第2話 生まれる疑問
「おかえりなさい。"ふうか"」
念ををすように大きく発せられた言葉には、伝えていないはずの自分の名前が添えられていた。もちろん、いくら脳みそをフル回転させてもこの子供に覚えがない。
「えっと...あなたはだれですか?」
やっとでた声に若干の違和感を感じる。その高い声色に緊張で上ずったのかなと、胸をさすると
...ない。
ばっと下を向き目視する、年相応に発育していたはずの凸が2つとも無くなっていた。それどころか、動かす手もやたらと小さい。
「えっ...これ..えええっ?!」
至る所に腕を回すと、自分に起こったありえない変化に気づいてしまった。
顔は小さく、髪もショートに。腕も短く、さっきまで着ていたはずのスーツがキャラもののTシャツになっている。短パンからのぞく足は、使い込んだ様子の少しボロい運動靴を履いていた。
どういう事?!!
「ハッハッハ、さすが新しい子じゃ。期待どおりおもしろい踊りをしおる。」
腰に手を当て、上機嫌の割烹着の子供はそう言い終えると、よいしょと膝を立て
「さぁ、上がっておいで。お菓子を出してあげよう。」
と右側にあった襖を開け、ささっと入って行ったしまった。混乱した頭を横に振り、頬を2、3度軽く叩く。やはり夢ではないようだ。そう自覚すると、途端に1人知らない場所に取り残されている事に、恐怖を感じた。
「ちょっと、まってよ!」
急いで靴を脱ぎ、廊下をかけて後を追う。敷居をまたぐと、そこは畳の部屋だった。中央には四足のちゃぶ台と座布団が向かい合わせに2つ。壁際には古めかしい茶タンスとゴミ箱であろう円錐の缶が置かれていた。
あの子はどこだろうかと辺りを見渡せば、部屋の左にある暖簾の奥から音がする。早く見つけだしたい一心で、見知らぬ家をずかずかと進むと、その先は台所になっていた。
コンロにはやかんが1つ設置されていて、今にも白い湯気を吹き出そうとシュッシュと音を立ている。それと対面にあるタンスに椅子に乗った割烹着の子が、目当てのものを出そうと収納棚の奥へ、つま先を立てて探っている。
グラグラと揺れている足場を支えてあげようと駆け寄ると、しばらくしてひとつの入れ物を手にひょいっと椅子の上から降りた。
「支えてくれてたのかい?ありがとね。」
そう言って少し深堀の木の器を出すと、入れ物の蓋を開け、中のものを流し入れていく。器に盛られたそれに、目を大きく見開いた。
自分が昔よく食べていた、りんごせんべいだ。
「それ...なつかしい。」
その言葉に子供はニコッと反応すると、
「そうだろう。これは君の"好物だったもの"だからねぇ。」
訳が分からずその言葉の意味を質問しようとする前に、子供はのれんをくぐり、それを置いてまた戻ってきた。タイミングよく鳴り出したやかんをとると、並べられた湯のみに注ぎ、冷蔵庫から瓶を取り出して、中の琥珀色にてらてらとした何かをスプーンでひとすくい加える。熱によって浮き出た湯気に乗って、これまた懐かしい匂いが鼻をくすぐった。
「さぁ、おいで。」
湯のみの乗ったお盆を手に、暖簾をくぐっていく子供。その幼い背を追いかけて、自分も畳の部屋へと向かった。
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