第12話「闇が動き出す」

 それは、あまりにも突然の邂逅かいこう

 七聖輪セブンスのトップに君臨するチャンプは、イオタにとって天上人にも等しい。

 同時に、縁陣エンジンであるルシファーにとっては、自分との再会を意味していた。チャンプの駆る龍走騎ドラグーン、GT-Rの縁陣エンジンは……かつてたもとを分かった半身、サタンだったのである。

 そのことでずっと、バイゼルハイムの街についてもイオタは落ち着かなかった。


「ちょ、ちょっとイオタ! 前! 前見て、前っ!」


 隣でカレラが叫んで、ふと意識が追想から巻き戻される。

 今、整備された石畳いしだたみの上を走るCR-Zは、ゆっくりと人並みの中。そして、目の前に巨大な荷馬車が現れる。慌ててイオタがブレーキを踏めば、前のめりにCR-Zは停車した。

 突然の急停車だったので、クラッチを踏み忘れて縁陣エンジンが止まってしまう。

 いわゆるエンストで、ゆっくりとボンネットの上にルシファーが現れた。


「マスター、大丈夫ですか? 前はよく見て運転しないと危ないですわ」

「あ、ああ、ゴメンよ。大丈夫……ちょっと考え事をしていた」

「……先程の、黒いGT-Rですね?」

「うん」


 圧倒的な存在感、そして揺るがぬ強さと速さ。

 一流龍操者ドラグランナーだけを集めたトップランナー、七聖輪セブンスの中でも最強の男……それがチャンプ。一切が謎に包まれているが、誰もが憧れるこの時代最速の男だ。唯一男だということが知れているが、それは隣のカレラが紅一点と呼ばれるからに過ぎない。

 顔も知らず話したこともない、チャンプ。

 今、イオタの心はその存在にとらわれつつあった。


「ほらほら、イオタッ! 次で最後だから、気を抜かないでよねー?」


 後ろでリトナが元気な声をあげた。

 一連の走りの最中、彼女はずっと気絶していたのだ。

 だが、急かされイオタは縁陣エンジンをかけなおす。ルシファーが「んっ」と身を震わせ、再びボンネットの下に消えていった。

 修理した再醒遺物リヴァイエの配達は、次が最後だ。

 気を取り直してハンドルを握り、街の郊外へと道を選ぶ。


「最後は……お得意様のバルナック男爵家か」


 バルナック男爵家は、王家からこのバイゼルハイムの統治を任された貴族である。上流階級の人間はおおむねそうであるように、発掘された再醒遺物リヴァイエに目がない。いつも高値で買ってくれるので、上客とも言えた。

 次第に周囲の風景が、緑の度合いを増してゆく。

 城壁に囲まれた中でも、小さいながら山があってとうげがある。

 その奥に、広大な敷地を構えた男爵の屋敷があった。

 途中、牛車や龍走騎ドラグーンと何度か擦れ違う。

 一般的には龍走騎ドラグーンは、トラックやトラクター、軽自動車のたぐいが好まれていた。そして、トラックタイプを見るとついイオタは目で追ってしまう。


「多分、違うと思うけど……でも、気になるんだよなあ」

「イオタ? キミね、余所見運転よそみうんてんは駄目よ? さっきから集中力がないんだから」

「あ、いや、カレラさん。実は」

「なに? 今の龍走騎ドラグーンがそんなに珍しい? どっかの商家のトラックでしょ」


 後ろのリトナが、かいつまんで説明してくれる。

 イオタがトラックにかれそうになって、この時代に飛ばされてきたこと。そうして転移させられた人間の大半が、魔王と戦う勇者になったこと。そして、元の時代に戻る儀式のために、自分を轢いたトラックを探していることなどが伝わった。

 その頃にはもう、男爵の屋敷に到着していた。

 背の高い門が開くと、真っ直ぐな道の向こうに豪邸が鎮座している。

 いつもの場所にCR-Zを止めたイオタは、降りるや目を見張った。


「あっ……こ、この龍走騎ドラグーンは!」

「ん? あら、この龍走騎ドラグーンってもしかして」


 イオタとカレラは、一台の龍走騎ドラグーンを見て別々の反応を示した。

 ようやくリアシートから這い出てきたリトナだけが、不思議そうな顔をしている。

 三人の前に、青い龍走騎ドラグーンが停まっていた。

 その名を口にするだけで、イオタは興奮で身体が震えてくる。


「アンフィニRX-7! FDじゃないか……し、しかもこの龍走騎ドラグーンって」

「あいつん家なんだ、ここ。へえ……七聖輪セブンスって基本的に、馴れ合いはしないから互いをよく知らないのよ。別につるんでる訳じゃないしね」

「やっぱり! デルタの兄貴が時々話してくれた、七聖輪セブンスの一人が、ここに?」


 だが、定期的に通って再醒遺物リヴァイエを納品しているが、このFDは初めて見る。確か、バルナック男爵は公務での移動に、大きなセダンタイプを持っているはずだ。

 セカンドカーというには、あまりにも特殊で、そして洗練された龍走騎ドラグーンだ。

 ひと目でわかる……インチアップされたタイヤだけ見ても、取り付け角やホイールのドレスアップ、そしてスリックタイヤに近いスポーツタイプ。外観こそ派手なエアロパーツはないが、すぐに走りを極めた一台だと知れる。

 無数に刻まれた細かな傷は、路面の小石や砂利じゃりが跳ね上がってできたものだ。

 それでいて綺麗にワックスがけされ、ボディは海のような光沢を放っている。

 我を忘れてイオタが魅入みいっていると、背後でハスキーな声が響く。


「ボクの龍走騎ドラグーンはどうだい? 惚れ惚れするだろう。存分に見てくれたまえ」


 振り向くとそこには、奇妙な少女が立っていた。

 王都の近衛騎士このえきしの制服を着て、腰には剣を下げている。見目麗みめうるわしいその姿は、凛々しい女騎士そのものだ。だが、なにか違和感がある。

 そう、七聖輪セブンスの紅一点はカレラの筈だ。

 一人しか女性がいないから、彼女は紅一点なのである。

 では、目の前の少女は誰なのだろうか?

 その疑問に目を丸くしていると、悪戯っぽい笑みで彼女は握手を求めてくる。


「はじめまして。七聖輪セブンスの一人、ディリータ・バルナックだよ。あと、久しぶりだね? カレラ。元気そうだけど、今日はポルシェはどうしたんだい? 人の運転する龍走騎ドラグーンに乗るなんて、珍しい」


 やっとイオタは気付いた。

 目の前の少女は、

 少女ではなく、少年なのだ。

 思えば、心なしかやや骨太だし、中性的な顔立ちは男に見えなくもない。だが、元よりきらびやかな近衛の装束が、スカート姿もあいまって本当に女の子に見えた。

 イオタの視線に嬉しそうにはにかんで、その場でディリータはくるりと回る。


「かわいいだろう? これは女性騎士用の制服なんだ。……父は、ボクの心の性別には否定的でね。家にいられなくて、王都に放り出されたんだ。今は訳あって帰省中きせいちゅうって訳」

「な、なるほど……あ! そうでした、あの、バルナック男爵に注文のものを」

「ああ、それは多分ボクだね。えっと、? だっけ? 王都では流行はやってるんだよ」


 王国の首都ともなれば、かなり再醒遺物リヴァイエの普及率は高い。

 携帯電話は魔力方式になって、高レベルの魔導師が使う念話を再現できるので人気なのだ。イオタはCR-Zに積まれた最後の納品物を取り出し、それをディリータに渡す。

 彼女は……いな、彼は箱から嬉しそうにスマートフォンを取り出しつつ、その操作に夢中になりながらも言葉を続けた。


「で、どう? カレラさ、最近は誰かとバトルした?」

「ん、まあ……この子とやろうと思ってるんだけど、タイミングがね」

「ああ、えっと……そうだ、イオタ君。いつも書類で見てるからね、名前だけは知ってるよ。そっちのはリトナちゃんだね? リットナー家の」


 意外な言葉に、イオタはリトナと顔を見合わせた。

 何故なぜ、近衛騎士にして七聖輪セブンスのディリータが、自分達のことを?

 だが、そのことを聞いてたしかめようにも、今のディリータはスマートフォンに夢中だ。カメラをカレラに向けたりと、本当に屈託くったくのない笑顔ではしゃいでいる。

 肩をすくめつつ、カレラはそんな彼からスマートフォンを取り上げた。


「ほら、なんかイオタが話を聞きたがってる。近衛騎士の仕事と片田舎の再醒遺物リヴァイエ技師と、どう繋がるのかしら?」

「ああ、それね。……ずっと前から、王国全土の事件を追ってるんだ。ボクはその担当騎士なの。えっと、ごめんねリトナちゃん。思い出したくないだろうけど……君の御両親が亡くなった事故、あれは単発的なものではなかったんだ」


 ビクリ! とリトナが身を震わせる。

 そう、彼女の両親……リットナー夫妻は龍走騎ドラグーンの事故によって死亡している。二人の乗っていた馬車に、乱暴な運転の龍走騎ドラグーンが突っ込んだのだ。それ以来、リトナは龍走騎ドラグーン龍操者ドラグランナーを恐れ怖がる。唯一イオタの運転のみに、身を預けてCR-Zに乗ってくれるのだ。

 そのことをディリータが話すと、カレラも「ふむ」と唸った。


「噂で聞いたことがあるわね。轢き逃げや事故を意図的に起こす、マナーの悪いギルドがあるって。目的は、言ってみれば暴走……無軌道に暴れる甘ったれた龍操者ドラグランナー連中よ」

「そう、それ。けど、なかなか足取りが掴めなくてね。さっきチャンプにも情報提供をと思って、一緒にお茶してたけど……残念ながら、目ぼしい情報はナシ」


 あのチャンプが、ディリータとティータイムを? 彼は龍走騎ドラグーンを降りたチャンプを知っているのだろうか? 意外な話にイオタは、そのまま疑問符を口にしてしまった。

 ディリータはあっさりと、チャンプと自分とのことを話してくれる。


「あ、うん。ボク等はまあ……似た者同士、かな。あ、チャンプに女装の趣味はないよ? でも……彼、格好いいよね。ボク、振り向いてもらえないからヤキモキしちゃう」

「はいはい、乙女おとめ以上に乙女心出さないで。それで?」

「うっ、カレラってば酷い。まあ、彼の方でも悪いギルドは気に入らないらしくて、追ってるんだ。なんか……そのギルド、


 あの、七聖輪セブンスのチャンプに偽物が?

 それは酷く不埒ふらちで冒涜的だ。この時代の若者達の間では、最前線で戦う勇者以上のカリスマを持つ男……それがチャンプである。すでにもう、百年続いた戦争は勇者を消耗品にしてしまったのだ。

 そんな中で、燦然さんぜんと輝く夜の王……世界最速の男、チャンプ。

 その名をかたる偽物が、危険な走りを繰り返すギルドの頭だという。

 イオタは黙ってはいられなかった。

 先程、バトルですらない中で並んで走った。追い抜き、追い越してゆく漆黒のGT-R……その遠ざかるリアを追いかけただけで、イオタは胸が熱くなったのだ。


「……あの、ディリータさん」

「ん、ああ。ゴメンゴメン、代金だよね。これで足りるかな? 父と鉢合わせになる前に、王都へ退散しよう。サンキュね、イオタ」

「いえ。どうも……それと、よければもっと教えてくれませんか? その、チャンプの偽物達の話を」


 一瞬、ディリータが真面目な顔になった。

 その時、見目麗しい女装騎士の印象は払拭される。

 まるで鋭い刃のような、凛冽りんれつたる凄みがイオタを串刺しにする。やはり、この男も七聖輪セブンス……最速の七人と呼ばれる中の一人なのだ。

 だが、彼はすぐに笑顔に戻ると、少しだけ情報を教えてくれた。

 その話をイオタは、リトナの震える手を握ってやりながら聞くのだった。

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