日常のこと。 なんでもなく、ありふれた
#1 理想の葬式 - 多摩美術大学芸術祭2019
「人ってさ、どんなときに死ぬんだと思う?」
「医学? 哲学?」
「あー……芸術? 思想かな。哲学だ」
「2度生まれるって言うんだから、2度死ぬんじゃない? 哲学的に死んでから、医学的に死ぬ」
「ルターだっけ」
「ルソーね。ルターは宗教改革」
「あ、そうか。そうだった」
「できれば医学的には死んでも哲学は墓までもっていきたいけどね」
「えるの哲学って、なに。どんなの?」
「自分を曲げて人に従ったら、死ぬ」
「これこそえるって感じ……」
「そういうあなたはどうなのよ」
「えーっと……悩まなくなったら死、かな」
「わたしとそんなに変わらないじゃない」
「そうかな?」
「そうでしょ。自分を曲げないために悩むんだもの。人に唯々諾々と従うだけなら悩まない」
「そう言われるとそんな気もしてくる……。でもさ、人に従えば楽だし、そうしたいなーって思うこともあるよ。自殺願望? みたいな」
「いまどき、自殺者ばっかりだけどね。先生や親の言う通りにだけやる子供とか、ブラック企業に入社してやめられない大人とか」
「子供はしょうがないじゃん。教育の影響もあるんだから」
「だから教育に影響されすぎなのがダメなんじゃない。子供なんて『大人はなにもわかってくれない』って怒ってるくらいでちょうどいいのよ」
「そういうもんかなあ」
「そういうもんよ。なんにしても、自分で考えることをやめて流されるだけの人間が多いのよ。死んでるなら、もう人じゃなくてゾンビかしら」
「哲学的ゾンビだ」
「全然違う。っていうか、なんで突然こんな妙な話を切り出してきたの」
「あ、こないだ多摩美の学祭行ってきたんだよ」
「ふうん。だから芸術」
「そそ。それで、理想の葬式展って展示があったのね。お気に入りの本なんかと一緒にトランクに収められて旅立つ旅葬とか、お布団にくるまったまま火葬とか、そんな感じの」
「へえ、なかなか面白そうじゃない」
「うん。よかった。で、参加者に向けて『人生最後に食べたいものはなんですか?』とか『死後残したいものはなんですか?』とか、そういうアンケートも取ってたのね」
「うん」
「で、まあ思ったことそのまま答えてたんだけど、『人はどんなときに死ぬと思いますか?』って質問だけは回答が思いつかなくて適当なこと書いたんだよね。でもやっぱりあれじゃ腑に落ちないなーって思って」
「適当って、なに書いたの」
「……自分を見つけたとき、あるいは見失ったとき」
「え、ダサ」
「自分でも思ってるけどさあー! 傷つくなあ」
「空欄でよかったじゃない。なんでそんな意味深げで浅いこと書くのよ」
「テストで空欄あったら気持ち悪くない? そういう感覚だよ」
「テストで空欄って、あんまり記憶にない」
「うわ、自慢げ」
「そんなことより、他の展示はどうだったのよ。面白かったのとか、ないの?」
「あるある。面白いのばっか。視点や先入観に切り込んだ展示とか、3種類のハンコを組み合わせてキメラを作るおもちゃとか、思わず舌を巻くような発想がいっぱいあったよ」
「そっか。美大生って、ホビーメーカーのデザイナーに就職する人もいるのね」
「多分ね。でも、いちばん『負けた!』と思わされたのはやっぱりイラストかなあ」
「あなた美大生じゃないんだからそもそも同じ土俵に立ててないじゃないの」
「う、うるさいな……。日常のシーンを切り取った作品なんだけど、1枚の絵に10万文字の文章以上の深みと広がりを感じて……10分くらいぼんやり眺めてたかも」
「ふうん……なるほどね」
「凄かった。力があった」
「……そうだ、今度のイベントで出す本はシナリオの前にさとがイラスト描いてよ。全力をこめて1枚。そしたらわたしがそれ使って10万文字のシナリオ書くから、それを漫画にするってのは、どう」
「あー……うーん」
「だめ?」
「や、すっごい面白そう。面白いけど、今度出そうってのは私の能力を過信されてる気がして。筆の遅さはご存じだよね」
「わかった、シナリオは400字詰め原稿用紙に収める」
「私の筆の遅さを過信しないで……」
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