おかえりなさい。幼帰家へ
みおう
とりーと好きな魔女っ子わらし
第1話 ハロウィンだからね。
今日も乗り切ったぞ…。
靴を脱ぐのも面倒になり、その場に崩れ落ちる。玄関からの冷気のせいか、床が冷たい。ヒューヒューと音を立てるすきま風を無視して、帰宅の喜びを噛み締めていた。十数時間ぶりに重力から開放された腰や足をめいいっぱい伸ばすと、横腹に硬いものがあたった。何か転がっていたのかと、手で探ってみても何も無い。ならばと突っ込んだコートのポッケットには、大きな飴玉が入っていた。
はて、こんなものいつ買っただろうか?
黒い包みにくるまれたそれを訝しげに見つめた。何の印刷もされていない無地の包装紙を爪でめくってみると、やけに発色のいいオレンジ色の飴が顔をのぞかせる。ラメでも入っているのだろうか、少し動かすと宝石のようにキラキラと輝いていた。どれだけ記憶を辿っても、思い当たる節が無く不思議に思っていると1つの結論を見つけた。カバンをまさぐりスマホを取り出して確認する。
10月31日。今日はハロウィンだ。
帰り道の電車でやたらと奇妙な格好をした人が多いなと思ったが、これのもそのイベントに因んだてお菓子配りか何かなのだろう。歩くのがやっとの人混みの中、すれ違いざま無意識に受け取ったに違いない。幸せそうに騒いでいた奴らを妬みながら大きいため息をついた。世間の行事など関係なく、一日中デスクにしがみついていた私には関係のない事だなと、自虐しつつ天井を見上げる。
仕事に全くの不満がないといえば嘘になるが、働かなければ生活できない。
なりたかった職業ではなく、安定した給料が貰える職業として今の会社を選んだ分、熱意や向上心は全くもちあわせてはいなかった。ただ、淡々と与えられた役割をこなす日々。
なんとか生活していけているが、張合いのない作業をしていると、時々、息が詰まりそうになる。一日の酸欠分を取り戻そうと、鼻から大きく息をすい吐いては見たが、何かが足りない。
何かが満たされない。
もんもんとした負のループを断ち切ろうと、半身を起こし立ち上がる。
適当に靴を脱ぎ捨てて、脇に上着をかけ、リビングへとのそのそ歩き始めた。
趣味に浸る意欲も、胃を満たしたい食欲も、夢に溺れる睡眠欲もない。何かないものかと考えていると、さっき見つけた飴玉を思い出す。こんな夜中にお菓子を食べるだなんてと思ったが、普段やらない背徳的な事でもしないと、鬱蒼としたこの気が晴れないきがした。
ハロウィンだからね。仕方ないね。
そう自分に言い聞かせて、口に放り込む。すると、子供の頃に食べた懐かしいねり飴の様な味が広がり、不意に子供の頃を思い出した。
野山を駆け回り、疲れると近くの木陰で寝そべって、お腹すいたら駄菓子を食べ、また遊びに走り出る。今とは違う、自由そのものだったあの頃。
あぁ...あの頃に帰りたいな。
叶わぬ願いに、虚しさがこみ上げてきて鼻がツンッと痛んだ。ええいっと頭を振り、苦い感情を中和させるように口の中で飴を強く転がしてドアノブを捻る。
すると、押戸には不釣り合いなガラガラという音がたった。
「おかえりなさい」
不意にかけられた言葉に気を取られ、前のめりになった重心を支えるため、不用心にも1歩中へ踏み出してしまう。そして目の前の光景に困惑した。
フローリングの筈だった床は、石造りの玄関に変わっていて、奥には古民家を思わせる古めかしい木製の壁や天井がある。そして、腰がかけられる程の段差の先には、少女とも少年とも捉えられる中性的な風貌の幼い子供が、白い割烹着を着てちょこんと座っていた。
...待て待て待て。
この子は誰だ?
そもそも、私は自分のアパートに帰ってきてた筈だよな?鍵も使ったし間違いない筈だ。そもそも、部屋が玄関ってどういうことだ?
寝ぼけているのか私は??
試しに頬をつねって見たが、目の前の光景は変わらず、強いていえば目が合った子供が、ニコニコと焦っているこちらの様子を見て笑顔を見せるのみだった。
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