3.日本中、どこの町に行っても桜は咲いてるもんね - 伊豆高原桜並木通り
桜まつりの会場から少し離れて、桜並木通り。
およそ3キロに及んで立ち並ぶソメイヨシノを、たくさんの人々が行き交って眺めている。たわいもない雑談に花を咲かせながら、ときおりスマートフォンを構えて写真を撮る。その容貌や言葉から、それが日本人だけじゃないことがわかった。どうやら伊豆も外国人に人気の観光スポットらしい。
「五分咲きくらいかな」
別名桜のトンネル……というには、ちょっと密度が足りない。満開なら桜色の中に穴が開いているみたいに空が覗くんだろうけれど、今日は灰色のカンバスに桜色を散りばめたみたいだ。
「1週間遅く来てれば満開だったかしら」
「惜しいね……」
桜まつりに合わせて旅程を決めたから、開花時期とはちょっと噛み合わないことになってしまった。いっそ桜まつりは諦めて、満開を狙ってくるべきだったかもしれない。
「でも、これぐらいでちょうどいいのよ。わたし、混んでるのは嫌いだから」
「……それは、人が? それとも花が?」
「人に決まってんでしょ。なに言ってんの」
「だよねえ」
呆れ顔もうんざりというふうではなかったから、安心してへらりと笑った。
お祭りの開催時期と開花時期とがずれているのは、もしかしたら過度な混雑を回避する目的なのかもしれない。快適さはもちろん、混雑した歩道を避けて車道を歩きだす人が現れるリスクだってある。
「それに、つぼみでも、満開でも、散ってても、いつでも愛でられるのが桜ってものでしょう」
「そうだね。日のあるうちに見ても綺麗だし、夜桜も素敵だよね」
エルフィンストーンさんの視線は、はらりと散った1枚の花びらを追っていた。道路の真ん中に落ちたそれは、行き交う自動車の起こす風に弄ばれて、あっという間に姿をくらませてしまう。宙高く舞い上がって海を目指したかもしれないし、あっけなく踏み潰されてしまったかもしれない。
つつましやかな見た目に可能性を秘めたつぼみに、春の代名詞として日本中を華やかに彩る満開の桜。そして、無常の儚さに思いを馳せさせる落花。種子植物として当たり前の営みだけれど、桜のそれは中でも特別な情感を呼び寄せる。この国の文化がそうさせているのか、それとも、桜の花は魔力めいたものを纏っているいるのか……なんて、妄想した。
「わたし、桜を愛でることへのこだわりに関してはきっと日本人が世界一だと思うの」
花びらを追うことをあきらめた視線は道行く人々の合間を縫って、車道に向かってせり出すように伸びた桜の木を捉えた。
地元の川沿いの桜並木を、それなりに有名な花見スポットだと幼いころは思っていたけれど、それがあくまでローカルなレベルの知名度に過ぎなかったことに気付いたときの衝撃たるや。校門に桜が寄り添う光景や、公園の池のほとりの桜を想像するのは、日本人ならきっと容易だ。
そんな身近な花を、わざわざ遠出してまで見に来たりなんかもするわけで、なるほど、日本人って連中は桜のこと好きすぎるな。……まあ私たちのことなんだけどさ。
「日本中、どこの町に行っても桜は咲いてるもんね」
エルフィンストーンさんは目を丸くしてこちらを見た。初めてみる表情だ。
「そうなの?」
「え、いや、たぶんね。知らんけど」
「ふうん。こんど調べてみよ」
調べて分かるものなのかなあ。きっと針の穴よりも小さいけれど、彼女の好奇心はそれを通り抜けられるだろうか。
でも、言われてみたら私もちょっと気になってきた。わかったら教えてほしいな……。
なんて話しながら歩いていたら、いつの間にか桜並木通りも終わりに差し掛かっていた。通りは緩やかなカーブになっていて、ここなら歩道からでも桜のトンネルのアーチを綺麗に撮影することができそうだ。実際、何人かの観光客が一角に溜まって写真を撮っている。
「ベストポジションは確保できそうにないね」
「べつに無理してトンネルを撮らなくたっていいじゃないの」
「でもせっかくだしさ」
私が撮影場所を探してもたつく一方、エルフィンストーンさんは凄腕のガンマンの早撃ちもかくやというほどの手際で枝先にほころぶ桜を撮った。
写真に残すことにあまり関心がないのかなと思ったけれど、そういうわけではないらしい。私が写真を撮り終えたころ、エルフィンストーンさんはSNSに写真を投稿している最中だった。
「インスタ女子だ」
と、私は無意識のうちにつぶやいていた。じと目の奥の澄んだ瞳が「覗くな」と咎める。身長差の都合で見えちゃうんだよ、なんて言い訳は地雷を踏むような気がして言えなかった。
「あ、いや、珍しいなと思って、つい。身近にやってる人いないから」
「ふうん。自分もやってないの?」
「ツイッターくらいかな、SNSは」
「ああ、たくさんつぶやいてそう」
「それはもしかして悪口……?」
「そう思うならそうなんでしょう」
正直、入り浸りの自覚はある……今日も手持ち無沙汰になるとタイムラインを眺めている瞬間があった。いやでも、今日はまだほとんどつぶやいてないから。発信しなきゃセーフだよ、そういうことにしておこう。
「でも、結構意外だよ。エルフィンストーンさんはそういう世間の流行りには乗らないタイプだと思ってた。孤高っていうかさ」
「流行りに乗るまいとするのは流行りに流されてると思うけどね。なんだって自分なりの距離感で付き合えばいいのよ」
「自分なり……自分なりかあ」
自分ではツイッターにべったりな気がしているから、もうちょっと離れたほうがいい気がしているけど……。
「それができれば苦労しないんだよなあ……」
「アンストしなさい」
「もう3回くらいしたよ」
「タバコやめられないオジサンみたいね」
「地味にクるたとえだなあ……」
もう子供の使い過ぎ防止アプリでも入れたら、なんて冗談を言われて、私は内心膝を打った。めちゃくちゃいいアイデアかもしれないけれど、それを口にするのはさすがに恥ずかしい。
そういえば、ずいぶん普通に話ができてるな。そんなことを頭の隅で思った。よくよく考えると奇妙な気もするけれど、それ以上になんだか嬉しい。
「なにニヤニヤしてるの、きもちわるい」
「桜が綺麗だから、笑顔になるんだよ」
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