなたはまた勝手に……」


「エクセ様は反対なのですか?」


 女の僧侶に問われ、いえ、そういうわけでは……とたじろぐエクセ。

 何が起こったのか把握していないだけに、複雑な表情を浮かべている。

 じろりと横目でダーを睨むのが精一杯だった。


「よいではないかエクセ、これでダー救国戦士団の復活じゃ!」


「そのださいネーミングはよしなさい! それにあなたはよいのですか?」


「なにがじゃ?」


「あなたはもともと、国王の亜人差別がもとで立ち上がったようなもの。人族を加えては本末転倒ではないですか?」


「ガハハ、わしは国王とは違う。ともに戦うものに種族は関係ない。異世界の者ではなく、この土地に暮らす、すべての種族が力を合わせて魔王軍を倒す。これこそが重要なのじゃ」

 

 もはやエクセが何をいっても無駄のようだった。

 彼は「後悔すると思いますよ……」と言葉を添えるのが精一杯だった。


「後悔なんてないよ。世界を救うなんて、冒険者冥利に尽きるよ!」


 はりきって、アーチャーの元気娘が応えた。

 こうしてダーは三人の仲間に逃げられ、新たに三人の仲間をゲットしたのだった。

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