6 ドワーフ、オークと死闘を演じるのこと
その発言のぬしは、巨漢であった。
体格は他のオークどもより一回り以上大きく、肌の色も濃く、どこか異質である。
瞳の輝きは紅色で、両手で握った巨大なポール・アックスをにぎりしめ、周囲を睥睨する様は目に見えぬ威圧感に満ちている。
村人の誰かがつぶやいた。
「ハイ・オーク……」
オークの中のエリートといっていい。体格、腕力、知力、ともに並みのオークより優れ、中では呪文を唱えるものもいるという。こいつが群れのリーダーであることは疑いようがなかった。
「ドイツモコイツモ、ヤクタタズバカリ。オレガ全員シマツスル」
「ほう、しゃべるオークもいるのか。こいつは認識を改めねばならぬわい」
「あれ、昔闘った相手にハイオークはいませんでしたか?」
「何しろ昔のことじゃからな。人間は忘れる動物なのじゃ」
「あなたは人間じゃなくてドワーフですけどね」
「おまえだってエルフじゃろう」
「私はしっかりと覚えていますから」
どことなく自慢げなエクセに、ちっと舌打ちするダー。
どや顔の彼の姿を見るのも久しぶりである。
「――クダラヌ会話はオワリダ」
巨大なポールアックスを頭上に構え、突進するハイオーク。
轟音が地をゆるがした。紙一重でかわしたダーだったが、空振りの一撃は大地をうがち、あたりにもうもうたる猛烈な砂煙がたちこめる。
視界が遮られているすきに、ハイオークは、ゆうゆうと地面から巨大な斧をひきぬき、再度大振りの一撃をみまった。
烈しい硬質の不協和音が、村の空気をかきみだした。
冒険者のひとり、巨体の女戦士が、その一撃を受け止めたのだ。
なみなみならぬパワーに、ほほうとダーも驚きを禁じえない。
拮抗していたのもつかの間、すぐにハイオークの圧力が彼女を上回り、女戦士は数歩うしろに弾きとばされた。
さらに追撃をこころみるハイオークだったが、それはダーが阻止した。
すかさず敵の足元に潜りこむと、斧の横撃を見舞う。
だが、ハイオークもさるもの、長い柄を生かし、それを受ける。意外な機知にダーは目を見開いたが、すぐに斜め後ろにステップした。
敵が再反撃の構えを見せたからだ。
瞬く間の攻防だったが、濃密な時間に息をひそめて見守っていた村人たちは呆気にとられて言葉もない。
「すごい戦いだ。こんなのは見たことがない」
「しかし、ドワーフとハイオークの死闘とは、悪夢を見てるようだ」
「バカをいうな、あのドワーフは俺達のために闘ってるんだ」
そんな村人たちが会話をかわせる余裕が出ているのも、オークの数が圧倒的に減少しているからだ。
オークは機を見るに敏である。言い方を変えれば、劣勢になるとすぐに逃げる。
もはやハイオークを含め、残党はごくわずかだった。
「お前さんも意地を張るのはやめて、とっとと逃げ帰ったらどうだ。もはや勝負の行方は明白じゃろうに」
「ダマレ、ソウハイクカ」
ダーの説得も、ハイオークには通じない。
「ワレラハ、コノムラノアルモノヲ奪取セヨトノ命ニヨリ、命懸ケデヤッテキタ。今更アトモドリハデキヌ。任務ヲハタスカ、ココデ死ヌカノフタツヨ」
「死兵というやつかのう」
己の命を守ろうとするのが生物の本能であるが、あらゆる致命傷を恐れず、ひたすら攻撃に徹する者の怖さを、ダーは長年の戦いで嫌というほど知っている。厄介なやつじゃなあ、と思うしかない。
会話は終わりのようだった。無言でハイオークは雄大な斧をかまえなおした。
ふたたび斧を頭上に構え、突撃をしかけるハイオーク。
無策じゃな、とダーは思ったが、そうではなかった。
ばきばきっとハイオークの口許で、何かが砕ける音がした。
「むうっ」と気付いた瞬間は、わずかに手遅れだった。
顔面に何かが叩きつけられ、ダーは思わず目を閉じた。
ハイオークが自らの牙を噛み砕き、弾丸のように吐き捨てたのだ。
おそるべき勝利への執念といえた。
「ドワーフさん、あぶない!!」
冒険者たちが悲鳴をあげる。
だがダーも、ただ棒切れのように斬られる趣味はない。
眼を閉じたまま、投げた。
斧を。
「バカナ、血迷ッタカ!」
唯一の得物を投げて飛ばすとは、戦士として自殺行為としかいいようがない。
眼を閉じていたにも関わらず、斧は正確にハイオークの顔面へと飛んだ。だが、それは当然のごとく、ポールアックスで防がれる。
こうなると、もはや無手となったドワーフを殺すことは容易なことだった。
しかし、飛んできた斧を防いだ一瞬。
ハイオークの視界が塞がった一瞬。
顔の前から斧を動かしたハイオークの眼前に、炎に包まれた鳥があった。
エクセの攻撃呪文、ファイア・バードが飛来していた。
「ヌウッッッ!!」
これは、ポールアックスで防いでも、防ぎきれない。
飛んでくる炎のかたまりを、剣で防げないのと同じ道理である。
ハイオークの上半身は、火に包まれた。
焦げ臭い嫌なにおいが、大気を汚染した。
ダーとしては、エクセが援護してくれるのは、確信に近いものがあった。
一瞬だけ、ハイオークの目を逸らさせる何かがあればよかったのだ。
ダーが涙目ながらに瞳を開くと、目に飛び込んできた光景は、ハイオークが大地に転がって、上半身の炎を消そうと必死になっている姿だった。
ダーは自身の斧を拾い上げると、ハイオークに向き直った。
そのまま待つ。
相手が立ち上がるのを。
「さっさととどめを刺すんだ!!」
そんな村人の叫び声を傲然と無視し、ダーは待った。
やがて、上半身を赤く爛れさせたハイオークがよろよろ起ち上がった。
無言のまま、ダーは戦斧を構えた。
ハイオークもそれを見て、ポールアックスを構えた。
「戦士ノ情ケカ?」
「ちがう」
「デハナンダ?」
「斧使い同士、斧で勝敗を決せんでどうするよ」
カッハッハハと、陽気にハイオークが笑った。
本来なら火傷の痛みで、声も出まいに。
「受ケヨウ、ドワーフノ戦士――名前ヲ聞コウカ」
「ダー・ヤーケンウッフ」
「ハイオークノ『壊シ屋』グゲルグ」
風が吹いている。
距離は数歩。
どちらともなく、突進した。もはや小細工はなかった。
リーチ差から、先に攻撃が届いたのはハイオークの一撃だった。
その数瞬前に、ダーは歩調を変えていた。
地摺り旋風斧のステップへと。
ドワーフの一撃と、ハイオークの一撃は、ほぼ同時に炸裂した。
斧と斧とがぶつかりあい、金属音が炸裂した。
ハイオークはわずかに体勢を崩した。
しかし、ダーの強靭な足腰は、さらに追撃の旋回を可能にしていた。
体勢を崩しつつも、ハイオークはさらに斧を振り、ダーの追撃を防いだ。
だが、ダーは止まらない。地摺り旋風斧は止まらない。
二度防いだのが限界だった。ダーはそのまま回転を続け、斧も旋回し続ける。
目標物が消滅するまで。
やがてダーの斧が空を斬った。その反動を利してぐるんと振り向くと、両足をずたずたに切り裂かれたハイオークが、その身を紅に染まった大地に転がしていた。
「見事ナ連撃ダッタ。ドワーフヨ、トドメヲサセ」
「おぬしもな、いい勝負だった」
「アア、楽シカッタナ……ダー・ヤーケンウッフヨ……」
ダーは無言で頷くと、その通りにした。
ハイオークが絶命した瞬間、村人の歓喜の声が、輪になってダーたちを取り囲んだ。
ダーは静かに雄敵に礼をささげると、その場にどっかと腰を下ろした。
「やれやれ、こんな勝負ばかりしてると、五百年の命も五年に縮まってしまうわい」
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